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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
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冒険者の剣聖

 グランテーサ王国の王都、南区にある老舗の宿屋、金色の小皿の一室で、俺は痛む頭を抱えながら上体を起こした。


「ぐぅぇ……」


 吐き気と倦怠感から自然とそんな声が漏れる。昨夜にAランクの大規模盗賊団の討伐記念と称して、大量の酒を呷ったツケが来たらしい。


 俺の名前はチコ。巷では化物とか鬼とか言われている剣聖だ。そこ、酔っ払い剣聖とか言わない。


 それは兎も角、この頭痛を何とかしないと真面目に動けそうに無い。活性化魔法を全身に掛け、新陳代謝を促進させてアルコールを分解する。頭痛はアルコールの毒では無く、水分不足によって引き起こされている為に直らなかったが、他の感覚は大分楽になった。痛みには慣れているから問題無い。


「み、水……」


 とは言っても痛みが無いに越した事は無い。ベッドの上から震える手を伸ばし、机の上の水差しを手に取る。それを口元まで運ぶが、悲しい事に中身は空っぽで、水の一滴も垂れて来る事は無かった。


「……ケッ」


 水差しを机の上に戻し、布団を跳ね除けてベッドの上から降りる。服装はちゃんと寝巻きになっている所を見ると、最低限の判断能力は残していたらしい。但し記憶は無い。


 取り合えず寝巻きを脱ぎ、何時ものスタイルに着替える。薄緑色のシャツに薄灰色のズボンを身に付け、その上から黒のハーフコートを羽織り、シンガード入りの革ブーツを履く。腰に巻いた帯には黒の篭手付きの皮手袋を提げて準備完了。後は朝食の後に剣を持てば、剣聖スタイルの完成だ。


 丁度着替え終わった頃に、部屋の戸がコンコンとノックされた。


「チコさん?起きてますか~?」

「あぁ」

「入りますよ~」


 間延びした声と共に戸が開けられ、向こうから栗色の髪をボブにしている小さな女の子が姿を見せる。彼女はこの宿を経営している夫妻の娘で、セナイダという名前だ。10歳の可愛い女の子で、三年前に俺がこの宿に泊まり始めてからは半ば妹のような存在である。


「何時まで寝てるんですか~?もう八時になりますよ~?」

「……すまん」


 そして、10歳なのにやけに面倒見が良い。俺が遅くまで寝ていると、こうして洗濯籠を持って起こしに来てくれる。腰に手を当ててぷりぷりと怒るセナイダには、化物として名を馳せている俺でも頭が上がらない。大人に対して最強の生物は子供なのかもしれないな。


「チコさん、昨日相当酔っ払って帰って来たんですからね」

「……何時ぐらいに?」

「そうですね~、七時くらいでした。お風呂にはお父さんが無理矢理入らせてましたけど。全く、チコさんは酔っ払うと人が変わって怖いんですから」

「そうか。教えてくれてありがとう」


 頭を撫でてやると、セナイダは「当然なのですっ」と言ってふんすーと胸を張った。


「ってそうそう、お洗濯物はありますか~?一緒に洗っちゃいますけど」

「あぁ……じゃあ寝巻きと、昨日のシャツとズボンを……」

「は~い。もうそろそろ朝ごはんの時間終わっちゃうので、チコさんは早く食べに行って下さ~い」

「はい」


 いそいそと洗濯籠に俺の服を突っ込み始めるセナイダに内心で頭を下げつつ、俺は部屋を出て階段を下りる。降りた先では、この宿屋を切り盛りしている肝っ玉母さんこと美女テオドラさんが、お玉を片手に待っていた。


「おはよう、チコ。ていっ」

「あたっ。おはようございます、テオドラさん」


 挨拶と同時にお玉の強烈な一撃を喰らった後に、俺は食堂の椅子に座る。テオドラさんは一度奥へと引っ込むと、冷たい水をコップに入れて持って来てくれた。流石は宿屋の母親と言うべきか、こういう時の対応の的確さには頭が下がる。


「ほい、昨日は相当酔って帰って来たんだって?」

「ありがとうございます。記憶が飛んでますね」

「そりゃまた相当飲んできたんだねぇ……羽目を外すのは構わないけど、うちの娘に手を出したらぶっ飛ばすからね」

「肝に銘じておきます」


 そんな会話を交わしながら水を飲み、その間に用意された朝食を食べる。献立はカチカチの黒パンにオニオンスープだ。パンをスープに浸して柔らかくしてから食べるのだが、これが兎に角美味い。シンプルながら、深みがあるのだ。自然と顔も緩んでしまう。口の端だけだが。


