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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
23/89

話は肝心な時に途切れて

少し短めです

 無表情になったエルネスタはゆっくりと立ち上がり、俺に相対する。一見立っているだけに見えるが、一切隙が無いその姿に俺の警戒心も跳ね上がった。


「まさか……数年後なら兎も角、三週間で見破られるとは思っていませんでした」


 普段の快活な声とは違う、感情が抜けたような無機質な声でエルネスタはそう言った。それは今までの行動が全て演技だったと告白している事と同義であり、何らかの目的を持って俺に接近した事を肯定している。


 ふと気付けば、彼女から発される気配は異質な物へと変化していた。機械的に切り替わっていた儚げな気配は消え、その裏に隠されていたような無機質な気配が表に露呈している。その気配からは何も読み取る事が出来ない。ただそこに存在している事を示しているだけだ。


 俺は剣を握る力を強めると、何時でも戦闘に移れるように構える。相手の実力も出足も読めない以上、油断は一切出来ない。


 俺が剣を構えたのを見て、エルネスタは首を横に振りながら軽く両手を挙げた。


「あなたと事を構えるつもりはありません」

「それを信じろと?」

「信じてもらえなくても構いません。私が攻撃を仕掛けなければあなたも攻撃して来ない。違いますか?」


 エルネスタはそう言うとその場に座り、俺にも座るように薦めて来る。それを無視して立ち続けると、エルネスタは諦めたように首を振って口を開いた。


「今までの行動は全て無駄になったようですね。信用も信頼もされていないようです」

「全てを隠していた相手を信用しろと?笑わせるな」


 暫しの間、俺達は無言で睨み合う。俺はエルネスタの気配を読み切れず、エルネスタは気配の無い俺を読む事が出来ない。だが、俺が攻撃を叩き込めばエルネスタの魔法が叩き込まれ、エルネスタの魔法が叩き込まれれば俺が攻撃を叩き込む。距離と速度は同等、動けばどちらも死ぬ事は確かだ。


 互いに手詰まりの状況の中、時間だけが過ぎ去って行く。焚き火も消え、光源が青白い月明かりだけになっても動かない。剣を構えて見下ろす俺と、座ったまま見上げるエルネスタ。ピリピリとした緊張感が場を包む中、俺達はほぼ同時に違和感に気付いた。


「分かるか」

「この程度なら」


 俺達は顔を逸らし、同じ方向の空を見つめる。その方向から、凄まじい威圧感を放つ何かが急速に接近してきているのだ。そしてその気配の主は、それから数秒もしない内に俺達の頭上に姿を現し、聞いた者全てを震え上がらせるような大音声の咆哮を上げた。


 濡れたように煌く漆黒の鱗に覆われた巨体。その背中から生えている、体の何倍もの大きさがある二対の巨大な翼。その超重量を支えるべく発達した二つの足と、鋭い鍵爪を備えた二つの手。そしてそれらを動かす頭脳がある頭。


 放出系魔法を操る能力と人語を解するほどの高い知能を持ち、人間ほどの大きさの物から巨獣に分類されるほどの巨体まで様々な大きさを持つ種族、竜種。その中でも特に巨大な竜が、俺達の頭上の空を覆い隠しながら跳んでいた。


「この大きさ……魔王級ですか……」

「魔王級か……俺の手に負えないな」

「私でも骨が折れますね。しかし、竜は巣から出る事など殆ど無い筈ですが……」


 相変わらず感情の起伏が無い声と表情でエルネスタが首を傾げた。竜種を始めとする魔獣は、空間に溢れる魔力を吸収する事でエネルギーに変換する事が出来る。下位の魔獣はそれに加えて食事を必要とするが、巨獣ともなると食事が殆ど必要無くなる。特に魔力の扱いに長けた竜種ではそれが顕著であり、数百年の間巣に篭っているというのも珍しくは無い筈だった。


