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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
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残る痕跡

「ふぅむ、そんな奴が森におったか」

「はい。人の手引きの有無を確かめる為にも、監視の目を強化するべきかと」

「主の言う通りじゃ。巡回の人数を多くしよう。ご苦労じゃったな」

「はい。では失礼します」


 あの後、スローターウルフの事をベルナベさんに伝えると、生徒だけでの探索は中止になった。流石にCランク魔獣がいた森に非力な生徒だけで入らせる気は無かったらしい。


 結局、俺が狩って来た魔獣を入り口で見せて魔獣学の授業は終わった。その後の二時間目の放出系魔法学の授業の後に、俺は一人で学園長に事の顛末を報告しに来たという訳だ。


 報告を終えて一息吐きつつ、学園長室を出て学食へ向かう。時間は既に昼、魔獣学の授業が始まってから三時間経過した。この学園の時間割は、昼休みが二時間もある事を覗いて、前世の大学に近い九十分制を採用している。その為、午前は二つ、午後は一つの計三つの授業で一日が終了だ。楽で良い。


 そんな事を考えつつ学食内に足を踏み入れると、奥の方で人集りが出来ていた。予想は付くが、念の為気配を辿って知り合いを探す。すると予想通り、あの人集りの中心にいるのはエルさんだった。


 エルさんは今、学園で一番の有名人だ。入学式前、八割方学証の再発行の為に学園に訪れたと思ったらSSランク冒険者とギルドマスター同伴だったり、そのSSランク冒険者と妙に親しげだったり、地味にAクラスだったり、そこでもSSランク冒険者と近かったりしているからだ。学園中の貴族や冒険者達の嫉妬や羨望を一身に受けて、途轍も無く面倒臭そうだ。


 耳を澄ますと、主に貴族達がヒソヒソと陰口を叩いているのが聞こえる。どうやら俺と親しくしているエルさんが憎くて堪らないらしい。結婚して縁を繋ぐ事を目的にしているらしいが、俺はそんな奴とくっつくくらいならエルさんを無理矢理娶るぞ。


 取り合えず小銅貨二枚の定食を頼み、それが乗ったトレーを持った俺はその人集りの中に突撃する。最初は押し退けるのに苦労したが、誰かが俺だと気付いた瞬間にサッと道が開けられ、エルさんの横の席へと繋がった。


「お疲れ様です、チコさん」

「お疲れ様。しかし、物凄い量に囲まれてますね」

「まぁ……有名人、だからですかね?」

「それ、俺のネタです」


 二人で軽口を叩き合っていると、周りの生徒達から邪念や嫉妬の篭った気配が漏れ始める。その矛先は、勿論俺の隣にいるエルさん。エルさん自信もそれを感じ取ったのか、僅かに身を硬くして怯えた気配を発し始めている。こんな空気では、食事も美味く摂れそうに無い。


「ハァ……」

「どうしましッ……!?」


 一瞬だけ気配を押さえ込むのを止め、周囲へ無差別に放射する。俺の気配は厳しすぎる鍛錬の賜物なのか、その殆どが刺々しく恐怖を掻き立てるモノで占められている。俺の心がどんなに穏やかでも、だ。勿論、そんな俺の気配を感じ取って平然としていられる人間は極一部しかいない。


 周りにいるエルさんを含めた生徒達は、突然俺から発された気配に圧されて顔を青くし、一歩後ずさる。そうやって怯えている所にチラリと目を向けてやれば、青い顔を白く染め上げて逃げ去って行った。残ったのはエルさんともう一人。


「フハハハハ!流石はSSランク冒険者!発する気配も凄まじいですな!!」


 そう、金属鎧に身を包んでいた金髪の重戦士、うんとか侯爵家嫡男のエウヘンリーさんだ。相変わらず煩いが、俺の気配を感じたにも関わらず、見ているだけで胸焼けしそうな量の食事を平然と、それでいて上品に摂っている。貴族としての自覚はあるらしい。口癖やその他を見る限り、細い体格とは反対にかなり豪胆な性格をしているようだが。


「よく食べられるんですね、エウヘピコさん」

「エウヘニオである!如何にも、食事とは全ての源!食べなければいざと言う時にも動けないのである!!」

「殊勝な心掛けですね、エムヘンヤさん」

「エウヘニオである!」


 食事は上品に少なく食べる事を尊ぶ傾向がある貴族、しかも高級貴族にしては珍しい、しかし思春期の学生としては正しい認識だ。思春期に良く食べないと小さいままなのだ。そう、未だに十二歳程度の身体から成長しない俺のように。