 俺が食事を摂っている間、テオドラさんは向かいに座って肘を突き、俺と取り留めの無い話をする。昨日の客が無礼だっただの、娘にセクハラしようとした無礼者を叩きのめしただの、最近の旦那の下の元気が無いだの反応に困る話題ばかり振ってくるのは何故だろうか……。この時間の宿屋は暇なので仕方が無い事ではある。


「……ご馳走様でした」

「はい、お粗末様。今日もギルドかい?」

「えぇ。他に行く所もありませんしね」

「何処かで女のひとつでも引っ掛けて連れ込むくらいすればいいのに……」

「生憎と、相手も度胸もありませんので」


 そう答えると、テオドラさんは唇を尖らせて拗ねた表情を作る。この表情に騙されてはいけない。この美女は、女を連れこんだ男をからかいたいだけなのだ。三年間の生活の中で何人も引っ掛かった男を見ているから間違い無い。


 べ、別に俺が女を引っ掛けられない訳……です……。


 篭手付き皮手袋を嵌めながら部屋に戻って剣とウエストバッグを身に着け、宿を出る。目的地は冒険者ギルド、俺のお仕事が待っている場所だ。店先まで出てきたテオドラさんが見送ってくれた。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 この細やかな気配りこそが、この宿を老舗足らしめる要因だと思う。そんな事を考えつつ、俺はフードを被ってにぎやかになって来た王都の雑踏に紛れた。






 この世界には、人類に対する明確な脅威として魔獣が存在する。一言に魔獣と言っても、虫のような形だったり、獣そっくりの姿だったり、魚、竜種、果てには某怪獣映画に出てくるような形をした生物もいる。これらの魔獣は姿形に関わらず、体内に結晶状の魔石を持つ。逆に魔石を持たない生物は、人にとって脅威になる生物であっても魔獣には分類されない。


 魔獣に共通する特徴として、その体躯からは想像出来ないほどの力を持つ、或いは一部の強力な魔獣が放つブレスや催眠術のような摩訶不思議な技を使うという物がある。細かい事は解明されていないが、人の使う循環系魔法や放出系魔法と酷似している事から、魔法を使っているという説が有力だ。


 そして、魔獣の中でも特に巨大な個体は巨獣と呼ばれる。例えば三年前に俺が遭遇したT-レックス――ディラがそうだ。巨獣認定の明確なラインは無いものの、一番小さな巨獣でも全長が八メートルを超えている事を考えれば、精々が二メートルの人類とは一線を隔した体躯を持っている事が分かるだろう。


 巨体に見合った強靭な生命力を持つ巨獣は、生半可な攻撃で倒す事は不可能だ。仮に火砲で倒そうとすれば、最も弱い巨獣が相手でも戦車砲クラスの物が必要だろう。最も強力な巨獣を相手取るには、彼の戦艦大和の主砲でも足りないだろう。


 だが、この世界には魔法がある。潤沢な魔力と長大な準備時間を乗り越えれば、現代の核爆弾よりも破壊力の大きい攻撃をする事が可能な魔法を駆使し、この世界の人類は巨獣と戦って来た。その魔法を撃ったり、撃たれるまでの時間稼ぎの役目を担うのは兵士や騎士、傭兵といった国が雇った戦士、そして冒険者だ。


 冒険者とは、人々の依頼を受けて様々な仕事をこなす何でも屋達の総称である。仕事内容は多岐に渡り、引越しの手伝いから話し相手になるといった簡単な物から、街の外に出ての薬草採取や素材の採取、魔獣狩りや巨獣の駆除等危険な物もある。彼等は仕事を求めて街から街へと移動し、宿に泊まって金を稼ぐ。


 そんな住所不定のあらくれ者達を統括してランク付けし、人々から冒険者に出される依頼を仲介して金を取る組織。どんな国にも所属しないと明言した超国家組織こそが冒険者ギルド、俺の仕事が転がっている場所だ。


 グランテーサ王国王都ギルドの石造りの建物の扉を潜ると、連動して鈴がちりんと鳴る。時間が遅い所為か、人はまばらだ。既に依頼に出かけているのだろう。何人かは昼間から併設の酒場で引っ掛けているようだ。


 まだ残っていた何人かの冒険者が、開いた扉に反応して此方を向き、俺を見てサッと目を逸らした。何時もの事だから別に構わないのだが、15歳のピュアな心ニハグサットクルモノガアルノデスヨ。


 自分で自分に止めを刺しつつ、俺は人々からの依頼が張り出された掲示板を見上げる。内容は人探し、引越しの手伝い、家の解体、話相手になる、薬草採取、魔獣討伐、隊商護衛、巨獣監視、魔王討伐、ちょっと待て、誰だ魔王の討伐依頼出した奴。


