世界は
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「一応聞く。……それ、何の肉だ」
「イム」
「食人文化があるのか」
「ははっ」
そこでなぜか群青は笑った。
見事なブロンドの、美しい少女を見た。瞳の色は輝くピンク。艶のある薄桃色の唇は綺麗に弧を描き、滑らかそうな白い肌によく合っていた。幸福感に包まれた穏やかな微笑み。美しい美しい美少女。
その、首。
それだけならまだよかった。俺と同じ種族だというのに彼女は妖精のように小さかったから、その美貌も相まってまるで人形のように思えた。しかし皿の上には、首から下も存在した。うつ伏せで腕と膝は曲げられている。土下座をしているかのようだ。皮膚はこんがり焼けていて、顔と対比すると酷く奇妙だった。
首を切ってから焼いたのは、きっと鑑賞のためだ。これほどの美少女でも、焼かれた肉体は決して綺麗とは言えない。ローストターキーなら「おいしそう」の一言で片付けられるのに、人の形をしているだけでこんなにも。
「人じゃねーの」
溜息を吐いた俺に、群青は言った。
「魔族・魔人属のイム。魔族はモンスター。人じゃない、だから食う」
「同じ人型だ。俺らでも猿は食わないだろ」
「食う地域もあるぜ? ま、そこらへんは世界観の違いだな」
元々あったわけでもない食欲が、〇どころかマイナスまで落ちた。しかし吐き気や頭痛を催すほど俺のメンタルは豆腐ではない。今は何とも言えない気分だ。衝撃だけが胸を占拠している。
「亜人族にも種類があってさ。猫耳とか尻尾とか付いてる人間、いわゆる萌え系は半人属。二足歩行のでかい猫は獣人属」
「イムは半人属じゃねえの」
「半人属含め、亜人はみんな人族の言葉使ってんの。共通語っつーんだけど。でもイムは使えない。そしてイムは魔術を使う。人族や亜人が使う魔法とは違う、魔族の術だ。あれ? って思うだろ?」
「…………」
「しかも大昔、イムが大挙して侵攻してきたもんだから、人族はイムを敵と見なしたわけだ。イムの王は魔獣を従えてるみたいだし、当然の帰結だな」
つまり自業自得とも言えるのか。しかし人族の、自分と同じ形をした種族を物理的な意味で食い物にする、その精神が理解出来ない。
「魔獣の大侵攻でめちゃんこ食い物に困った時期があったんだ。何万人も餓死してさあ。その時、竜が食えるなら獣人の一種、竜人も食えそうじゃんって考えた奴がいた。鳥人も狼人も食えそうだなあ。さすがに半人は食べないけど、でもイムならいいんじゃね? 言葉も通じない魔族だし。むしろ亜人である獣人よりイムを食べるべきだ! そもそもこの大侵攻は魔王のせいなんだから!」
読心術でも心得ているのかと疑うほど、群青は俺の疑問に対して的確な説明をした。
「頭おかしいだろ」
「空腹って怖いな! でも朔也、さっきフェニックス美味そうって言ったよな?」
「鳥だし」
「イエス。でもフェニックスは神獣だから、アカリと同じで人の姿を取れる」
そんなこと俺が知っているわけがない。だがアカリを解体して調理しようとする人間がいたら勿論止める。だが、だが。竜の姿をしたアカリであったら。今は面識があるので止めるが、面識がない時ならば。
「センでは、人型の生物全てが人とは限らない。人の姿取っててもフェニックスなら食ってもいいじゃん。鳥だし」
「世界観の違い。ケイには魔族も亜人族もいないしな」
「そうそう。そして人族はイムを家畜化したんだ」
今日はもう駄目そうだ。現実が理解の範疇を超えている。異世界に喚ばれ、変態に遭遇し、人間ではなくなったと告げられ、失踪者と出会った。この世界には種族間抗争と非情な雑食文化があることを知った。まるで猟奇的なファンタジー小説だ。しかしあの蓋の中には猟奇が現実として詰まっている。
「何でよりによってイムを」
「イムは食用以外にも使い道があるんだよ。知りたい?」
「いらん」
