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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
序章―化物の生誕―
1/89

異世界に転生しました

 冒険者ギルドに併設されている酒場は、夜になると依頼を終えた冒険者達によって喧騒の渦に飲み込まれる。時には殴り合いの喧嘩に発展したり、給仕の少女がセクハラされて悲鳴を上げたり、それを聞いた冒険者達がセクハラした冒険者を袋叩きにしたり。


 そんな酒場で冒険者が話すことといえば、大概が自慢となる。武器の質の良さの自慢、防具の硬さの自慢、己の堕とした女の自慢、そして最も多いのが、こなした依頼の難易度自慢だ。


「ケッ!タカがCランクかよ!俺なんかAランクに参加してきたんだぜ!」

「お前は参加しただけで、後ろでションベンちびるだけだったじゃねぇか!」

「そうそう、結局あの人が全部やっちまったしな」

「あの人ならちびっても仕方ない」

「あの人だしな」


 男達はうんうんと頷き合うと、杯を煽りながら『あの人』について語り合い始める。


「何だっけ、最初の二つ名」

「『鮮血剣聖』だっけな。戦う度に血の雨を降らすのと、自称する剣聖の称号から付けられたっていう」

「実際に血の雨が降るしな……しかもあの剣の腕前、剣聖じゃなかったら何なんだって話だし」

「その次が『告死剣聖』だろ?SSランクになってからは『孤高の剣聖』だろ?」

「剣聖多いな……」

「あの人がこだわってるんだってよ」


大声で騒ぐ男達の横の席で、黒いフード付きハーフコートを纏って顔を隠した12歳程度の少年が琥珀色の液体が入ったグラスを傾けた。相当飲んでいるのか、彼の顔は既に大分赤くなり、眉間に皺が寄っている。その少年の前に座っている女性が、ブロンドの長髪を揺らしながら少年を嗜めた。


「ちょっと、そろそろ飲み過ぎなんじゃないの?」

「……別に。役立たずだったちびり野郎共にイラついてなんかない」

「イラついてるじゃない」


 呆れたように溜息を吐いた女性は、それでも少年のグラスを取り上げる事はしなかった。この少年と三年の付き合いになる彼女は、少年の人となりを良く知っている。普段は仏頂面の癖にですます調を事や、知り合いにはかなり甘いという事も。


 テーブルの上に肘を突き、手を組んでその上に顎を乗せた女性はにんまりとした笑顔を浮かべる。それに目をやった少年は、表情をまるでゴミを見るような物に変えた。


「ちょっと、その顔は酷いんじゃないの?」

「そんな事は無い……多分」

「多分って何よ、多分って」


 顎を手に乗せたまま頬を膨らませた女性は「それよりも」と言いつつ表情を元の柔らかい笑みに戻す。


「あなたの過去の話を聞きたいな。誰も知らないじゃない」


 少年はその言葉に一瞬悩む素振りを見せる。少年は自分の過去の事を誰かに話した事が無かったからだ。だが、その日は酔っていた事で箍が緩んだのか、少年は暫くの後に頷いた。


「……ま、いいか」

「良いんだ!?やった、私が始めてじゃない!」


 ガッツポーズをして興奮する女性を冷めた目で見ながら、あらゆる人々から尊敬され、そしてそれ以上に畏怖される少年は語り始める。誰も知らない、そして信じられないような彼の昔話を――




---




 異世界転生。


 地球に暮らす人間の一部が憧れて止まない、異世界に記憶を持ったまま、稀に持たずに転生する事の総称。大抵は異世界に無い知識か、チート能力を持って勇者や政治家になって世界を救ったり、疎まれたり、ハーレムを築いたりと好き勝手できる。


 はい、僕はそれに巻き込まれたようです。


 確か僕は、高校の卒業式を終えて友人と一緒に打ち上げ会場のカラオケボックスに向かっている最中でした。その途中で後ろから突然殴られてて、無様に道路に転がされた筈です。頭を殴られた所為かまともに動く事も出来ず、突っ込んできたミキサー車に頭を潰されました。


