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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
8/89

やらかした剣聖

 …………ッ!


「キャッ!」


 至近距離に近付く気配に目を覚ました俺は、目の前の物体を掴んで体を捻り、地面に叩き付けた。そのまま圧し掛かって動きを封じ、首に手を伸ばす。そこで漸く、俺が投げた人間が先程の少女だという事に気付いた。


 銀の瞳に怯えの色を濃く滲ませた少女は、息を詰まらせながら目を強く閉じて恐怖から逃れようとしている。俺は首に伸ばした手を引っ込め、しかし上からは退かずに殺気を全開にすると、動きを封じたまま低い声で問うた。


「……何をしようとした」


 先ほど救った人とは言え、この少女は俺の顔付近に手を伸ばそうとした。目を潰されたりでもしたら堪った物じゃない。容赦などする気は無い。


 少女はパクパクと口を動かしているものの、そこからは聞き取れないほどか細い声が漏れるだけだ。別に腹を圧迫している訳でも無いのだが……。なら、無理矢理吐かせるまで。


 俺が更に殺気を強くした所で、向こうから慌てて走って来たイラーナさんが俺の肩に手を置いた。


「こらこら、チコ君。その子はチコ君の顔を見ようとしただけよ」

「……顔を見る、だって?」


 訝しんで少女の顔を睨み付けると、パッと目を開けた少女はコクコクと必死に頷く。どうやら本当のようだが……何故顔なんだ?そう疑問を持った俺に、イラーナさんが補足説明を入れてくれた。


「彼女を助けたのがチコ君だって言ったらね、彼女、お礼を言いたいって言ったのよ。でもあなたが寝てたからまた今度にしなさいって言ったら、せめて顔を覚えて行きたいって。私も止めずに送り出しちゃったのよ」

「止めろよ」

「反省してるから許して~」


 のんびりした口調でペコペコ謝るイラーナさんに対して深く溜息を吐き、俺は少女の上から降りる。少女は上体を起こして立ち上がろうとしたが、腰が抜けているのか何度も手を滑らせていた。


「あらあら、可愛いわね」


 イラーナさんはやっぱり何処か抜けていると言わざるを得ない。


「仕方無いですね……」


 彼女の体を抱え上げ、活性魔法を掛けて治療しつつ、俺が座っていた椅子に降ろす。少なくとも、これで地面に座り込んでスカートの中身を晒し続けなくて良くなった筈だ。ちなみに白だった。


 突然抱えられて座らせられた少女は目を白黒させている。さっきまで脅されてた相手に抱えられたりしたら当然か。


 まぁ、取り合えず謝らなきゃな。相当怯えさせたみたいだし、悪いのは全部イラーナさんだし。


「申し訳ありません。突然顔の近くに気配を感じたので、つい反応してしまいました」

「い、いえ!私こそ恩を仇で返すような真似をしてしまって……」


 俺が頭を下げると、相手も頭を下げてくる。俺がSSランク冒険者だと知って、そして怒らせてしまった事で相当萎縮しているらしい。同年代の少女にまで萎縮されるのは勘弁して欲しいのだが……。


「そう言えばエルちゃん。体は大丈夫かしら?相当強く叩き付けられたでしょう?」

「あ、えぇっと……あっ!」


 確かめるように肩を動かした少女が、突然顔を青くしてスカートの後ろのポケットに手を伸ばした。嫌な予感しかしない。事実、俺の背中にはゾッとするような悪寒が奔った。


 そうして膝の上に戻した彼女の手の中にあったのは、見るも無残に歪んで何が何だか分からなくなった金属の塊だった。しかも色合いが金と青で、この王都にあるとある施設のシンボルマークと良く似ている。まさかと血の気が引く俺に、追い撃ちのように少女の沈んだ声が聞こえて来た。


「わ、私の学証が……」


 学証。彼女はそう言った。間違い無い、俺はとんでもない事をしてしまった。


 この王都で学証がある施設はひとつだけだ。グランテーサ魔法学園と名付けられているその学校は、実践的な魔法の使い方や剣術、その他にも専門的な学問を学べたりするグランテーサ王国の誇りだ。確か、来週辺りに入学式がある。


 そして、その学園の学証にはギルドカードにも使われているような魔法技術がふんだんに盛り込まれている。これひとつで身分証に、財布に、その他色々便利な事が出来る。勿論馬鹿高い。希少金属(オリハルコン)をたんまり使っている俺の剣の十分の一くらいの値段だ。


