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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
29/89

英雄達の式典

 式典とは、祭りである。


 これは、今代グランテーサ国王であるアルトゥロ・カレスティア・グランテーサが、戴冠式典の最中に言い放った言葉だ。その言葉に従い、グランテーサ王国で執り行われる式典は賑やかで活気がある。


 通りには屋台が並び、酒場は溜め込んでいた酒をここぞとばかりに放出する。式典の最中は騎士団の警備の元、家族連れや観光客が王都中で賑わいを見せるのだ。正しく祭りと形容するに相応しい光景だ。


 学園が一週間休みになっていたのも、この式典の準備をする為だ。今頃は生徒や教師が屋台を出し、友人達と街中を練り歩いているだろう。羨ましい。


 そんな光景の影にある関係者以外立ち入り禁止の場所で、俺は腹を抱えて蹲っていた。


「うぅ……帰りたい……凄く帰りたい……」

「うーん、重症ねぇ……」

「ふむ……チコは昔から緊張に弱かったようですね」


 パレードの始点となる場所にある、主役である俺とエルネスタが乗る馬車の影に蹲る俺を眺めているイラーナさんと、その後ろで冷静に覗いた記憶を思い出しているエルネスタ。二人ともパレードに参加する予定なのだが、何で平気なのか全く分からない。


「ほら、そろそろ始まるわよ。しっかりなさい」

「うぅ……」

「それでも本番の最中は堂々と出来ると。引き摺り出せば問題無さそうですね」


 馬車に手を付き、軽くよろめきながら立ち上がる。胃は変わらずキリキリと痛んでいるが、我慢出来ない程ではない。押し隠し、見物人に手を振るくらいの事は余裕で出来るだろう。


 その間も平然と分析を続けるエルネスタは、何時もの冒険者スタイルでも、学生服姿でもない。銀を基調とした飾りをゴチャゴチャと施された服の上に、上品な白いローブを着ている。どちらも見栄えを重視した物で、今日の為にギルドから貸し出された物だ。


 かく言う俺もギルドから借り出された物を着ている。ワイシャツのようなインナーに、白の刺繍でアクセントを付けた黒いコートだ。これは俺のイメージに合わせて作られた特注品らしい。実際は俺のサイズに合う服が無かったのだろう。


 剣は未だに発注する事が出来ておらず、背中はがら空きだ。何時もあった筈の重みが無いと、寂しく感じてしまう。一週間経ってもこの感覚には慣れない。


「もうそろそろパレードが始まるんで、お二人は馬車に乗って下さい」

「分かったわ。二人とも、乗って」


 奥から顔を出した係員とイラーナさんに言われ、俺とエルネスタはパレード用の赤い馬車に乗り込む。御者席の後ろにある立ち台に昇ると、普段よりも遥かに高い場所からの光景が広がっていた。此処から見渡す人の海はさぞかし壮観だろう。


「うん……見事にモノクロだわ」


 立ち台に並ぶ俺達を見て、イラーナさんがそう評した。確かにエルネスタは白、俺は黒で髪の色や目の色まで白や黒、灰色だ。肌の色等の細かい所はあるが、モノクロと評されるのも納得だ。


「白と黒は切っても切れない色です。つまり私達は一生切っても切れません」

「お前は何を言っているんだ」


 満足そうなエルネスタに突っ込みを入れる。一週間ほぼ一緒に過ごして来て、無表情のエルネスタの感情の変化が大体分かるようになって来た。声音と目の動きに、僅かではあるが感情が表されているのだ。


 俺達の掛け合いを見て、イラーナさんが笑いながら言った。


「エルちゃんの性格が変わった時は驚いたけど、結局あなた達は全然変わらないわね」

「どういう意味です?」

「相変わらずのバカップル」

「訂正を要求する」


 反射的に突っ込んだが、周りから見ればイラーナさんの言う通りなのが気に入らない。しかもエルネスタが無駄に洗練した動きで迫って来る為、碌に振り払う事すらも出来ずに絡み疲れてしまい、その後は天使の身体能力を最大限に発揮して離れようとしない。


 絡み付かれてしまえば最後、周りからはいちゃついているようにしか見えないような、決して一線を越えない誘惑の嵐が始まる。毎回趣向を変えてくる為に慣れる事も出来ず、誘惑される度に顔を赤くしてしまうのが悔しすぎる。


