アルバイト募集
暗い部屋の唯一の光源となっているPCのディスプレイ、そこに映された求人サイトに貼り付けられているのは相変わらず俺のような人間には理解できそうもない服やら靴やら帽子の広告ばかりだ。
マウスに付けられたホイールをガリガリと回しながら条件の良いアルバイトを探すがそのほとんどの募集要項には「オシャレな方募集! ※面接有」という忌々しい文字列が刻まれている。
大体オシャレって何なんだ? 俺が今まで20年間の人生でオシャレについて考えたことは星の数ほどあるが、答えが出たことは当然ない。
巷でオシャレのカリスマともてはやされる男の着ている服を丸々そのまま買って着たりしたこともあった。
そしてその服を着て臨んだ靴屋のアルバイトの面接はどうだった?
あの日俺の目の前に座った茶髪の男はなんて言った?
そうだ、ただ一言「きみ、ダサいよ」と言った!
もうそれから2年が経とうとしてるが心に植え付けられた強烈なオシャレへのトラウマは俺を苦しめ続けている。思い出すだけで吐き気がこみ上げてくるくらいだ。
心の奥底にトラウマを押し込め、検索条件を変えながらアルバイトを探す。
「面接無し、性別不問、服装規定無し、ガッツリ稼げる……検索っと」
このご時世服装規定無しのアルバイトなんて相当珍しいのは理解しているけど、藁にもすがるってヤツだ。
[条件に合うアルバイトが1件見つかりました]
「マジかよ……?」
俺、龍池裕二は1人しかいない部屋で小さく呟いた。
画面をスクロールしながら募集要項を上から下までじっくりと読む。
記されていたのは以下のことだった。
----------
オルタナティブファッションアルバイト募集!
服装規定無し
性別不問
日給15万円(出来次第では今後もお仕事を依頼する場合があります)
一言コメント
オルタナティブファッションでアルバイト!
仕事の内容は簡単!
当日手渡されるリュックを指定された場所に届けるだけ!
----------
15万……!?
俺の視線はそこに釘付けになっていた。
仕事内容に結構怪しいことが書いてあった気がしたが15万の前には些細なことだ。
応募するしかない……!
俺はPCの横に落ちていた携帯電話を拾い上げ、自分史上最高ともいえる動きで募集要項の一番下に記されたオルタナティブファッションの電話番号へと電話を掛けた。
思えばこの軽率な行動が俺の運命を大きく狂わせることになるのだが、その時の俺はそんなこと微塵も思っていなかっただろう。
15万円の使い道を思い浮かべ、擬音にするならばニマニマといった表情でコール音を聞く。自分で言うのもなんだが相当に気持ち悪い。
まだかまだかと人が出るのを待つ。
コール音に心臓の鼓動の音が勝りそうになった頃ブツッという音とともに電話口に女性の声が響いた。
「こちら運び屋きゃりー、依頼?」
想像以上に若い女の声とアルバイトの受付にはそぐわない怒気の混ざった声に気圧され俺は一瞬黙ってしまった。
「イタズラ……かな。切るよ……!」
「ちょっ、ちょっと待ってください!アルバイト!アルバイトの募集を見て電話をしたんです!」
15万円を逃すわけにはいかない俺は携帯電話の画面に映る電話番号をPC上の電話番号と照らし合わせながら半ば叫ぶ。
「……アルバイト?」
「そう!アルバイト!日給15万円のオルタナティブファッションさんですよね!?」
「オルタナティブファッション……?あぁ……ちょっと待ってて」
一瞬の雑音の後、若い女の声は遠ざかる。
どうやら電話をどこかに置いて責任者にでも話をつけに行ったらしい。
その隙に15万円の使い道でも考えよう。
寿司か焼肉か……まぁ15万あれば両方だな!
これが昂らずにいられるだろうか、いやいられない!(反語)
「聞こえるか?」
さっきとは違う渋みの効いたオッサンの声だ。
「はっ、はい!」
「……明後日の午前8時に新東京空港国際ターミナル2番ゲートだ。合言葉は『スボンだ』だ。わかったな?切るぞ」
ブツッ!
あれ……なんか思ってたのと違うんだけど……?