大規模盗賊団殲滅戦
この世界の暦は前世とほぼ同じで、一年が365日、12ヶ月、七日で一週間、一日は二十四時間となっている。相違点としては、前世の日曜日が光曜日になっている程度だろうか。閏秒や閏年は聞いた事が無い為、もしかしたらこれらも無いかも知れない。
そして、学園は月火水木の四日間が登校日で、金土光は休みになっている。昔は五日間登校の二日休みだったのだが、冒険者として活動している生徒達に配慮して休みが伸びたのだとか。
当然ながら、その三日間は俺が金を稼ぐ日になる。ギルドに顔を出すと、イラーナさんから近場の盗賊団の拠点を潰すのに協力して欲しいと依頼された為、俺は早速王都を出発した。依頼のランクはS、報酬は黒貨二枚、二億円相当だ。相当大規模で悪名高い盗賊団が来ているらしい。
「王都騎士団が大規模な討伐隊を出したんだけど、見事にコテンパンにされたらしいのよ。という訳で、よろしくっ」
という軽いノリで頼まれたのだが、絶対に死地に赴く人を見送る態度じゃないと思う。
盗賊団の拠点は、王都から馬車で一日程度の距離にあるらしい。つまり、俺の足で半日程度といった所だ。拠点制圧には時間が掛かりそうだが、これなら余裕を持って帰る事が出来るだろう。
拠点の近くには、これ以上の略奪を防ぐ為に敗北した騎士団が陣を敷いている。一先ずそこに合流した俺は、顔見知りの騎士隊長から話を聞く事にした。情報収集は一番大事な作業。疎かにしていると、足下を掬われる。
「盗賊団はあれ以降動きを見せていません。流石に罠も火砲も無しで、我々と正面からやりあう気は無いのでしょう」
目の下に隈を作り、右腕に包帯を巻いた騎士隊長は疲れた顔でそう言った。どうやら、盗賊団は騎士団を拠点の中に誘い込み、罠に掛けてから包囲殲滅を図ったらしい。一部の若い騎士が突出していた為に被害はそれだけで抑えられたが、それでも撤退の際に火砲と追撃にこっ酷くやられたのだとか。
「魔法士隊で防げ無かったんですか?」
「奴等、巧妙にも魔法で結界を破った所に纏めて砲弾を叩き込んで来たんです。歴戦の盗賊なんでしょうね」
結界魔法は、放出系魔法に分類される便利魔法のひとつだ。魔力を膜状に広げて空間を隔絶し、あらゆる現象の干渉をそこでストップさせる。物理も魔法も、結界の前では等しく無力化されるという訳だ。但し、僅かな干渉でも大きく魔力を消費するという欠点があり、盗賊団はそこを突いた。並みの盗賊には出来ない連携に、騎士団はあっという間に削られて戦闘不能になったらしい。
ゆっくりと周りを見回してみると、ほぼ全員が負傷している騎士団の面々が暗い顔で焚き火の傍で蹲っている。ベテランの騎士は明るい声を上げて場の空気を盛り上げようとしているものの、若い新人騎士はそれに一切反応せず、虚ろな目で地面を見つめている。
「トラウマになってますね」
「えぇ。ですが、これも経験です。それにこの後、もっとトラウマになりそうな場所の後片付けが残っていますからね」
苦笑する騎士隊長に視線を戻した俺は、口角を僅かに吊り上げて微笑を浮かべる。
「違いありませんね」
「ちょっとは手加減してくださいよ。血の海を歩くのは苦手なんです」
騎士団の陣を後にし、盗賊団を襲撃する準備をする為に偵察を行う。木の枝の上に腰を下ろした俺は、遠くに見える盗賊団の拠点を見て思わず顔を顰めた。何故なら、その拠点が城砦のような規模を持ち、更に目測五百人程度の盗賊団が詰めていたからだ。あの規模になると、盗賊ではなく軍隊と称するに相応しい。
