危険、周章、未知との遭遇
ぺらぺらと喋っていた群青が、俺にとって価値のある発言をしたのは、移動を始めて三〇分ほど経過した時だった。俺は話をほぼ聞き流していたので、つまり群青は三〇分間延々と喋り続けていたことになる。俺に矛先が向かなければ素晴らしい才能だ。
「んー……三つ? いや、二つ! 朔也、上と下どっちがいい?」
「上」
「オッケー!」
何か進展がありそうだと、本から顔を上げて映像を見る。どこかの家の中だ。群青は机の影から這い出た。
巨大な机がある、広々とした空間だった。それ以外には八つの椅子と二つの棚しか置かれていない、中々殺風景な部屋だった。そうでよかったと、数秒後に俺は思うことになる。物がもったいない。
映像が真っ白になると同時に、轟音が耳を劈いた。飛行機が間近を高速で過ぎ去っていったなら、このような重い音になるのではないか。それらは一瞬の出来事だったが、次の瞬間には映像に一人の男が映し出されていた。
「タンマ!!」
大剣による左方向からの一閃を、群青は腕で弾き返した。瞠目した男はすぐさま後ろに飛び退く。同じように群青もその場を離れると、直後空中から岩石が降ってきた。それは一つでは終わらず、続けざまに群青を追って落下してくる。
離れて見ると分かるが、家の半分とその先が吹き飛んでいた。家の残ったもう半分に加え、あちらこちらが燃えている。画面を白に染めたのは爆発による攻撃だったらしい。周囲にも人がいて、男を援護しているのか、飛来物の種類が増えてくる。
「やべえ! 待ってくれない!」
「言葉が通じなかったんじゃね」
「はっ! 日本語喋ったな俺! でももう遅そうだ!」
岩石の他、追尾機能のある矢、ナイフの投擲、目に見えない風の刃、足元を掬おうと伸びてくる蔦。走りながらもかなり被弾していた群青は、近くに雷が落ちたところで叫んだ。
「無理!!」
そして猛攻の中、ついに足を止めた。
「おい、どんと来いハードモードっつったのお前だろ」
《あ、死にはしねえから大丈夫》
岩が正面から群青にぶつかり、二つに割れて転がった。襲い掛かる攻撃により映像の画面が小刻みに揺れる。辺りに積もった岩が視界を遮った。
「お前何で生きてんの」
襲い掛かる岩は最低でも一メートルはあるのだが。今しがた被弾したものなどは三メートルを超えていたように思う。
《俺、防御力特化型なんだよなー》
「アサシンじゃねえのか」
《朔也アサシン好きなん? 俺のステータスは全体的に優良で、その中でも防御力がずば抜けてる! その次に高いのが攻撃力な。典型的な一撃必殺型で、ノーガード戦法採用! 男といえばこれだろ。渋いね!》
「何か俺の知ってる一撃必殺と違うな」
ダメージを受けつつも耐えに耐えて、相手に生じた一瞬の隙を捉えてカウンター、というのは俺の勝手なイメージだったのだろうか。
岩に埋まってしまった群青は、そのまま影の中に入った。岩が大きいため隙間が多く、身動きが取れたのだ。そして数メートル離れた岩の影から上半身だけ外に出した。もぐらみたいだ。
「こんにっちはああああ!」
円錐形の氷が多数上空に確認出来た。群青が潜った後、影の向こうでは盛大に土埃が舞った。
「氷は問題ねえけど、俺、流水に弱いんだよなあ」
「へえ」
「今後水属性の精霊には会わないことを祈るぜ! よし、行くか!」
三度目。近くの影から出る。しかしこれまでのような速攻はなかった。群青の視界に入るのは、半壊及び全壊の家屋、抉れて歪になった地面。鎮火されたのか炎は見当たらない。
「何者だ」
初めに斬り掛かってきた男が、三メートルほど向こうに降り立った。彼の背にはいつの間にか、一対の真っ赤な翼が生えている。真紅の髪と瞳、二メートルはあっても不思議ではない長身、服の上からでも見て取れる締まった肉体。合コンに呼べば素晴らしい集客をしてくれそうな紛うことなき美形。背がかなり高いので、日本人女性には不人気かもしれないが。