 この学証は学校から『貸し出される』という形で生徒に支給されている為、壊したり無くしたりしたら当然弁償、出来なければ借金にこそならないが退学だ。そして、目の前の少女にそれが払えるとは到底思えない。俺はまた頭を下げた。


「あぁ~……それは俺が弁償します……後、再発行の時にも付いて行くから……ごめんなさい」

「えっと……お願いします……」

「駄目よチコ君。それだけじゃ足りないわ」


 俺が考え付く限りの最善の対応を約束した所で、イラーナさんに駄目出しされた。また例の結婚話かと思って胡乱げにイラーナさんを見ると、これまでに無いくらいに真面目な顔をしている。


「チコ君、彼女は平民よ。平民とかの一般人が学園に通うには魔法の才能がある事が条件で、その場合には王国から学費が支給されるわ。弁償費は負担してくれないけどね。才能を埋めない為の処置だけど、当然それを好ましく思わない人間もいるの」

「上流階級……貴族とかの自力で学費を捻出出来る人の事ですか?」

「そうよ」


 確かに、この国は比較的自由で一般人にもにかなりの権利が与えられているが、当然貴族達もいて、一部は選民思想に染まってその他の人々を見下している。それらの子弟も学園に来るのだろうが……何の問題があるのかが良く分からない。


「良い?学証の再発行は学園に行く必要があるわ。その時には確実にそいつ等の目に留まる。平民の彼女が、来週の入学式を前にして早速校章を交換……確実に的にされるわね」

「……確かにそうですね」


 イラーナさんの言っている事は正しい。虐める材料がある人間が目立てば、確実に虐められるのが世の真理だ。身分が低いという材料がある彼女はかなり危ないだろう。少女は俺の目の端で、顔を青くして震えている。


 イラーナさんもチラリと少女に目をやると、明るい声になって続けた。


「でも、それを払拭する手柄を上げて、身分の高い人に守ってもらえば問題無いわ」

「……いや、それをどうやって上げさせ……まさか」

「そのまさかよ」


 イラーナさんはニヤリと笑うと、俺の胸を人差し指で突いた。


「SSランク冒険者のあなたが入学して彼女を守れば、問題は一切無いのよ」


 良案だという事は良く分かる。SSランク冒険者の俺の主な仕事は、街や村を襲う巨獣を撃退する事だ。狩られた巨獣の素材が市場に流れる事によって得られる経済効果は大きい。更に街を守った事で、利益を失わずに済んだ王家や高級貴族とも繋がりがある。俺を敵に回すという事は、街を守ってくれる大戦力の減少にも直結しかねない為、そんな事をする馬鹿はいないだろう。多分。


 つまり、俺が少女と共に学園に行って彼女を守っていれば、貴族関係からの嫌がらせは大概シャットアウト出来る。逆にこっちからお願いして、絡んでくる相手を遠ざける事だって出来るだろう。


 代わりに、俺は三年の間自由を失う。学生という立場に縛られ、冒険者としての活動に制限が出る。全ての依頼が受けられなくなる訳では無いが、長期に渡る高額報酬の依頼は受けられなくなってしまう。剣と仕事一筋で三年間生活してきた俺にとって、それは何となく避けたい事だ。


 だが、俺の横で青褪めた顔をしている少女を見ていると、何となく昔を思い出してしまう。逃げる事も出来ずに苦痛を強制され、精神が段々と壊れていった昔を、だ。


 俺が此処で提案を蹴って、もしも彼女が別の庇護者を見つけられなかったら、同じ道を進むのだろう。高い金を払ったから勿体無いと退学も出来ず、逃げ場の無い中で弄ばれて変わってしまうのだろう。そうならない可能性もあるが、かなり少ない事は確かだ。


 ならば今、此処で決断してしまえば彼女は俺と同じような目に遭わずに済むんじゃないか……?


 …………決めた。


「……分かり……ました。俺も学園に行きます」

「え?」


 椅子に座ったままの少女が唖然とした表情になり、イラーナさんが満面の笑顔にな……いや、予想通りっていう顔をしてやがる。俺の性格を顧みて謀りやがったな。


「フフ、あなたならそう言うと思ってたわ。じゃ、お昼の視察が終わったら早速学園に行くわよ」

「え?イラーナさんも来るんですか?」

「勿論。あそこの学園長とは知り合いなの」


 言いながら、イラーナさんは長い耳をピクピクと動かした。確かにエルフは平均寿命が300歳と長命だ。イラーナさんが何歳かは聞いた事が無いし、命が危ない気がするから聞く気も無いが、長年の生で培った伝手か何かがあるのだろう。