「ち、チコさん?雰囲気が暗くなってますよ?」

「フハハハハ!そういう時は食べるのである!食べれば気分も晴れるのである!!」

「アッハイ、そうですね。頂きます」


 気分が沈んだ所を左右から励まされ、何とか取り直した俺は定食を口に運ぶ。学生の気分を高揚させる為か、それとも貴族でも普通に食べられるようにする為か、かなり美味い。慣れ親しんだテオドラさんの料理とはまた違う味わいだ。話によると、食材は全てクラウディオ商会が卸しているらしい。


 暫く雑談を楽しみながら食事を摂っていると、何時の間にか動きを止めていたエルヘンドさんが俺を見ている事に気付いた。それも目を離さずジーッと、それはジーッと見つめて来ている。男色家じゃないかと疑ってしまうほど、熱心に見つめて来ているのだ。


「……何か?エムエスドさん」

「エウヘニオである!いや、表情は硬く恐ろしいままであるが、実に楽しそうに食事をしているチコ殿を観察していたのである!!」

「変態ですか?」

「某は左様な性癖は持っておらぬ!貴族たる者、子を残す際に躊躇する訳にはいかぬ故!」

「うるせぇ!!」


 真昼間から危ない事を口走り始めたエルヘムオさんを怒鳴り付けると、反対側でエルさんが同意するように頷く。


「確かにチコさんって表情が硬いですよね。変化しても眉尻がぴくっと動くくらいです」

「フハハハハ!もっと笑うと良いのである!!」


 二人は簡単に言って笑うが、俺にとっては簡単な事では無い。俺の険しい表情が大きく変化し、口角が釣り上がるような状況は滅多に訪れる物では無いからだ。


 俺が笑うのは、強者と戦っている時。血で血を洗い、武器と武器を削りあい、隙を探して一撃を叩き込む――三年前のあの日以来、そんな状況でしか俺は笑っていない。戦闘狂(バトルジャンキー)ほど凶悪では無いが、それでも戦いの中に己の快楽を見つけ出す。それが俺だ。


「……ま、機会があれば俺の笑顔も見れるでしょう」


 結局、俺は笑顔を見せる事無くそう言って話を打ち切る。二人としてもそれ以上無理強いをする気は無かったのか、特に何も言わずに食事に手を戻した。






 午後の循環系魔法学の授業が終われば、後は下校時間となる。何処かゲッソリとやつれたベルナベさんに見送られながら、俺は荷物を持って教室から出る。階段を降りている途中で、後ろからエルさんの足音がパタパタと近付いて来た。


「お疲れ様です、チコさん」

「エルさんもお疲れ様です。この後大丈夫ですか?」

「はい。幸運にも、私はチコさんの寵愛を受けていると思われているので、此処から一時間の家に帰るまでの道でも危険は無いと思いますよ」

「何ですかそれ」

「噂です」


 今日の一日で、滅多に叩かなかった軽口にも大分慣れた気がする。イラーナさんやテオドラさんとはそれなりに叩く事もあったが、どうしても同年代には叩き難かったのだ。冗談を真に受けて逃げるから。


 それにしても、エルさんが俺の寵愛を受けているとはどういう事だろうか?確かにエルさんは美人だが、そこまで特別な対応はしていない。イラーナさんよりは丁寧だが、テオドラさんとは殆ど変わっていない筈だ。


「それはじゃの、お主が他の学生に素っ気無いからじゃ」

「それは分かるにしても、真上はどうかと思いますよ」


 まるでNINJAのように天井からぶら下がっている学園長に突っ込みを入れると、彼女は華麗に回転しながら床に着地する。周りの生徒達は突然の学園長の登場に驚くと共に、その正面にいる俺達を見て納得したように頷いた。しかし、大半は俺達の成り行きを見守ろうと周りを囲み始めている。


 そんな中にあっても、学園長とエルさんは自然体だ。学園長は元より慣れているのだろうが、エルさんはマニアックスタイルに連れて行って以降、性格が変わった気がする。具体的に言うと、些細な事では物怖じしなくなった。成長なのか、それともあの店長から身を守る術なのかは分からないが、良い傾向だと思う。


「そうじゃろうな」


 学園長、マジ便利。


「こほんっ。失礼な思考は後にして、冒険者であるチコ殿に依頼があるのじゃ」

「分かりました。例の奴の侵入経路を探るんですね」

「話が早いのう。その通りじゃ」


 感心したように頷く学園長だが、よく考えれば予測するのは寧ろ簡単だ。スローターウルフ等のCランク魔獣を抑えつつ、尚且つ探索をこなす事が出来るのは俺かベルナベさん、学園長しかいない。ベルナベさんは忙しいだろうし、何よりCランク魔獣と事を構えた時に返り討ちに遭う可能性がある。頼りになるSSランクの学園長は忙しい。故に、暇な学生である俺に回って来るという訳だ。