騎士団提供の情報によると、盗賊団は周辺にある集落を殆ど飲み込んだらしい。幸い、村人奴隷にする為に殆ど殺されていないらしいが、特に女性は酷い目に遭っているだろう。騎士団が返り討ちにされてから二日経っている。早めに救出しなければならない。
一度大きく息を吸い込み、吐く。そのまま流れるように剣を抜き、拠点の入り口を見定めて距離を測る。
「さて、不愉快な輩の殲滅を始めようか」
足に身体強化を施し、跳躍。砲弾と見紛うような速度で入り口に突入し、周辺の盗賊共を一太刀で薙ぎ払う。法を守らぬ輩に手加減は不要だ。
「敵襲!!敵襲だぁぁぁッ!!!」
「化物剣聖だ!!全員武器を持って戦闘態勢に入れッ!!!」
「急げ!死ぬぞ!早く早くッ!!」
俺を見た盗賊達が、怯えながらも耳障りな声で懸命に叫ぶ。不愉快だ。
身体強化をして吶喊。盗賊の首を次々に飛ばし、突き出して来る武器を蹴り飛ばして叩きのめす。奥からぞろぞろと増援がやって来るが、それらも皆等しく屍へと変貌して行く。
「魔法を使える奴は全員、全力でブチかませッ!!他の奴等は全力で足止めをしッ!?」
盗賊の幹部格の男の首を刎ね飛ばすが、指示はしっかりと出されてしまった。何十人かの盗賊が俺から距離を取り、放出系魔法を練り上げ始めている。
「邪魔だ」
一言宣告した後に、俺は剣に魔力を纏わせる。学園長と対峙した時よりも、もっと多く、もっと濃く。
魔力破戒、濃縮付加。過剰な魔力は剣の先端付近で空間に干渉し、次元を別つ不可視の刃となってあらゆる物を切り裂く。
一閃。剣のリーチ以上の斬撃が放たれ、魔法を練っていた盗賊までもが血を噴出して倒れる。他の盗賊達はそれを見て怖気付き、俺から一定の距離を取って近寄って来なくなった。
「どうした?来ないのか?騎士団をも打ち倒した盗賊じゃないのか?お前らは」
血を払った剣を肩に乗せて挑発するが、完全に腰が引けた盗賊はビクビクと震えるだけ。つまらないし、不愉快だ。
溜息と共に跳躍、一閃。槍衾を作っていた盗賊達が一斉に崩れ落ちる。
そのまま地に伏せ、後方に引き篭もっている輩に肉薄。零で数人を斬り伏せ、そのまま鍾馗に移って皆殺しにする。
大体百人を斬った所で増援が止んだ。どうやら時間稼ぎが目的だったらしい。罠を仕掛け、大砲に火薬を詰める慌しい気配が絶えず奥から漂って来る。
罠があると分かっているのに、馬鹿正直に正面から突っ込むほど俺は甘く無い。一度外に出て跳躍し、拠点の上に取り付いて身体強化、壁を蹴り砕いて侵入する。
「なッ!?上だ!上から来たぞォォッ!!」
罠仕掛ける指揮を執っていたらしい盗賊が叫ぶが、次の瞬間には胴体と首がお別れする。そのまま流れるように斬り掛かり、周囲で唖然としている盗賊達も纏めて始末した。
次々と増援がやって来るが、この程度の雑魚が何人増えようと何も変わらない。攻撃を避け、防ぎつつ順番に首を刎ねるだけ。
悲鳴を上げる事すら叶わず、盗賊達はあっという間にその命を散らして行く。何時しか、俺の通った後には盗賊達の死体と共に、様々な体液や脳漿が混ざった血の海が出来ていた。
拠点の上層の盗賊達を全て片付け、頭や囚われた人々がいる地下へと向かう。気配を探る限り、残っているのはそれなりの実力者だけのようだ。
地下層へ入ってすぐの広場に足を踏み入れると、盗賊の残存戦力が勢揃いしている。各個撃破されるよりも、戦力を集中させて纏めて全滅する事を選んだらしい。
「化物剣聖……これまでとはな」
一度足を止めた俺の前に、盗賊達の中から一人の若い女性が出て来る。雰囲気や得物、気配を鑑みると、この女性が盗賊頭なのだろう。下種のトップという訳だ。