 いや、あれはマジで怖かったです。人生で一番怖かったです。


 それで目覚めたら、絶対に日本じゃない世界に居ました。体も赤ん坊になっていたので、web小説やラノベに脳を侵されていた僕は転生したんじゃないかと当たりを付けたのです。


 今僕は、厳ついお爺さんに抱えられて何処か西洋チックな街中を進んでいます。プラチナブロンドの短髪に短い髭を蓄えた、筋肉隆々の真っ黒な首輪を付けたお爺さんです。チラッと見えましたが、腰に剣を差していました。


 さっきまではピンク髪というファンタジー全開のグラマラスお姉さん――多分母親に運ばれていたのですが、路地裏に捨てられました。転生早々、早速捨て子になりました。チートどころじゃないです。笑えません。まぁ、幸いにも拾ってもらえたので良しとしましょう。


 ありがたい事にこの世界、言語が日本語です。文字も日本語です。お蔭で面倒臭い語学の勉強をしなくて済みました。衛生環境もそれなりに整っているようです。少なくとも、地球の中世ヨーロッパのように糞が道端に垂れ流されてるという事はありませんでした。綺麗な日本で育った身としては本当にありがたい事です。


 そうこうしている内に、僕の視界に天を突くような塔が見えてきました。お爺さんの進行方向はバッチリその塔の方です。偉い人なんでしょうか?いや、それは無いですね。もし偉い人なら、好き好んで『隷属番号:47』などと書かれた首輪を付けていないはずです。隷属、つまり奴隷でしょうか?マゾという線は……あってもおかしくは無いですが、流石に隷属番号なんか付けないでしょう……。


 ……はて、何で僕は首輪の文字が見えるのでしょう?さっきまでは絶対に見えていなかったのですが……目が良くなったのでしょうか?


「あぅぅ……あ~」


 おっと、驚いて思わず声を出してしまいました。声の質から見ても、僕は明らかに赤ん坊になっていますね。


「おぉう、大丈夫かぁ?」


 僕の声に反応して、お爺さんが柔らかい笑みを浮かべながら体を揺らしてくれます。


「腹が減ったか?もうちょっとで城に着くから待ってろ。そこだったら目一杯おっぱいが飲めるぞ」


 お爺さんが笑顔で放ったおっぱいという言葉(ワード)……そうだった。僕は赤ん坊でした。拙い、赤ん坊転生の最大の難関として、おっぱいから下の世話までされちゃうっていう羞恥プレイがある事を忘れていました。いや、役得なんでしょうかね?


 取り合えず城に着けばお腹は満たせるみたいです。拾ってくれたんだし、飲ませるだけ飲ませてそのままポイっなんて事は無いと思い――ちょっと、城ってなんですか。もしかしてさっきからどんどん近付いて来てるあの塔ですか。お爺さん隷属させられているんじゃ無いんですか。


 ……混乱しても仕方が無いですね。地球とは常識が違うという事にしておきましょう。


 それから暫く揺られていると、やはりと言うべきか、何やら大きな門の前でお爺さんは止まりました。男の人と会話をしているのが聞こえます。門番さんでしょうか?


「おぉ、セルソ様!戻られましたか!」

「うむ。陛下に命じられた通りに候補を拾ってきた。通してくれ」

「了解致しました!お帰りなさいませ、剣聖様!」


 どうやらお爺さんの名前は『セルソ』というらしいです。門番に様って付けられてるって事は、相当偉いのか、または尊敬されているのか。隷属させられている事を考えると、多分後者なんだと思います。剣聖様って呼ばれてましたし。


 しかし、剣聖とは何でしょうか?ファンタジー的な知識で言えば、勇者様の剣のお師匠様とかそんなイメージがあるのですが。剣聖様は奴隷なんですかね?