食欲が失せたことを伝え、鞄を取って膝に乗せる。センで生きた記憶がある群青なら、忌避感なくあれを食べてもおかしくはない。ならば俺はその間、持てる全てを用いて数列の暗算にでも挑戦してみようではないか。無心になってみせる。
「じゃあそれ、俺が食っていい?」
「イムは食わないのか?」
「ギャルゲープレイヤーを舐めんな! ここで食えば朔也の好感度が下がることは分かっている! それに俺が暮らしてたのは変わった国でさ。イムを食う習慣はなかった。国外で食わされたことはあるけどな!」
群青の言葉に、俺は若干の安堵を覚えた。皿を押して差し出せば、群青は見苦しくない早食いを披露した。早めにここから出たい俺には都合がいい。
口を閉じていれば、俺は普通に人族の中に紛れることが出来ていた。通行人Cでいられた。しかしイムだと露見すれば殺される。死体が丁重に埋葬されることはないだろう。ゴミとして扱われるのか。それとも肉か。もしくは俺の想像が及ばない非人道的な何かか。
嫌悪に歪んだ店員の顔を思い浮かべ、右手で頬を掻いた。
皿がすっかり綺麗になったので、俺は水を飲み干して立ち上がる。
「行くぞ」
「おうよ! どこに?」
「……イル…………何とか」
「イルキニアス! マジで? お望みとあらば人族側に戻るけど? どうよこの素晴らしい恭順っぷり、盟友呼んでくれても構わない!」
「情報が足りねえ。その選択は、イルキニアスに行った後でも出来る」
「そりゃそうだ」
部屋を出て群青が会計を済ませる。俺は店員達と目を合わせることをしなかった。同じ人型の彼らが、途方もなく遠い生き物のように思えたのだ。喩えるなら、人に化けて社会に潜む宇宙人とでも言おうか。
(……ああ)
あながちいい喩えだと思う。地球人も、宇宙人から見れば「宇宙人」なのだ。イムにとって人族が完全なる別種であるのと同様に、人族にとってイムは亜人族ですらない魔族。問題ない。俺はケイの人間なので、センの人族が敵だと言われても反感はない。イムに対しても、迫害仲間ということで曖昧な好感を持っているだけに過ぎない。
ただ。悠人や姫凪が敵だと言われると、いまいち納得出来ない。出来るはずがない。同じ大学に通う、同じ日本人であったのだから。たとえ今はもう、分化したその先だとしても。
人気のない場所で俺は亜空間に入り、群青は移動を開始した。イムの扱いについて詳しく知りたいとは思わないが、見てしまったのであの美少女のサイズについて尋ねた。家畜化と言うことで品種改良の線を考えたが、交配や突然変異であのような小人になるとは考えにくい。
「呪いっていう、手間と費用の掛かる術があるんだよ」
「何でわざわざ小さくする?」
「美しい盛り付け、みてえな見た目の問題だな。普通はんなことしないで等身大をそのまま捌いてる。だから丸焼きはアホたけーんだぜ! カンパしてもらった金、半分飛んだ! 日本円にして約四百万」
「はあ?」
それに手も付けず帰ったとなれば、店員は卒倒ものではないだろうか。それでも百聞は一見に如かずと言うので、決して無駄ではなかったと思いたい。
彼女の死は、俺の理解の役に立った。
「そんじゃ、西の国。行きますか!」
「おう」
群青は建物の影に潜った。立体映像の画面には、本来見ることの叶わないだろう影の世界が映し出されている。目指すは西の国。人族の敵国。
(瀬尾悠人、姫凪リン。…………泉雛子、レア=クラルティ、春日部誠)
約一週間前、とある場所から五人の人間が姿を消した。いずれも学生であること、それ以外に共通する点はなく、目撃者も〇。失踪者に瀬尾悠人が含まれていたことから、事件は一瞬で全国に報道され、信じられない数の人間が捜索に乗り出した。
見付かるはずがなかった。彼らは異世界にいたのだから。
悠人と姫凪がいるということは、残りの三人もここに召喚された可能性が高い。そしてその三人の中に、俺の知っている人物が一人いるはず。状況的に可能であれば会いに行きたいと思う。敵に回った二人か、情報を伏せられた一人か。どこに属しているのかさえ不明だが。
約一週間前。この世界は、勝手な理由で俺の兄を奪っていった。
本当に、どうしたものか。