「チコは私の旦那になる事が確定していますから、問題ありません」

「問題だらけだよ……お、そろそろ始まるみたいだな」

「頑張りなさいよ。遠くから見てるから」


 遠くから聞こえて来た行進曲の音色に、腹痛を気合で押さえ込んで顔を引き締める。隣のエルネスタは俺の肩に手を置き、さり気無く距離を詰めて来た。イラーナさんはそれを見て苦笑しながら、手を振って道の方へ離れて行った。


「おい、離れろ」

「お断りします。それに、私がこうしていれば令嬢達も離れますよ?容姿には自信がありますから」

「ぐぬ……」


 打算塗れの貴族令嬢を嫌がっている俺をカバーする事を全面に押し出すエルネスタに、俺は何も言えなくなってしまう。実際エルネスタの容姿は非常に整っており、そんじょそこらの娘では太刀打ちすら出来ないだろう。しかも俺と同じ竜殺し、社会的地位は磐石だ。


 エルネスタの行動は、大概こうやって俺のメリットになるから性質が悪い。メリットを強調し、一緒にいた方が良いと思わせて来るのだ。


「ほら、もうすぐ出発ですよ。気を引き締めて下さい」

「ちくしょう……こうなりゃ自棄だ」

「きゃっ……もう少し優しくお願いします」


 腰に手を回して引き寄せると、バランスを崩したエルネスタがジト目で見下ろしてくる。これが上目遣いだったらヤバかっただろう。身長が低くて良かった。


 周囲からは夫婦漫才と呼ばれる掛け合いが終わると同時に、御者が手に持った鞭を振るった。甲高く嘶いた馬が足を踏み鳴らし、力強い足取りで馬車を引き始める。僅かな軋みと共に、馬車の車輪がカラカラと回って俺達を運んだ。


 最初の曲がり角を曲がると、行進曲を奏でている楽団員達が足踏みをしながら待っていた。彼等の隊列と合流し、この先にある曲がり角を曲がった先が本番。人々が待ち受ける花道だ。


 そして高らかにトランペットのような楽器が吹き鳴らされると同時に馬車は曲がり、俺達の視界が開けた。


「「「 オオォォォォーーーッ!! 」」」

「英雄様ーっ!竜殺し様ーっ!!」

「チコ様ーっ!滅竜剣聖様ーっ!抱いてーっ!!」

「震天の魔導師様ーっ!愛してまーすっ!」

「エルネスタちゃーんっ!結婚してくれーっ!」


 広がるは色とりどりの人集り。街道の両脇を埋め尽くす人々が、俺達の方を見て熱狂の叫び声を上げた。時折黄色い悲鳴や聞き捨てならぬ声も響き、所々で若い男性や女性が鼻血を噴いて卒倒している。


 ちなみに、滅竜剣聖と震天の魔導師は俺とエルネスタの新しい二つ名だ。俺は名前の通り竜殺しの偉業から付けられ、エルネスタは天をも震わせる魔法を放った事から付けられた。実際に天を震わせていたのは竜の魔法だという事は内緒だ。


「これは酷いな……」

「それには同意しますが、まずは手を振って下さい。主に女性へ」

「お前はそれで良いのか」

「他の女に渡すなんて愚行は犯しませんので」


 小声で会話をしながら、人の群れに向けて軽く手を振る。何人かが卒倒したが、俺の視界には存在しなかった事にした。エルネスタの方も、無表情で手を振っているのにも関わらず何人かを卒倒させているようだ。


 凄まじい歓声に導かれて向かう先は、遠くに見える街の中央広場。そこでは国王やその他が、褒美やら何やらを用意して今か今かと待機している筈だ。


 途中、学園生が固まっている場所を見つけた。ネルケシオさんとディオニシオさんは先頭に陣取っており、その後ろにクラスメイト、更にその後ろにその他大勢と続いている。一応、二人だけではなく後ろの方にも手を振っておいた。


 腹痛に耐えながら手を振り続ける事十分、漸く広場へ到着した馬車から降り、中央の噴水前に作られた段の上に昇る。最上段には玉座が備えられており、そこにはグランテーサ王国の国王、祭り好きのアルトゥロ・カレスティア・グランテーサが、王の証となる宝剣を携えて堂々と座っていた。