 そうこう考えている内に、僕とセルソさんはお城の中へ入りました。お城の中は豪華で、地球では画面の向こうでしか見た事が無いような高い調度品が其処彼処に置かれていました。何と言うか、羨ましいです。


 暫く広いお城の中を進んだ後、僕達はお城の階段を降りて地下へと向かいます。地下は若干湿っぽくて、僅かにカビの匂いが漂っています。壁も若干黒ずんでいますし、煌びやかな調度品も無くて陰気な感じです。


 そんな地下に無数にあるドアのひとつをセルソさんが開けると、僕の目に十個くらいのベビーベッドのような物と、その間を忙しく駆け回る胸をはだけた女の人が飛び込んで来ました。多分ベビーベッドのひとつひとつに、僕と同じ赤ちゃん達が居るのでしょう。女の人は乳母さんでしょうか?


 セルソさんは部屋の隅にあったベビーベッドまで僕を運び、若干ぎこちない手付きで僕を降ろしてくれました。このベッド、ちょっと硬いですね。地球のベッドがどれだけ性能が良かったのか、良く分かります。


「もうすぐ御飯だからな」


 セルソさんは僕の頭を優しく撫でてくれます。節々が硬くなってゴツゴツとした手です。此処まで硬くするには相当な年月が掛かるでしょう。剣聖の名は伊達では無いという事でしょうか?


「あーう、あうあうあー」

「おぉおぉ、大丈夫だぞ」


 暇をもてあました僕が声を上げながら欠伸をすると、今まで僕の頭を撫でていたセルソさんは、人差し指を僕の前に差し出してきました。これは赤ん坊が良くやるように、ギュッと握って見せるのが正解でしょう。


「おぉ!」


 どうやら喜んでくれたようです。皺のある顔が更にくしゃくしゃになってます。でも筋肉隆々なのでちょっと怖いです。


「はいはい、セルソ様、退いてくださいね」

「お、すまんな」


 乳母さんの声がして、視界からセルソさんが消えました。代わりに僕はベビーベッドの上から、胸をむき出しにした乳母さんの腕の中へと抱え上げられました。今の僕の目の前には、二つの生おっぱい様が君臨なされています。


 ごくり。


 なんだか凄くお腹が減ってきました。産まれてから何ひとつ口にしていない所為か、口もカラカラです。目の前のおっぱいの先端にある湿ったお山が、なんだかとても魅力的に見えてきました。本能的な意味で。


 暫く羞恥と本能の間で揺らいでいた僕ですが、やはり減る腹には勝てずにおっぱいにむしゃぶりつきました。一度吸ってしまったら後は止まりません。僕は一心不乱にお乳を飲み続けました。


「あらあら、勢いあるわねぇ」

「捨て子だからなぁ。腹減ってたんだろ」


 流石剣聖様、察しが良いです。


 しばらく時間を掛けておっぱいをお腹いっぱいに飲んだら、何だかとても眠くなってきました。けぷっと空気を吐き出しながら欠伸をすると、セルソさんが僕の頭を撫でてくれました。何だか眠くなる手付きです。


「眠くなって来たようだな」

「そうですねぇ。明日からは教育も始まりますし、今日はもう寝させましょうか」


 乳母さんは僕をベッドに寝かせると、胸をぽんぽんと一定間隔で叩いてくれます。あぁ、これは……どんどん眠くなって……。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 最後に二人の優しい声を聞きながら、僕は異世界初の眠りに就きました。


---


 一瞬で死んだのが良かったのか、特に悪夢を見る事も無く僕は再び目を覚ましました。視界には灰色の石天井が遥かな高みに見えています。こう来たらアレしかないでしょう。ほら、あの名言。


「知らない天井だ」


 うん。かんぺき。


 ……


 うん?何で僕は喋れるんでしょう?


 それだけではありません。腕が逞しくなっています。足も大きくなっています。上半身を起こす事も出来ます。頭に手を当ててみれば、ふさふさの髪の毛の感触があります。引っこ抜いてみると、日本で見慣れた黒髪がありました。感覚も昨日より遥かに鋭敏です。


 周りを見渡してみると、並んでいるベビーベッドの中に12歳程度の子供達が寝ています。昨日までそこには赤ん坊達が眠っていた筈です。


「まさか……」


 僕は首を動かし、良く分からない事になっている体を見下ろします。


 そこには昨日までの赤ん坊の体ではなく、12歳程度まで成長した少年の体がありました。


「な、なんじゃこりゃーっ!」


 僕は思わず叫んでしまいました。

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