 怠惰を貪り、永遠に近い寿命の殆どを眠って過ごす。偶に目覚めては巣の周りを飛び、日向ぼっこをしてまた眠る。それがこの世界で最も有名で、尚且つ最強に近い種族の特徴の筈だ。


 その種族の中でも強大な力を持つ一匹が、明らかに巣から離れた場所の上空を飛んでいる。


「……竜種が巣を出る条件。それは子供の巣立ちの時がひとつ、でしたね」

「番を探す時もそうだ。だが、その時の竜種は自らを誇示する為に魔法を使う筈だ」

「その他には巣を破壊された等、怒りに触れた時でしたね……チコ?」


 エルネスタの言葉を聞いて竜種の習性を思い出した俺は、その竜を追って全力で走り出した。身体強化と活性の濃縮付加を使い、邪魔な枝を斬り伏せてひたすら追う。激しい地響きと風圧が巻き起こるが、そんな事はどうでもいい。


「あの竜……やっぱり王都に……!」


 方向を確認すると同時に、喉の奥から思わず声が漏れる。歯は自然と食い縛られ、ギリギリと軋むような音を立てた。心臓は高鳴り、足にも空回りする寸前までの力が入る。


 竜種、特に巨獣と呼ばれるまで成長した個体は強大であるが故に、一部の物好きを除けば人間に対して微塵も興味を示さない。人より遥かに卓越した魔法技術は、人が長い時間を掛けて発動させた魔法を容易く打ち消し、圧倒的なまでの強靭さを誇る鱗と分厚い皮膚は、人の持ち得る如何なる武器の貫通も許さないからだ。


 それは鮫がプランクトンに興味を示さない事と同義。圧倒的強者は、餌にもならない圧倒的弱者を歯牙にも掛けないのだ。但し、それは手を出されなければの話。


 例えば、気に入っていた場所を破壊された。例えば、番を殺された。例えば、卵を盗まれた。そうして憎しみを煽られた竜種は、人間という種族に対して牙を剥く。それは実行犯を殺しても止まらない。竜種にとって人間とは人間という種族であり、一個人では無く一集団と認識しているからだ。


 そして一度人に牙を剥いた竜は、普段は出ない巣から積極的に出て目に映る人を片っ端から殺し始める。鬱憤を、憎しみを晴らそうとより多くの人を殺そうとするのだ。それが冒険者であろうと、平民であろうと、王族であろうと、赤子であろうと。


 より多くの人の殺戮を望む竜が向かう先は想像に難くない。より多くの人が集まり、より多くの人に絶望を与えられる場所。



 街



 もしも……もしもあの巨竜が人を憎んでいるのなら、あれは躊躇い無く王都を破壊するだろう。何人の抵抗も許さず、圧倒的な力で持って蹂躙し、破壊と殺戮の限りを尽くして、そして次の獲物を求めて消えて行くだろう。


 そうなれば、跡には何も残らない。王都の街並みも、そこに暮らしていた人も、ギルドも、学園も、セナイダ達も。全て等しく灰燼に帰し、崩壊の歴史の中に埋もれて行く。


 そんな不愉快な事、認めはしない。


 俺は足に魔力を集め、魔力破戒を濃縮する。生じた空間の裂目に足を掛け、上空の竜へ向けて跳躍。それを何度も何度も繰り返し、まるで空を跳ぶようにして竜に接近する。


「オォッ!!」


 尋常ではない痛みに耐える為の気合の声を上げつつ足に全力で力を込め、同時に突き出した剣に魔力破戒を濃縮付加。次元を裂く不可視の刃が伸びると同時に俺の体は弾丸のように飛び出し、竜の左翼の付け根へ一気に迫った。


 空間を直接裂く魔力破戒は、どんなに硬い物であろうと等しく切断する。その法則は巨竜の鱗相手でも変わらない。


「GAAAAAAAAAAAAH!!」


 耳を劈くような――否、実際に耳を劈く苦悶の悲鳴が竜の口から発され、同時に切断こそされなかったものの筋を損傷した左翼が力無く垂れる。竜は左右のバランスを崩し、回転しながら地面へと墜ちて行った。