 玉座より一段下の段で立ち止まり、膝を付いて頭を垂れる。この国で暮らしている以上、国王は最も目上の人物。敬う事は至極当然であり、頭を下げない事は例え英雄でも許されない、という姿勢を国民へアピールする為だ。


「面を上げよ」

「「 ハッ 」」


 国王の言葉に合わせて顔を上げる。焦げ茶の髪ともじゃもじゃの髭を持つ国王が、俺達を見て上機嫌そうに笑っていた。その隣では、不真面目宰相のブラウリオさんが至極真面目そうな顔を取り繕いながら立っている。不覚にも噴きそうになった。


「此度の竜殺しの件、大儀であった。そなたらがいなければ、王都は魔王級の竜の襲撃を受け、瓦礫の山と化していただろう――」


 長ったらしい口上を、右から左へと流す。正直、殆ど聞く価値も無い。


「――であるからして、街を、人々を救った英雄に恩賞を授けるものとする」


 長話を漸く終えた国王に、ブラウリオさんが二枚の紙を渡す。あの中に、俺達に授ける褒美の内訳が書いてあるのだ。良く似た物に、カンペと言う物がある。


「チコ、そしてエルネスタよ。竜殺しの恩賞として、特一等雲海勲章と黒貨三十枚、そして名誉騎士の位を授けるものとする」


 一等雲海勲章とは、グランテーサ王国で最も名誉ある勲章だ。その下位に山脈、海原、平原の三つがあり、それぞれ二等、三等の等級がある。二等雲海勲章の上は一等平原勲章だ。いずれも国に対して大きく貢献した人間にしか授与されない。


 名誉騎士の位も同じだ。一代、つまり俺だけに限って騎士爵を授けられる。貴族としての義務は免除されているが、国からの年金という形で収入が入るという垂涎の的だ。


 それに加えて黒貨三十枚、つまり三十億円に相当する多額の報奨金だ。名誉と地位と金、普通の冒険者が欲しがる物は全て用意されたと言っても過言では無い。


 だが、俺の欲しい物はそれでは無いのだ。


「陛下、それはお受け取りする事は出来ません」

「ほう?」


 国王の眉がピクリと動いた。国王から授けられる物を拒否する事は、国王の顔に泥を塗った事と同義だ。突然の不敬に周りに控えている文官や武官、貴族は呼吸すらも忘れたかように動きを止め、下で成り行きを見守っていた人々はまさかの展開に興奮の声を上げた。


「その理由を聞こうか」

「私にはその他に所望したい事があります故」

「ほう?」


 国王の眉が再びピクリと反応する。眉間に皺が寄って厳しい表情になってはいるが、駄目だと言わなかったという事は興味を示していると見ていいだろう。隣のブラウリオさんの凄まじい形相に噴かないように意識しつつ、俺は続きを述べた。


「名誉の勲章よりも、貴族の地位よりも、多額の金よりも、私は――」


 名誉は冒険者として。地位は必要無い。金は十分にある。そうして既に満たされている物を、既に必要の無い物を授かるよりも――


「――剣聖の称号を、陛下から授けて欲しいのです」


 今まで、俺が名乗る剣聖の称号は自称に過ぎなかった。一線を隔する剣技を有していても、二つ名で剣聖と呼ばれても、それは国からすれば無意味な物だった。何故なら、国にもギルドにも公的に認められていなかったからだ。


 それを今日、此処で認めさせる。褒美という形で持って、俺に剣聖の称号を授けさせる。そうすれば、俺は四大国の一角を担う国が公然と認めた『剣聖』になる事が出来る。


「ふぅむ、称号か……」


 国王は興味深そうに顎に手を当て、チラリとブラウリオさんの方を見た。そのブラウリオさんは、明らかにホッとした表情を見せて頷いた。どうやらどんな無理難題を吹っ掛けられるのか、戦々恐々としていたらしい。俺はそんなに強欲ではない。と思う。


「良いだろう」


 国王は俺に視線を戻して頷き、そして言葉を続けた。


「代わりに勲章も地位も報酬も、全て無しになる。それを捨てても尚、剣聖の称号が欲しいか?」

「勿論です」


 国王の問いに、俺は間髪入れずに答える。その返答に満足したのか、国王はニヤリと笑ってからエルネスタの方へ視線を向けた。


「エルネスタは他に所望する物があるのか?」

「私はチコの嫁の地位を熱望しています」

「ブフッ!?」


 これには俺が噴いた。明らかに国王に要望する物では無い。だが、国王の目は再び興味深げな色を宿し、無言でエルネスタに続きを促している。この国のトップは皆おかしいらしい。


 っていうかエルネスタは何を言ってんの?馬鹿なの?死ぬの?俺逃げられないの?


