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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
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エルネスタ

「これより都外実習を開始する!各自パーティーに分かれ、行動を開始せよ!」


 都外実習当日、王都と外との境目になる南門の外側に集まった学園の生徒達は、魔法で拡大された教師の声と同時に動き始めた。事前に組んだ数人ずつのパーティーに分かれ、引率の教師や冒険者達を引き連れて平原へ散って行く。


「私達も行きましょう、チコ」

「はい。取り敢えずは森の方へ行きましょう」


 冒険者装備に身を包んだ俺とエルも移動を開始する。まずは森へ向かい、その周辺で魔獣を狩りながら拠点を確保して野営の準備を行う。平原とは違って魔獣を見つけ難いが、その分数は多い為獲物には困らない。エルには自重してもらわないと森が崩壊するが、多分大丈夫だ。


 そして、俺達に引率の教師や冒険者はいない。学園長やベルナベさん曰く、SSランク冒険者と期待の新星魔法士に引率付ける必要は無いらしい。緊急事態が起きた場合は色々と拙い事になるが、俺達に限ってそんな事はありえないと思われている。それならば自由に泳がせておこうという結論になったと学園長から聞いた。


「あ、あれはエウヘニオさんとディオニシオさんですね」


 エルの指差した先で、エブレチコさんとディオニシオさんのパーティーが、一メートルほどもあるモグラと殴り合っていた。タワーシールドとメイスを持ったエクメニオさんがモグラの突進を受け止め、ディオニシオさんが動きを鈍らせている。その後ろで、魔法士らしい生徒が大きな火球を浮かべて攻撃のタイミングを計っていた。


「んー、良い連携ですね。ディオニシオさんが魔法士の人を何時でも守れる位置にいるのも得点が高いです」

「そうですねぇ、あれは守られている方も心強いですよ。ちなみにどんな魔獣と戦っているんですか?」

「プレインモールです。Eランク魔獣で、初心者を卒業した冒険者が狩る事が多い魔獣ですよ。地面に逃げられない内に畳み込むのが基本です」


 俺達が歩きながらそんな事を話している間に、魔法士の生徒から放たれた火球がプレインモールを包み込んだ。超高温の炎に包まれたプレインモールはあっという間に絶命し、平原の草の上にバッタリと倒れる。真っ黒になった亡骸を傍目に、ゼグレイドさん達は無邪気に喜んでいた。


「倒しましたね」

「えぇ、一匹はね。プレインモール戦は此処からが本番ですよ」


 言うが早いか、喜ぶ三人の周りに五匹のプレインモールが地面から飛び出て来る。地面の振動を感知するプレインモールは何故か仲間意識が強く、一匹と戦っていると泥の手よろしくどんどん集まって来る。戦闘後に油断していると、あっという間に囲まれて大ピンチに陥る訳だ。


 その習性を知らなかったらしい三人は慌てて戦闘態勢を取るも、プレインモール達は三人を囲むように移動して突撃を仕掛けようとしている。冒険者か教師が近くにいる為に死にはしないだろうが、あのままでは誰かが確実に怪我を負うだろう。


「どうやって対処するんでしょうね?」

「俺達だったら皆殺しですかね」

「違いないですね」


 物騒な会話を交わしつつ観察をしていると、ディオニシオさんとエルケギホさんが身体強化を使い始めた。どうやら身体能力を底上げする事で対処する方法を選んだらしい。そのまま戦闘を再開し始めている。


「おぉ、一気に圧倒し始めましたよ!」

「残念ですけど、あれは悪手です」

「そうなんですか?」

「まぁ見ててください」


 不思議そうな顔をしたエルにそう言った瞬間、魔法士の生徒のすぐ傍の地面からプレインモールが現れた。突然近くに出現したプレインモールに対応出来なかった魔法士の生徒は見事に吹き飛ばされ、貴重な後衛がほぼ戦闘不能になった。


 同時にエルが魔法士の生徒を襲ったプレインモールが何処から来たのか気付き、手をポンと打って声を上げた。


「なるほど」

「分かりました?」

「はい。エウヘニオさんとディオニシオさんの隙を突いて、一匹地面に潜ったんですね」

「正解です。このままだとあの魔法士さんが脱落しそうなので、ちょっと助太刀しましょうか」


 この都外実習では死人が出ないように教師や冒険者が各パーティーに付いており、いざと言う時には介入して生徒達の命を守る事になっている。そして、介入された生徒はその時点で死亡した扱いになってパーティーから脱落、実習終了となる。