「それは兎も角として、学園の入学式は来週でしょう?今すぐにでも準備を始めた方がいいですよね?」

「それは勿論。昼まではまだ時間があるし、その子と一緒に買い物に行って来なさいな」

「そうしま……何やってるんです?」


 突然椅子を倒して転んだ少女に声を掛けると、彼女は真っ青だった顔を白くしてぷるぷると震えていた。此処の給仕の女の子のような状態になっているんだが……相当怖がらせたから仕方が無いか。


 それに彼女からしたら、冒険者になりに来ただけだったのに、暴漢に突き飛ばされてSSランク冒険者に助けられ、その顔を見ようとしたら投げられて脅された上に学証を壊され、それが切欠でその冒険者と学園に通う事になった上に一緒に買い物にまで行かされるんだ。混乱しているだろうな。


「そ、そんな……一緒にお買い物だなんて……」

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ、エルちゃん。この子、化物とか呼ばれてるけど実際はヘタレだから」


 敵には容赦無いんだけどね、と付け加えるイラーナさんがウィンクをすると、少女の顔に僅かながら血の気が戻った気がした。その事は評価するが、俺をヘタレ扱いした事は頂けない。別に俺はヘタレな訳じゃない、人と出来るだけ関わらないようにしているだけだ。表情が変えられないから。


 立派なヘタレです、ありがとうございました。


「という訳だから、しっかりエスコートして来なさい。私は仕事に戻るわ」


 言いたい事を言い終わったらしいイラーナさんは、手を振りながら受付へ戻って行った。俺は頭をぽりぽりと掻くと、未だに床に座り込んでいる少女に目を向ける。少女も俺の方に目を向けており、俺達はサッと目を逸らした。


 取り合えず、女の子を何時までも床の上に座らせておく訳にもいかないだろう。さっきもそれが理由で彼女を抱えたのだから。


 手を差し伸べると、少女はビクリと肩を震わせて怯えた表情を作ってからその手を取った。地味に傷付きながら引っ張り上げて少女を立ち上がらせる。


 彼女は俺の手の硬さに驚いたようで、何度も自分の手と俺の手を見比べていた。俺の手は剣を握り続けた所為でゴツゴツだが、対照的に彼女の手は滑らかで柔らかい。職人や剣士の手を触った事が無いのなら、この反応も当然だろう。


「わぁ……凄い……」


 ただ、怒らないとしてもそんなにベタベタと触られても困る。


「コホンッ」

「わわっ!すみませんすみません!!」


 少し咳払いをして嗜めると、少女は一歩後ろに下がって何度も頭を下げ始めた。俺は相当怖がられているらしい。化物だの何だの言われている所為だろうが、此処まで露骨に怖がられると流石に傷付く。


 だが、それを面に出さないのが大人の対応だ。俺はポーカーフェイスの眉間に皺が寄った表情、つまり何時も通りの表情を作って自己紹介をする。


「改めて、チコです。化物剣聖だの何だの呼ばれていますが、実際はイラーナさんの言った通りのヘタレですので」

「は、はい!エルネスタと言います!エルと呼んでください!不束者ですがよろしくお願いします」

「よし、まずは落ち着いて深呼吸をしようか」


 ずれた挨拶をしたエルさんに深呼吸をさせると、幾分か落ち着いたのか平静を取り戻した。ただ、相当恥ずかしかったのか、頬が赤い。しかも、自己紹介以外には話す内容も無く、俺達の間には気まずい沈黙が流れた。


 黙ったままでいるのも微妙だし、イラーナさんに言われた通りに買い物に行く事にする。まずは学園へ通うのに必要になる物を揃えるとしよう。


 俺は荷物を全部身に付けると、その間に椅子を立て直しているエルさんに声を掛けた。


「……取り合えず、買い物に行きましょうか」

「え、あ、はい!」


 エルさんは肩をビクンと揺らして勢い良く振り返ると、歩き出した俺に追従する。隣に来ない所に壁を感じるが、仕方無いと割り切った。


 しかし、改めて見るとエルさんは美人だ。肩の下まで伸びる艶やかな銀髪に、それと同色の瞳を湛える優しげな目。スッと締まった顔立ちは、優しさの他に凛々しさも感じられる。体は若干痩せがちなものの、胸以外はそれなりのプロポーションを誇っている。俺が出会った女性の中でも、間違い無く十指に入る程の美しさだ。身長は俺より十数センチくらい高いか。胸?察せ。


「あの……何か?」

「いえ、何も」


 横目で見ているのに気付いたのか、首を傾げて問うて来るエルさんをはぐらかすと、俺は少しだけ歩くペースを上げた。

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