何になれと言うのでしょう
「へぇ、そんな事があったのねぇ」
「……信じてねぇだろ」
「話が突き抜けすぎてるからね。それにしても昔のあなた、そんなに純粋で丁寧だったの?」
「素面なら顔以外は相当丁寧だろ」
「素面なら、ね。でも酔っ払ってる時の方は素が出るのよ?」
「……チッ。続き話すぞ」
「あ、お願い」
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はい、一日眠ったら12歳程度の体になっていた僕です。
あの後、叫び声に気付いた乳母さんが駆けつけてくれて、混乱する僕に色々と説明してくれました。一日であそこまで成長したのは、活性魔法を強めに掛けた所為らしいです。
というか、僕よりも乳母さんが驚いていました。成長したばかりの子が言葉を理解し、話すのはおかしいそうです。そう言えば、僕はまだ産まれて一日しか経っていませんでした。ちょっと迂闊でしたね。
しかし、魔法ですか。魔法といえばファンタジーの定番ですよね。炎を出したり、氷を降らせたり、竜巻を起こしたり。僕にも使えるんでしょうかね?使えるのなら是非使ってみたいです。男の子の血が騒ぎます。
そんな事を考えながら、個室で朝御飯にと渡されたオートミールを食べます。ぼっちです。悲しいですね。でも乳母さん達は皆忙しいらしいので、我が儘は言えません。
成長した体にはしっかり筋肉が付いていて、皿を持てないとかそんな事はありませんでした。筋トレ要らずですね。何処から栄養やら何やらを補給しているのかが謎ですが。
「ハッ!まさかあのおっぱいに秘密がっ!?」
「なんだなんだ、様子を見に来たらませた事言ってるじゃないか」
「!?!?」
バカな事を呟いていたら、個室の扉が開いてセルソさんが入ってきました。物凄く悪い表情をしています。今頃僕の頬は真っ赤でしょう。恥ずかしい所を見られてしまいました。
「どうしたぁ?おっぱいがなんだってぇ?」
「な、何でもないです」
「ハッハッハ、そうかそうか」
セルソさんは笑いながら近くの椅子に座り、オートミールを食べている僕の観察を始めました。じーっと見られる中で食事をするのは結構恥ずかしいですね。地味に腰の剣に手を添えていたら尚更です。
「あのぉ……剣に手を添えるの、止めてくれませんか?」
地味に発せられる威圧感に耐え切れずに僕が言うと、セルソさんは不思議そうな顔をしました。
「いや、産まれて一日のガキがそこまでの知能持ってたら警戒するだろう?」
「……納得したくないけど納得しました」
そうですよね、普通そうなりますよね……でも僕は平和日本に生まれた、武道は授業でやった剣道しかやった事が無い無害な人です。筋が良いとは言われましたけど、それだけです。ですので勘弁して下さい。
なんて言っても信じてもらえないでしょうね。
お腹に優しいオートミールを食べ終わった僕は、食器を机の上に戻してそわそわと周りを見渡します。僕はこれから何をすれば良いのでしょう?
「食い終わったか。よし、行くぞ」
セルソさんが知っているみたいです。相変わらず剣に手を掛けたままのセルソさんは、億劫そうに立ち上がって僕に手招きし、個室のドアを開けて出て行きました。斬られたくないので、素直に従う事にします。
お城は本当にファンタジーです。壁もつやつやで綺麗ですし、床には絨毯?カーペット?が敷かれています。この絨毯?は偉い人しか使ってはいけないようで、僕達はその横のむき出しの部分を歩きます。そして高そうな調度品……いいなぁ。
いやしかし、このお城広いですね……分かれ道も多いですし、RPGでよくある数十秒で王座へ行けるちんけなお城とは格が違いました。部屋の数も段違いです……建てるのにどのくらい掛かったのでしょう……。
暫く城の中を歩き、僕達は地下へ続く階段を下ります。
地下は地上の階とは違って陰気な感じでした。壁はくすんでいて、湿気と共に僅かにカビの匂いが漂ってきます。行き交う人々は皆剣を差していて、大半は首にセルソさんと同じ首輪を着けていました。隷属番号の文字が痛々しいです。
そんな人達とすれ違い、ちょっとだけ怯えながら僕はセルソさんに付いて行きます。セルソさんはこの複雑な道を全て知っているのか、ふんふんと鼻歌を歌いながら歩いて行きます。すれ違う人達はセルソさんを見ると敬礼しています。剣聖って、やっぱり凄いんですね。
凄いのは良いですけど、そろそろ警戒を緩めてくれないでしょうか……?