 魔法士の生徒は必死に抵抗しているが、前衛の二人は未だに戦闘中だ。負ける事は万に一回も無いだろうが、救援は間に合わないだろう。遠くで見守っている冒険者も、介入の準備をしている所を見ると間に合わないと察したらしい。このまま行けば、魔法士の生徒が脱落して残りの一日を


 やる気満々だった二人の貴重な戦力を見捨てるのは忍びないし、この位は大した手間では無い。多少の介入はしてもいいだろう。


 俺は身体強化を掛け、地面を何度も蹴り付ける。するとプレインモールの動きがおかしくなり、その隙を突いたエウヘニオさんとディオニシオが速攻でプレインモールを仕留め、魔法士の生徒の救援に向かった。


「えっと……今、何をしたんですか?」

「プレインモールは地面の振動で周りの状況を把握するので、地面を揺らす事で状況の誤認を引き起こしただけです。冒険者の間では鉄板のやり方ですよ」

「へぇ、研究されてるんですね」


 エルが感心したように頷くと同時に、最後のプレインモールを倒し終わった三人が俺達に気付き、手を振って来た。軽く手を振り返し、森へ向けての移動と周辺の警戒に集中する。幸いにも俺達に気付く魔獣はおらず、平和に森に到着する事が出来た。


「此処で狩りをします。危険な魔獣はいない筈ですが、俺から離れないように」

「分かりました。チコのサポートに回ります」

「適度に獲物を回しますから、ちゃんと仕留めてくださいね?」


 エルに確認を取りながら剣を抜く。これからは魔獣を求めて森の中を駆けずり回る強行軍が始まる。エルは魔獣との戦いを経験していないらしい為、此処で経験を積ませるという建前もある。


「じゃ、行きますか」

「了解です。後方は任せてください」


 後方をエルに任せ、前方を警戒しながら森の中を歩く。森林には気配を完全に消す魔獣や、索敵能力が以上に発達している魔獣が生息している事が多い。更に俺達が魔獣を見つけるには目視か音、発される気配に頼るしかない為、常に気を張って奇襲を警戒する必要がある。


 その事を冒険者初心者であるエルに教えつつ、偶に顔を出す魔獣を倒して魔石を採取する。森は厄介な魔獣は多いが強い魔獣が多い訳では無い為、事前に発見出来ればそこまで大変では無い。


 エルもしっかり索敵しているようで、土で圧死させたり水で窒息死させたり、空気の刃で首を刎ね飛ばしたり氷漬けにしたりしている。魔法の引き出しの多さにも驚かされるが、俺は何よりも魔法の発動速度の早さに舌を巻いた。


「前々から思ってましたけど、エルの放出系魔法の才能は並じゃないですね」

「一応Aクラスですし……」

「それでも凄まじいですよ。これ以上凄い人なんて、イラーナさんと学園長くらいしか俺は知りません」

「誉められると嬉しいですね」

「喜ぶのは良いですけど警戒を疎かにしないでくださいね」


 照れ臭そうに頭を掻くエルの横に忍び寄って来ていた魔獣を仕留め、剣の峰で軽く肩を叩く。エルは突然横で振られた剣に驚くと、顔の前で手を合わせて「ごめんなさい」と舌を出した。


「油断は死に繋がりますからね」

「肝に銘じておきます……」


 エルが気を引き締めなおした事を確認し、俺達は魔獣狩りを再開した。






 その夜、森の一角で火を熾した俺達は今日の戦果を確認していた。お互いのバッグから魔石を取り出し、移し変えて数を数える。少々張り切りすぎた所為か数が多く、数えるのにはそれなりの時間が掛かった。


「――っと。チコ、全部数え終わりました。百二十二個でした」

「こっちは百六十個でしたよ。合わせて二百八十二個ですか。一日の戦果としては良い方なんですが……」

「殆ど質が悪いんですよねぇ……」


 エルの言う通り、今日手に入れた魔石は殆ど質が悪い。一番マシなのがDランク魔獣のフォレストウルフの魔石で、それもひとつしか無い。都外実習のランキングは討伐数だが、これでは雑魚ばかり狙って倒したように見えてしまう。もっと良い魔石が欲しいが――