「そういう事じゃ。報酬は適当に用意しておく。あとは任せたぞ」


 言いたい事だけ言ってサッサと立ち去って行く学園長を見送り、俺は剣を取り出して担いだ。コートの中は制服のままだが、今日森を走り回った限りでは汚す心配も無さそうだった為、問題は無い。


 周りの生徒達は、俺が剣を背負ったのを見てざわめき始めた。ヒソヒソと話す言葉を注意して聞いて見ると、血濡れの剣だとか魔剣だとかの単語が聞こえて来る。どうやら、生物を斬り過ぎた俺の剣は曰く付きなのではないかと疑っているらしい。そんな事は無い……筈だが。


「と言う訳なので、また明日」

「はい。お疲れさまでした、チコさん」


 エルさんに別れを告げると、色とりどり山の人集りを掻き分けて玄関から飛び出し、森の方へと走り出した。時速にして百二十程度の速度であっという間に校庭を駆け抜け、木々の薄い所から森に飛び込む。後は木々を蹴って上空を飛び、気配を探って侵入経路を探知する。口で言うと簡単だが、実際にやるとなるとかなり面倒だ。


 暫くして、俺がスローターウルフと邂逅した場所が目視出来る木の枝に着いた。一旦移動を止めて活性魔法を掛けつつ、未だに血溜まりが残っている場所の周辺をよく観察する。スローターウルフは大きい為、大概は痕跡が残っている。それを探り、やって来た方向を特定するのが目的だ。


「スローターウルフがいたのがあそこ、痕跡から見るに……」


 痕跡を辿った俺の視線が向く先は、あろう事か学園の方向だった。あの狼は侵入して来たのでは無く、何者かによって呼び込まれた可能性が高くなった。それも俺やベルナベさんが気付かないような高等技術でもってだ。


 大方、召喚術だろうと当たりは付けている。召喚術とは文字通り何かを召喚する放出系魔法の一種だが、濃い魔力で持って魔法陣を描かねばならない為、魔力量や質等の才能が必要になってくる魔術だ。魔法と言わないのは、代償として更に魔力を捧げなければいけないかららしい。そしてその代償は、呼び出す物が大きいほど、そして強力なほど必要な量が大きくなる。


 つまり、この事件は才能を持つ者――学園の関係者が起こした可能性が非常に高い。


 しかし、何の目的でこの森にスローターウルフなんて危険な魔獣を召喚したのかが分からない。それこそ虐殺をしたければ街の方で呼び出せば良いし、学園の生徒を狙うにしても、誰が来るか分からない森の中に呼び出すのは不可解だ。


 ならば何故此処に呼び出したのか。誰かが確実に森の中に来ると予測し、それを始末する為に呼び出されたというのが一番的を射ている気がする。犯人に取っては残念な事に、その誰かがスローターウルフと邂逅する前に俺が仕留めてしまったが。


「アレか……」


 考察をしながら痕跡を辿っていると、明らかに不自然な場所を見つけた。周辺の木々が薙ぎ払われており、下草も全て引っ繰り返されている。恐らく、魔法陣を描く際に邪魔な木々を薙ぎ倒したのだろう。下草がボロボロになっているのは、薙ぎ倒す際に使用された魔法の余波と言った所か。


 これであのスローターウルフが召喚されたのはほぼ確定した。後は放出系魔法のエキスパートである学園長や教師が、俺には見えない痕跡まで掴んで処理してくれるだろう。これで依頼は終了だ。


「あ、やべ。そろそろ門限だ」


 遠くに見える学園の時計が門限である七時近くを指している事に気付いた俺は、慌てて木の枝を蹴って寮へ向かう。初日から締め出されたりしたら堪った物じゃない。もし遅れたら学園長の所為にしようと決め、俺は森を後にした。

☆魔獣図鑑☆

葉兎(リーフラビット)

ランク:G

体長:平均28センチ

体重:平均1300グラム


 耳が植物の葉のように見えるアナウサギ型魔獣。葉は大体常緑広葉樹の物で、稀に雑草のようなもさっとした物だったり、針葉樹のようなツンツンした物もある。体色は基本白や黒だが擬態能力があり、場所によって色を変える事が出来る。めっちゃ可愛い。

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