「着いたぞ」
開かれた大きな扉の前で、セルソさんはそう言いました。どうやら此処が目的地のようです。向こうの方は……練兵場?でしょうか。剣を持った人達が剣で戦っています。
……明らかに僕みたいな子供が来る所じゃないと思うのですが……。
僕の困惑を余所に、セルソさんは中の練兵場らしき施設へ入っていってしまいました。このままだと僕も斬られかねないので、急いでセルソさんに続きます。
「まずはお前の身分について説明しておこうか」
セルソさんは歩きながら声を掛けてきました。僕の身分……セルソさん達は奴隷みたいですし、やっぱり僕も奴隷なのでしょうか?取り合えず僕は返事を返し、セルソさんの言葉の続きを待ちます。
「お前は戦奴隷……戦争時に戦う奴隷だ。その中でもエリートとして育て上げられる予定になっている」
「戦争……エリートですか?」
「そうだ。帝王陛下、この国の王の命令で、赤子を活性魔法を使って成長させ、素質のある者を選んで我の、剣聖の剣技を授ける。そしてお前は――」
そこでセルソさんは一旦言葉を区切り、僕の方を向きました。
「――最強の戦奴隷となる」
あまりにも現実離れしたその言葉に、僕の頭は真っ白になりました。
最強の戦奴隷?日本生まれで喧嘩のひとつもまともに経験した事の無い僕が?
剣聖の剣技を授ける?竹刀しか握った事の無い僕に?
素質のある?前世の記憶があるとは言え、凡人だった僕が?
「これは決定事項だ。お前は既に我と同じ奴隷。故にこれを付けてもらう」
セルソさんの手に握られているのは黒い首輪。書かれている文字は『特別隷属:一号』となっています。その所為で禍々しさが倍増していて、この首輪が特別な物であると嫌でも実感させられます。
「いや、でも……」
僕は特別じゃないんです。戦うなんて出来ないし、戦争なんて画面の向こうの世界でした。前世の記憶があるだけの、ただの子供なんです。
「でももだっても無い。お前は今から戦奴隷となるのだ」
「や、やめ……っ!」
セルソさんは僕を壁際に追い詰め、剣を抜いて僕の首に押し当てました。
「ひっ……!」
冷たく鋭い感触に背筋が凍り付き、口から小さな悲鳴が漏れ、体中に脂汗が滲み始めました。初めて明確に向けられる殺意……恐いなんてもんじゃないです。
僕が恐怖に竦んでいる隙に、セルソさんは首輪を片手で開き、僕の首に押し当てます。カチリと高い音が鳴ると同時に、僕の体に痛みを伴う電撃のような刺激が奔りました。
「あぎぃァがッ……!」
「耐えろ」
苦悶の声を上げる僕に、セルソさんは一言だけ言いました。ですが、その言葉は僕の耳に届くだけです。痛みが強すぎて言葉を理解するのが困難になっています。体が押さえつけられている所為でのた打ち回って痛みを誤魔化す事も出来ません。
だけど、あの時の――死ぬ時に一瞬だけ感じた痛みに比べれば優しいものです。
暫く耐えていると、徐々に刺激が弱まってきました。
「ッ!ク八ッ!……ハァッ、はぁ……ゴホッゴホッ」
痛みに詰まっていた喉が解放され、僕は息苦しさに咳き込みました。セルソさんが拘束を緩めましたが、その支えを失った僕は体を支えきれずに地面に崩れ落ちます。首元に手をやると硬い金属の感触がありました。隷属の首輪でしょう。
「立て」
「――~ッ!」
セルソさんがそう僕に『命令』した瞬間、首輪を付けた時と同質の痛みが体に奔りました。痛みのレベルとしては遥かに低いものの、付けた時の苦しみを思い出すには十分なほどの痛みです。多分、隷属の首輪から発されているのでしょう。奴隷に言う事を聞かせる為の機能といったところでしょうか。
予想は正しかったようで、僕が立ち上がった瞬間にその痛みは霧消しました。セルソさんは立ち上がった僕に手招きをすると、そのまま武器が置いてある場所へと歩いて行きます。まさか今から訓練をするとか……
「訓練を始めるぞ。来い!」
するようです。
僕が慌ててセルソさんの所へ駆け寄ると、セルソさんは無造作に一本の木剣を抜いて僕に差し出しました。何の変哲も無い西洋剣、ショートソードに分類される剣です。無理矢理成長を促進させた体にしては筋肉がありますが、それでもちょっと重いですね。
セルソさんは練兵場の中央へ歩いて行き、剣を持った僕もそれに続きます。周りで訓練をしていた人達は、突然の剣聖と良く分からない子供の登場に目を見開き、自然と場所を開けて僕達を囲みました。僕が首輪を付けた所を見ていた人達が、見ていなかった人達に事情を説明するひそひそ声が耳に痛いです。
「よし、まずは構えからだ。お前に剣聖の技を全部叩き込んでやる」
「は、はい!」
それから僕はセルソさんの宣言通り、基礎の構えから厳しく叩き込まれました。その後は千を超える素振りや錘を背負ってのランニング、歩行法やら何やらに訓練が昼食も抜きにして一日中続けられました。
終わった後は当然へとへと、指一本動かす事すら叶いません。明日は筋肉痛になる事が決定していますね。セルソさんの話を聞く限り、この訓練が毎日続き、しかも少しずつ厳しくなって行くらしいのですが、僕は大丈夫なのでしょうか?