「俺は変異吸血鬼のうさぎ座R星。敵意は欠片もない」
「何故ここに来た?」
「あんたらが召喚した稀人を連れてきた!」
周囲の闇が消えた。俺は胡座を掻いていたため、少し向こうの男を見上げる形となった。男は俺と目が合うと、奇妙なものを目にしたかのように眉を歪めた。
「……白髪? 召喚?」
「白髪召喚って、響きが劣悪だな。……お、言葉」
アカリが喋っていたものと同じ。日本語ではないのに、なぜか脳が理解している。そのわけは気にすべきではないのだろう。ともかく、バイリンガルになったようで少し嬉しくなった。
髪色はいつの間にか元に戻っていた。立ち上がって辺りを見回しても鞄は落ちていない。あるのは手に持っていた雑誌だけ。どうやら亜空間に置いていってしまったようだ。群青に流血は一切ない。精々服や肌が土で汚れている程度。
「俺達は召喚術など知らない」
「は? マジ? 騙された!? うーん……アカリがここに行けっつったんだぜ? 誰か心当たりありそうな奴いねえの?」
「灯璃が? …………まさか……」
渋面を浮かべて一分弱俯いていた男は、顔を上げると爽やかな笑みを浮かべた。
「そうか、悪かったな! 勇者の仲間かと思ってな」
男が天に向かって手を振ったので、釣られて上空に目をやる。男同様に翼の生えた人型が数十人降ってきた。その時俺が受けた衝撃は、イム料理を見た時と同じように、名状しがたいものであった。
美男美女が並ぶと絵になるものだが、ずらりと並ぶのもまた圧巻。およそ五十人、誰を見てもモデルか何かのような美形だった。それも全員が二十歳前後の若者。そういった人間だけが住める村だと言われても俺は疑わない。
「二人共イムなの?」
「いや、イムはこっちの朔也だけ。俺は変異吸血鬼」
「君達、歳は幾つ?」
「俺が二十で、朔也が十八」
「あら若い!」
彼らは翼を消し、つい先刻の一斉攻撃が嘘だったかのように談話を始めた。女がやや多いが、彼女らの半数近くは俺の身長を越している。男はほぼ全員。平均身長云々は真実のようだ。
《やべえ。これ何てエロゲ? 種族全員が攻略対象だわ。まあマジに全員にするならノーマルに加えて百合ルート薔薇ルート必要だけどな! スチルとボイス付けたら容量半端なくなるけどな! あ、攻略希望対象教えてくれたら協力するぜ? 女でも男でもどんと来い!》
《ふざけんな》
群青の言う「薔薇」が花を表しているわけでないのは明らかだ。文脈から察するに、百合の対義語。男同士の恋愛もの。どうにも、俺の中から群青の同性愛者もしくは両性愛者疑惑が消えない。
「イティ! 家を貸してくれ。俺の家はあの通りでな」
「ああ、構わないよ。この子達は何だったんだい?」
返事をしたのはグラマラスな若い美女。
「マリアが異世界から喚んだらしい。連絡を取った。ドラゴも来るだろう」
「異世界?」
イティは群青の次に俺を見た。すると怪訝な面持ちになり、彼女は首を傾げた。右手の甲で軽く俺の胸を叩いて一言。
「胸がない」
そりゃあないだろう。
「群青。俺はこの言葉をどう受け止めればいい」
「あなたの性別は何ですか」
「………………男」
「へえ。ひょろいね」
おかしい。確かに俺は女顔ではあるが、性別を問われたのは中学生の時以来だ。さすがに狼狽える。イティは俺の頭を撫でて去っていった。同じくらいの年齢だろうに、子ども扱いされている気がする。相手が美女なので怒りは湧かないが、何と言うのか、胸の辺りがもやっとした。
呆然と美女の後ろ姿を見送っている内に、先程の男が解散だ復興だ何だと言って、集まった人々を散らしていた。復興と言っても、全ての被害は彼らの攻撃によるものだ。
「俺の家が一番広いんだが、今しがた壊してしまってな。イティ……母の家が二番目に広い。それで勘弁してくれ」