 竜は空中からの墜落程度で絶命するほど柔な体をしていない。俺はすぐさま空を蹴り、耳から垂れる血を拭いながら竜を追う。


「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!」


 轟音と共に地響きを引き起こしながら地に墜ちた竜は、すぐさま体勢を立て直して怒りの咆哮を上げる。空気を物理的に震わせるほどの大音声が無差別に放射され、活性魔法で治療されていた俺の鼓膜を再び突き破った。


 二本足で立ち上がった竜は翼を傷付けた不届き者を探そうと首を擡げ、月明かりの中でもハッキリと視認出来る金色の双眼で上空を睨み付ける。並外れた感覚を持つ竜はあっという間に俺を見つけるだろう。


 その前にもう一撃を入れる。


 重力に足の力も乗せ、空気を裂くほどの高速で落下する。風切音を捉えたらしい竜が此方を向くが、その時には既に竜が対応出来ない位近くまで俺は接近していた。


 一閃。


 濃縮された魔力破戒を纏った剣が、右目を通る形で竜の頭を傷付ける。紅く、人の感覚では膨大な量の、しかし巨大な竜にとってはほんの僅かな量の血が溢れ、地面を染めた。


「GYUEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!」


 再び怒りと苦悶の咆哮を上げた竜は、片足を持ち上げて俺を踏み潰そうとして来る。だが、その足が地面に接するまでの僅かな時間に、俺は轟音と共に地を蹴って竜の正面に躍り出た。


「……改めて見るとデカイな」


 今にも膝から崩れ落ちてしまいそうな圧倒的な憎悪を一身に受けつつ、俺は歯を食い縛りながらエルネスタが一目で魔王級と称した事も納得出来るほどの巨体を見上げる。全高が八十、尾を加えた全長は百三十を超えていそうなほどの巨体の頂点は、ひとつだけ残った金で俺を睨み付けて来た。


 百五十の人としても小柄な体と相対する、八千の圧倒的な体。しかし、その体に容易く手傷を負わせた俺を強敵と認識したのか、竜は首を伸ばして翼を広げ、威嚇するように咆哮した。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!!!」

「くぅ……ッ!」


 翼を広げた事によって何倍にも大きく見える竜の咆哮に気圧され、俺は膝を付きそうになる。此処までの恐怖を感じたのは、初めての訓練の時の師匠以来だ。心臓が激しく脈動し、脳が警鐘を鳴らし、剣を握る手は震え、足は完全に笑っている。


 だが、同時に別の部分が高揚しているのも感じる。剣聖としての闘争本能が今までで最大の強敵を前にして滾りだし、血が熱く廻り始め、頬が自然と吊り上り、そして逃げようとする理性にもうひとつの理性が叫ぶ。


 守れ。王都を守れ。学園を守れ。人を守れ。友人を守れ。


「ハハ……やっと見つけた」


 この極限状態に於いて、俺は漸く見つけた。命を削るような激しさよりも大きな意味を。無意識に見出していた、戦いの於ける本当の欲求を。


 守る。


 なんと甘美な響きだろうか。常に施しを受ける側だった、戦いしか知らぬ俺にピッタリの欲求だ。自分勝手で我が儘な癖に失いたくない。身も精神も化物であるが故に心を許せず、本質的に孤独なままだった故の、矛盾した欲求。


 矛盾上等。我が道を自由に往く事こそが俺の本懐。長きに渡って束縛されていた俺の目的であり、師匠の願い。そして、それを押し通すのが剣聖の剣技。


 それを理解した瞬間に、恐怖の感情は温かい紅茶に砂糖を溶かした時のように消えて行く。残るのは激しく燃える闘士と脳を焦がすような欲求、獣のような本能だけ。


「来いよ蜥蜴ッ!!剣聖がテメェの腹掻っ捌いてやるよッ!!」

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!!」


 宣戦布告の叫びに合わせるように竜も咆哮し、化物である俺と魔王級の黒竜の戦いが始まった。

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