練兵場の地面で仰向けに倒れている僕に、セルソさんが近寄ってきました。そのまましゃがみ込み、僕の顔を正面から見つめてきます。
「お前の訓練の中で一番辛いのは、今からやる事だと思う」
「……?」
厳しい表情をしたセルソさんが、僕の目に掛かった汗だくの髪を払いつつそう言います。訓練中や首輪を付けた時とは違い、セルソさんは昨日の時のように優しく頭を撫でてくれています。対照的に表情は厳しく、どこか悲しそうな雰囲気です。
……本当に何をするんでしょう?
「痛くて痛くて堪らない。それこそ首輪を付ける時より痛いとは思う。我も出来ればやりたくは無いが……王命だ。逆らう事は出来ん」
逆らえないのは奴隷だから仕方ないとして、首輪の時の痛みより痛いって……僕の経験上、あれより痛かったのは死ぬ直前だけだったのですが……。
「狂うんじゃないぞ。気をしっかり保て」
狂う?痛みに狂うのでしょうか?
僕が疑問を口にする前に、セルソさんは右手で僕の肩を押さえつけ、左手を下腹部――丹田の部分に当て、金色のオーラを発し始めました。魔法でしょうか?僕はその光景を驚きながら目で見守ります。
そしてその光が僕の方へ流れ込むのとほぼ同時。
「~~~――ッ!!!!!――――」
僕の全身に、耐え難いと言うのも生温いほどの痛みが奔りました。あまりの痛みに、僕の目は過敏になって視界を白く塗りつぶし、耳はガンガンと響く痛みに狂い、そして他の感覚は全て消えました。
気が狂う痛みというのは嘘でも誇張でも無かったようです。気絶する事も許されず、僕は永遠とも思えるような時間が過ぎ去るまで、ひたすら痛みにもがいていました。
「――!―――!!」
本当に長い間――体感では二時間ほど――その責め苦に耐えると、漸く痛みが収まってきました。閉じた目は徐々に暗くなって行き、聴覚が徐々に元の状態に戻っていきます。気が狂うのは避けられたようです。
僕は目を開き、目の前で心配そうにしているセルソさんと目を合わせました。
「大丈夫か?」
「はい、何とか」
そう答えると、僕は差し出されたタオルで顔を拭きました。涙と涎で相当酷い事になっていたみたいです。
顔を拭き終わった後、僕は首を廻らせて周りを確認しました。あの痛みが始まった時から相当な時間が経っている筈です。どの位時間が経ったのか確認しようとしたのですが、驚いた事に、周りの状況は痛みの前と殆ど変わっていませんでした。
打ち合っている人は相変わらず打ち合い、休憩している人は相変わらず休憩しています。多少の違いがありますが、立ち位置やその他が殆ど変わっていないのです。いえ、結構な人がこっちを見ていますが。
「あの……あれからどの位時間が経ったんですか?」
セルソさんに聞くと、元々苦そうだった顔を更に苦くして答えてくれました。
「始めてから十秒も経っていない」
あれから十秒も経っていない……?そんな事は無い筈……です。確かに僕は、相当な時間を痛みと共に過ごした筈です。
僕がその事をセルソさんに訴えると、顔を逸らしながらこう言いました。
「痛みで意識が引き伸ばされたんだろ……」
そんな事があるんでしょうか……いえ、あるんでしょうね。僕が体験した事がそれなんでしょう。死の間際は時間が遅く感じるとか、そういうのありましたし。寧ろ体験しましたし。
あれだけの痛みを受けた体ですが、不思議と痛みを受ける前よりも格段に楽になっています。筋肉に嫌というほど蓄積した疲労が取れた感じです。訓練前よりも力が湧き出ているような気がしますし、あれは体の超回復を促す為の魔法か何かだったのでしょうか?
兎も角、気が狂う痛みは終わりました。山を越えた、という事で良いのでしょうか?セルソさんの顔が相変わらず渋いのが気になるのですが……。
ええい、ままよ。聞かねばならぬ。此処で聞かねば男ではない!
「あの……これで終わりですよね?」
僕の問いに、セルソさんは本当に言い難そうに答えてくれました。
そしてその答えは、僕を容易く地獄の底へと突き落としました。
「いや……明日もある。いや、明日だけじゃない。これから毎日……だ」
嘘……でしょう?こんな痛みが毎日続いたりなんかしたら……本当に耐えられませんよ?それなのに……
「本当……ですか?」
「本当だ。続ける事で体はどんどん強くなる。そういう事だ」
つまり、最強になる為に必要な事……と。
いやぁ……最強っていうのは、やっぱりなる為にはそれ相応の努力や痛み、経験が必要なんですね……参ったなぁ……。
帰りたいなぁ。