 ……ふぅ。


「ですが、今の状況ではチコに近付く者が多過ぎます」


 エルネスタは視線を横にやり、壇上に並ぶ貴族達を見る。目を逸らしたり冷や汗を掻き始めた者は、令嬢を送り込んで来たり、送り込もうとしていた者だろう。世間では中睦まじいと評判の竜殺しの英雄を出し抜いて、だ。


「なるほどなるほど、エルネスタの望む物は良く分かった。此方も勲章も地位も報酬も無くなるが、それで良いのか?」

「構いません」


 エルネスタも、国王の問いに俺と同じように即答した。これは本格的に逃げられなくなって来たな。周りの貴族達も、既に諦めムードだ。


 こら国王、ニヤニヤしながら俺を見るな。ついでにブラウリオさんも見るな。


「ふふふ、真に愉快なものよ。恩賞を断った者は二人が初めてだ」


 国王は小さく息を吐くと、手に持っていた宝剣の先で段を叩く。ゴン、と鈍い音が空洞の段に反響して響き、波のように騒ぎが消えて行った。


「チコ、そしてエルネスタよ!竜殺しの恩賞として、チコには剣聖の称号を、エルネスタにはチコの独占権を与えるものとする!!」

「「 ハッ! 」」


 独占権って何だよ。


 それは兎も角、これで式典は終わりとなる。王国公認の剣聖となった俺と、俺に無許可で独占権を与えられたエルネスタは同時に立ち上がり、下で今か今かと待っている人々の方に振り向いた。


 同時に、俺の耳が風切音のような、何かが飛んで来る音を捉えた。


「……ッ!」


 腕を伸ばしてキャッチしたのは、折れた剣と同じようなデザインの白い鞘の剣だった。飛んで来た方向を見れば、アスドルバルさんがサムズアップをしているのが見える。どうやら、休んでいたのはこれを作る為だったらしい。


 折れた剣と同じなのは、何もデザインだけではない。一人の子供ほどもありそうな重さと、先端に偏った重心まで全く同じだ。柄の握り心地も、背負う為の金具も、色と素材を覗けば以前の剣と何もかもが同じだった。


「チコ」


 剣を持って震えていると、肩に温かい手の感触を感じた。同時に聞こえたのはエルネスタの声。ゆっくりと目を向けると、無表情を崩して穏やかに微笑んでいるエルネスタの顔が見えた。


「私とイラーナさん、アスドルバルさんからの贈り物です」


 その言葉で、俺は一週間前にイラーナさんが何を口走り掛けていたのかを察した。恐らく、剣を用意してあるから剣聖と名乗るのに問題は無いといった意味だったのだろう。どうやら、三人は俺の涙腺を崩壊させようとしていたらしい。我慢するから崩壊はしないが。


 剣を少し抜いて見る。白い鞘からチラリと覗く刀身は、オリハルコンを使っていた以前の剣とは比べ物にならないほど黒く、濡れたように日に輝いていた。十中八九、黒鉄竜虚無鉄(アイアンボイド)の鱗を使っているのだろう。あの強靭さなら、俺が最も求めている耐久性も抜群。間違い無く最高級の業物だ。


「受け取ってくれますか?」

「決まってるだろ」


 俺の為だけに作られた剣を受け取らないほど、人の好意を無駄にする馬鹿じゃない。俺は剣を抜き放つと、黒く濡れた刀身を空へ突き刺すように掲げた。


「「「 オオォォォーーーッ!!! 」」」

「剣聖様ーッ!」

「剣聖様のお嫁さーん!!」」

「結婚してくれーッ!!」


 人々が歓声を上げ、周囲の温度が最高潮に達する。名実共に剣聖となった俺と、その俺を独占する謎の権利を得たエルネスタ。二人の英雄を祝福する波が、王都中に広がっていった。











「で、この剣って幾らした?」

「黒貨六十枚ですね。素材も加工費も無料だったので、タダでしたけど」

「意識が飛び掛けたわ」

これで一章は終了です。

明日間章を投稿して、少し書き溜めをします。

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