「クッソ……気配はしないのに勝てる気が全くしねぇ……やっぱり王都近くへ来たのは失敗だったか」
「お頭……俺らは全員、最期まで付いて行きますぜ」
「あぁ……」
悲壮感溢れる決意を顕わにしている盗賊達。だが、それは俺に取ってはただの前戯でしか無い。
「来いよ化物ッ!アタシ達を前にして無傷で帰れるとは思わない事だねッ!!」
頭が剣を抜いて叫ぶと同時に、真上へ跳躍。低い天井を連続で蹴り、相手の真後ろに移動して一息に突撃。中央から喉元を食い破る。
当然ながら、盗賊がこんな動きに対応出来る訳が無い。彼等は絶叫し、嗚咽を漏らし、そして泣きながらその胴体と別れ、そして絶命して行く。
「アアァァァァァァァアアッ!!!」
仲間だった者達の死体を踏み越えて、頭が刺突の構えで吶喊して来る。速度も威力も中々だが、俺に届く訳が無い。軽く受け流し、足を蹴りつけて骨を折った後に端の方へ投げ飛ばす。
「お頭ッ!」
「テメェ、よくも"ッ!?」
「余所見は禁物」
壁に叩き付けられた頭に気を取られた盗賊を何人か斬り倒し、武器を構え直した盗賊を縦に割る。仲間の心配をするのは勝手だが、油断が一切出来無い戦闘の最中では隙にしかならない。当然自分も死ぬし、心配した相手も確実に死ぬ。そんな事も分かっていないのか。
甘い。甘すぎる。不愉快だ。
「ゴブェェエェッ!!」
「ヌゴバェガッ!?」
一番近くにいた盗賊の腹に蹴りを入れる。血と胃液、そして消滅した腹から臓物を撒き散らしながら他の盗賊にぶつかり、仲良く壁で潰れる。
「アアァァァ!!」
恐慌状態に陥った盗賊の一部が決死の突撃を仕掛けて来る。俺はそれに一閃で応え、叫び声と共に死の世界へ送る。
斬る、斬る、斬る。
「テメェェェッ!止めろォッ!!ヤメロォォォッ!!」
足を抑え、後頭部から大量の血を流した頭が必死の形相で叫ぶ。俺は頭をチラリと見やると、目の前残った最後の盗賊――最後の精神的支柱――の頭部を回し蹴りで吹き飛ばし、頭の真横の壁にぶつけた。
「あぁ……あぁぁぁ……」
絶望の表情で下を向き、ポタポタと雫を零す頭の顔を足で無理矢理上げさせる。頭の目は酷く虚ろで、現実を受け入れる事を止めた人間のようになっている。僅かに動いている口だけが、ぽつぽつと単語を呟いている。
「……化物……バケモノ……」
奪う側だった筈なのに、仲間や部下を含めた全てを奪われて俺の異名を呟くだけになり、血の海に四肢を付く頭。コイツは一人生かされ、他の盗賊団との繋がりや余罪を全て吐かせる為に騎士団に引き渡されて尋問に掛けられる事になる。
頭をバッグから取り出したロープで縛り、その場に転がす。これで盗賊団の拠点は無効化した。依頼は終了、俺の仕事も此処までだ。
外は既に暁盗賊団の拠点から出た俺は、早速騎士団の陣へ報告に戻る。既に準備を整えていた騎士隊長は、突然目の前に現れた俺を見て苦笑を浮かべた。既に拠点を制圧した事は予想が付いているらしい。
「お疲れ様でした、チコ殿。成果はどうでした?」
「上々です。盗賊団はトップを除いて全滅。トップは縛って地下に転がしています」
「了解しました。では、後は我々にお任せください。これが証明書です」
「はい、よろしくお願いします」
「待ってくださいッ!!」
俺と騎士隊長が話を打ち切ろうとした所で、若い女性騎士が凄まじい形相で割り込んで来る。その後ろの方では、ベテラン騎士が額に手を当てて空を仰いでいた。どうやら、俺が半日という短い時間で盗賊団を壊滅させた事に納得がいかないらしい。
「下がりなさい、セシリア」