「――この辺りの魔獣、殆ど狩り尽くしちゃったんですよね……」

「ちょっと調子に乗りすぎましたね……魔獣は何時の間にかまた増えるから良いんですけど」

「明日の狩場、どうします?」


 眉尻を下げて苦笑したエルが、焚き火の上の鍋の中身を掻き混ぜながら言った。魔石をバッグの中にしまった俺は、その鍋の中に香辛料を放り込みつつ答える。


「森が駄目なら平原に出れば良いんですよ。数は少ないでしょうが、討伐出来ない魔獣がまだいる筈です」

「なるほど。残った大物を狙うんですね」

「その通りです。あ、混ぜるのはそこまでで良いですよ。後はよそって食べましょう」

「了解です」


 明日の方針が決定した所で鍋の中身が完成した。白く輝き、まるで母性を感じさせるような甘い香りを放つそれが皿の中にとろりと滴る。あらゆる人物を魅了して止まない、パンにも米にも合うそれは人々にシチューと呼ばれていた。


「おぉ……おいしそうですぅ……!」

「一応自信作ですからね。どうぞ」

「はーいっ!いただきまーす!!」


 ニコニコと笑いながらシチューを掻き込むエルを眺めながら、俺もシチューを口にする。胡椒を入れ過ぎたようで偶に辛い塊があったが、それはそれでアクセントになっている。自然と手と口が素早く動き、気付けば鍋の中は空っぽになっていた。


「ふぅ……ご馳走様でした」

「お粗末様」

「チコって料理も凄いんですね……この前のポトフも美味しかったですし」

「光栄の極み、とでも言えば良いんですかね?」

「ふっふっふー、褒めて遣わそう!」


 腰に手を当てて無い胸を張るエル。その仕草も、発せられる気配も全て自然だ。明るく、活発で少しだけ強引な女の子としか思えない。だが、俺はこの三週間で確信した。確信してしまった。


「なぁ……」

「どうしました?ち……こ……?」


 俺の声に反応して此方を向いたエルネスタが、目の前に突き付けられた剣の切先を見て顔を強張らせる。黒光りする刀身を持つ剣を握っているのは、他ならぬ俺の手だ。


「な……何の冗談……ですか……?」

「冗談じゃ無い。お前には今から俺の質問に答えてもらう」


 顔を強張らせるエルネスタを鋭く睨む。それに気圧されたように後ずさるエルネスタに合わせて俺も移動し、常に剣を眉間に向け続ける。


「なぁ」


 思えば、エルネスタは不自然だった。初めて出会った日には、家に置いて置けば良い筈の学証を持ち歩いていた。それに、あれほどの実力を持ちながら誰も彼女の事を知らなかった。


 これだけならまだ良い。偶然だとか、山奥に隠れてたとか言えば何とでもなるし、納得も出来る。多少無理があっても、強引に押し通せば良い。


 だが、それでは説明出来ない不自然さもある。体に見合っていない体力がそうだ。エルネスタの肉付きでは、身体強化を使った生徒達と同じ速度で走り、他が倒れる中で息切れすらもしないほどの持久力は持つ事が絶対に出来ない筈だ。


 そして、飲み会の後に時々飛び出した不自然な言葉の数々。いただきますの文化が存在しないこの世界で、彼女は食前にいただきますと言った。メイド喫茶が殆ど見られないこの世界で、メイド喫茶という単語を口にした。


 最後に、俺の不信を最も助長したのが、先週に大規模盗賊団を殲滅した後の事だ。


 何故、彼女は一日であのセーフティーハウスに到着出来た?


 王都から馬車で一日の距離を、彼女は馬車や馬無しで移動して見せた。あの時轍は存在していなかったし、馬もいなかった。土曜日、つまり一緒に寝た日に出発した事はイラーナさんから聞いているし、間違いは無い。


 極め付けは、誰も彼女を疑わず、そして心を開き過ぎている事だ。イラーナさんは明らかに不相応な依頼を薦め、それに対して誰も何も言わなかった。三年間一緒にいたイラーナさんの前でも眠らない俺が、出会って二週間のエルネスタの膝に頭を預けた。


 人体の限界を超えた身体能力と、まるで俺の前世を知っているかのような単語。そして明らかに不自然な移動速度。そして持っている途轍も無い力と魔力、人を異常に惹き付けているという事実。これだけ揃えば、ブラスの事もあって不穏な空気を感じている俺がエルネスタを間者か何かと疑うには十分だった。


 表情も、仕草も、気配でさえも仮面だったのかと、そう追及したくは無かった。あからさまだった好意も、向けてくれた笑顔も、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた事も、全て演技だったのかと、追及せざるを得なかった。


 でも、俺は親しい人を守りたい。もう二度と、セナイダ達のような人を俺の所為で生み出したくは無い。その為にエルネスタの事を暴かなければならないのなら、俺は躊躇無く暴いてみせる。


「お前、何者だ?」


 俺がそう問うた瞬間。


 怯えていたエルネスタの顔から、表情が消えた。

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