 一応説明しておくと、この世界の魔王はゲームでありがちな野心を持った侵略者ではない。他の巨獣と比べても遥かに巨大で強大な力を持つ巨獣の事を、魔獣の王として魔王と呼んでいるのだ。戦艦の主砲でも打ち崩せない奴である。


「おはよう、チコ君」


 思考を魔王討伐の依頼を出した阿呆へと飛ばしていると、横から声を掛けられた。ブロンドの長髪におっとりとした垂れ目。長く伸びた耳が特徴の王都ギルドNo.1受付嬢にして、ギルドマスターであるイラーナさんだ。


「おはようございます、イラーナさん」

「えぇ、おはよう。昨日は面白い話をしてくれてありがとう」

「……?」


 昨日、何かしただろうか?確か昨日は、盗賊団討伐依頼達成を祝して一人酒場で飲んでいた筈だが……。


「……酒ですか」

「覚えてないのね。まぁアレだけ飲めば当然ね」

「何満面の笑みを浮かべているんですか。気持ち悪い」


 何時もニコニコしているイラーナさんは、その何倍も嬉しそうな笑みを浮かべながらいえいえと手を振る。俺……昨日何かやらかしたのか?


「既成事実は無いから安心しなさい」

「良かった……じゃなくて何言ってんですか」


 何処か抜けているイラーナさんに突っ込みを入れると、俺は眉間の皺を深くして仕事モードに入る。イラーナさんも何処か真面目な顔付きに変わった。


「何か依頼は入っていますか?」

「今の所は無いわ。だけど、今日は昼から王国からの視察が入るの。ギルド代表として一緒にいてくれると助かるのだけれど」


 依頼が大量に張り出されている掲示板の前でこんな会話をしているのには、ちゃんとした理由がある。俺に回される依頼は全て難易度が高く、緊急性が高い物が多い。いざと言う時に俺がいなかったら拙い為、基本的に直接依頼される物しか受けていないのだ。サボってる訳じゃない。


「了解です。じゃあ昼までそこで時間潰してます」


 俺が酒場へ目を向けると、懲りずに俺達を観察していた冒険者達がサッと顔を背けた。お前等は恋でもしてんのか。


「じゃ、その時はよろしく」

「えぇ。それじゃ」


 「多分勝手に終わっちゃうと思うけどね」と言いつつ、手をひらひらと振りながら去って行くイラーナさんを見送り、俺は酒場――冒険者達がそそくさと出て行った――の席にどっかりと座る。給仕をしている少女に果実水を頼むと、ガチガチに緊張した少女は何度も転びながら厨房へと駆け込んでいった。一体俺が何をしたって言うんだ。


「ど、どうぞ……あっ!」


 俺の所為で可哀想なくらい震えている少女がテーブルの上に果実水の入ったコップを置こうとした瞬間、手が滑ったのか俺のコートの袖に僅かに零れた中身が付着した。少女の顔が青を通り越して白くなっていき、俺はどんな言葉を掛ければ良いのか分からずに固まった。


「……ほ、本当に申し訳ありませんッ!!何でもしますから許してくださいッ!!」

「……あー……」


 俺は床に膝を着いて土下座をする少女に「ん?」と聞き返すほど下種では無い。寧ろ、俺に対して過剰に怯える少女に対して若干引く。一応犯罪者以外に対しては平和的に接して来たつもりだし、酔って暴れる性格でも無いんだが……。


 兎も角、何時までも少女を床に座らせておくのも拙い。取り合えず立ち上がらせる。


「えー……こういうのは出来るだけしないでくれると助かります……かな」

「はいッ!本当に申し訳ありませんでしたッ!!」


 俺から解放されるや否や、少女は風のように厨房へと飛び込んでいった。これで王都ギルドでの俺に評判に、アイドルとも言える給仕の少女に土下座をさせたという泥が付いた。不可抗力だが、俺の常に怒っているような表情と戦い方、そして評判を知っている人には確実にそう映るだろう。チクショウ。


 眉間の皺を最大まで深くして――少女が出て来なくなった――果実水を飲む。何時もより味が薄いが、これもこれで好みだ。んな訳あるか。不味いわ。もういい、不機嫌オーラ出して営業妨害してやる。この時間殆ど客いないけど。


 そんな事を延々と考えていると、ギルドの木製のドアが開いて来客を告げる鈴がちりんと鳴る。ちらりと目を向けて見れば、銀髪の少女がおずおずと顔を見せた。


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