「いいえ!下がりませんッ!!この短時間で返り血も浴びずにあの盗賊団を壊滅させられる筈が無いでしょうッ!!」
「彼には出来ます。SSランク冒険者ですよ」
「そんな物、信頼の証にも何にもなりませんッ!!」
騎士隊長の命令にも従わず、女性騎士は敵意も顕わに、憤怒の形相で俺を睨みつけて来る。やはり年端も行かない子供のように見える俺を信頼していないのだろう。
「だったら見て来ると良いでしょう。それと、視野はもっと広く持つべきです」
「何だとッ!!」
溜息を吐きながらそう言うと、女性騎士は唾を撒き散らしながら掴み掛かって来た。俺はそれを適当にあしらうと、騎士隊長の方へ目を向ける。俺の目線を受けた騎士隊長は、小さく頷いてから女性騎士の肩に手を置いた。
「セシリア、彼の足下を見なさい」
「足下に何の関係があるんですかッ!」
「いいから」
騎士隊長に促され、渋々と俺の足下を見た女性騎士は、ドス黒い血に浸ったように濡れている俺のブーツを見て息を呑んだ。返り血は避けられても、床全面を覆い尽くした血の池は俺でも避けられない為、ブーツだけが濡れているのだ。
そのブーツを見ても尚、女性騎士は俺を認めたく無いらしい。俯いた顔と微かに震える肩がそれを物語っている。
「……納得行きません」
「納得しなさい」
「出来る訳無いですよッ!!何で私達が出来ないのにこんなガキが出来るんですか!エロイサもカルロスもテオも死んだのに!何で……!」
勢いを失い、最後には悲痛の叫びを上げた女性騎士は、膝から崩れ落ちて両手で顔を覆う。そして次の瞬間には、見る者に恐怖を与えるような狂気の表情を作り、俺に向けて叫んだ。
「どうして……!どうしてあんたなんかが強いのよォッ……!どうして……あああぁァぁぁ……!!」
嫉妬と悔恨に塗れた叫びを、俺は歯牙にも掛けずに無視した。顔を騎士隊長の方に戻すと、彼は苦笑を深めてベテラン騎士を呼び、錯乱した女性騎士を別の場所へ連れて行かせる。そして俺に深々と頭を下げると、別れを告げて騎士を集めに戻って行った。
俺は騎士団の陣に背を向けると、近くにある街道の方へ向かう。街道には一定間隔で夜を明かせるバンガローのようなセーフハウスがあり、大抵の人間は此処で夜を明かす。家の中に入って視覚情報を遮るだけでも、魔獣に襲われる可能性は格段に低くなるからだ。勿論、俺もそれが目当てだ。
最寄のバンガローは騎士団の陣からかなり離れていたが、何とか日が暮れるまでには到着する事が出来た。俺はブーツにこびり付いた血の塊を簡単に払うと、軽く伸びをしながら入り口を開ける。そして、先にバンガローの中に入っていた人物を目にして、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あれ?エルさん?」
「え?チコさんですか?」
奇遇にも同じバンガローに宿泊する事になったのは、俺の同級生であり冒険者である守護対象。鼠色に近い銀髪と同色の瞳を持つ少女、エルネスタさんその人であった。
☆魔獣図鑑☆
牙亜竜
ランク:C
体高:平均12メートル
体長:平均34メートル
体重:平均100トン
ティラノサウルスをそのまま巨大化したような、巨獣に類される魔獣。巨獣の中では低位で、よくスローターウルフに狩られている。人間はあまり襲わないが、空腹時に馬を積極的に襲う傾向がある。巨大故に足が速く、補足されると逃走は困難。大概の人間は、馬を囮にしてその間に逃げる。生命力は高く、討伐には長い時間が掛かる。普通は。
チコが出会った個体は平均的な個体。




