黒魔術系武闘派要塞とか言われても
立ち去ろうとした男を呼び止めた姫凪。
「鈴木、山田、村上、佐々木! ……どう? 合ってる苗字はある?」
「いや……つーか俺、日本人じゃねえって。苗字はシャタ」
「あ、そうだったわね。ごめんなさい。日本語が上手すぎるからつい」
俺も忘れていた。
「日本好きだからな! ドラマとか映画とか。旅行で昨日羽田着いて、いざ観光だーって思ってたんだけど。ま、センはたまに稀人落ちてくるから仕方ねえ。運が悪かった」
「……そうね。リムは馬車か魔法船で行くのよね? 場所は知ってる? 案内しようか?」
「そこまで世話にはなれねえよ。それに吸血鬼は蝙蝠に変化出来るんだぜ? 飛んでく」
「そう? じゃあ……ここで。気を付けてね」
「おう」
男は姫凪と別れ、ギルドを後にした。注目を集めながら歩み、角を曲がって裏道に入り立ち止まる。
「……感知域、広いな」
「はあ」
「仕方ねえなー」
映像が揺れた。かと思えば視点が上昇し、風景が凄まじい速度で動き始めた。パラノマだ。空を飛んでいるらしい。先程は建物にばかり気を取られていたが、空が視界の半分以上を占めている今、さすがに気付く。空の色が変だ。青と言うより、明らかに水色である。
「何つーか、どいつもこいつも。俺を置いて行きすぎだろ」
《今の状況を説明すると、俺が蝙蝠に変化して空を飛んでいる! 瀬尾がさ、俺のこと完全には信用してねえの。感知の魔法展開してる。いい判断だ! しかも超レベルたけえ! プロフェッショナルな俺がギリギリ察知出来るくらい》
「お前、そんなアサシンみたいな専攻なのか」
《どっちかっつーと黒魔術系武闘派要塞! 感知域内で姿消せば不審に思われるかもだし。だから姫凪に言った通りに移動してる! 吸血鬼の変化って限定されてんの知ってる? 虫と鼠と蝙蝠と狼と霧だけ》
「霧って何だよ」
念のためと、男は五分ほど飛行し続けた。その間に聞いたのは、この世界・センに存在する種族について。
それらは大まかに四つに分けられる。人族・亜人族・精霊族・魔族。人族と亜人族は対立している。人族は基本的に魔族とも対立している。魔族は更に魔獣属と魔人属に分けられる。俺は魔人属のイム、男は魔人属の吸血鬼。
「……ん、もういいかな」
急降下。下方には木々が密集している。ふと疑問に思ったが、今この男が死ねば俺も死ぬのではなかろうか。名も知らぬ美形と心中など嫌すぎる。だがここで放り出されてもどのみち野垂れ死ぬので黙っていると、男は木々の中に突入した。速度は落とさずに枝葉を上手く躱し、躊躇なく地面に突っ込んだ。
「何か知らねえけどお前スペック高くね?」
「あざー! こだわった甲斐があったぜ! この能力は影移動っつって、影と影とを渡る転移みたいなもん。転移より時間掛かるのが難点だけど、めちゃんこ離れた場所にも行けるのがいい! 普通転移って転移陣ないと無理なんだけど、瀬尾ってさ。セルフで出来るとかおかしくね?」
「知らん」
地面との距離が〇になっても、予想していた揺れは来なかった。距離がマイナスになったのだ。
映し出されたのは、この場所と同じ黒。だが円形の色彩が点在しており、高速で映像の端へと流れ、消えていく。色彩の穴は茶色一色のものもあれば、水色や緑、白が混在しているものもある。速すぎてそれが何なのかは捉えられない。
「こだわる? ……お前って……」
いい問いが思い付かない。お前は何だ、という質問はアバウトすぎる。
「何々? お前って……お前って、イケメン! イエス、アイアム!」
「うるせえ」
本当にそうである人間が言うと業腹だ。こいつのために語彙力を働かせるのも馬鹿らしくなり、俺は最初に思ったことをそのまま尋ねることにした。
「お前、髪黒かったか?」
「おうよ! 俺は生粋の日本人。チベット出身ってのは大嘘おほほ」
「そうか。髪型、今よりもっと落ち着いて纏まってて」
「……もしかして朔也、俺のこと知ってる? 話したことはねーよな?」
「ねえよ。……夢で、お前と黒いイケメンが話してんのを見た」
前世云々の話を笑えないような、オカルトな話だ。だが前世という言葉があるように、正夢という言葉もある。夢について俺は、黒髪の美形と、黒髪で褐色の肌の美形がいたということだけを覚えている。会話の内容は聞こえなかった。
ただ、それだけではない気がするのだ。夢より以前にどこかで見たことがあるような。
「ああ、何だびっくりした。俺が朔也を忘れてるはずがねーよな!」
「あの黒い男もこっちに来るのか」
「ディケイは神だから来ないんじゃね? 俺が神なら来るけど!」
それは、嘘か真か。
しかし相変わらず俺の持つ情報は少ないため、直感で判断するしかない。ならば真。この男は俺に友好的である。嘘を吐く可能性は低いと思うし、吐くならばもっとまともなことを言うだろう。
「イルキニアスのイムが召喚したのは、朔也。あんただけなんだぜ」
「…………」
「でもそしたら即行で死ぬんだと! それを憂いた賢者がさ、もう一つ召喚陣準備してたらしく。俺はそれによって来た! 誰が選ばれるかは完全ランダムだったらしいんだけど、ディケイが面白がって選定した結果、最上級激レアである俺にオファーが来ましたーどんどんぱふー!」
ディケイとやらは些か頭がおかしいようだ。なぜよりによってこの男。こんな人間、日本には滅多にいないというのに。面白がって干渉したのなら、面白い展開を期待しているのか。ならば的確すぎる人選だ。しかし謎が解明すると同時に新たな謎が発生するのは頂けない。憂いた賢者とは誰だ。
「転移先は俺の前世の世界って言うじゃん? しかも召喚されるのは死ぬ直前らしいし。もはや来世みたいな? それに種族とか能力とか、かなり要望聞いてくれるし! あ、影移動も俺の考案な! もう断るわけがない!」
「おい待て。お前優遇されすぎだろ」
対して俺には何一つないとは一体どういう了見だ。現在運ばれていることからして、俺は完全にお荷物なのだが。
「犠牲にしたもんもあるから! そもそも普通にここに来たら、俺はハイエルフになってたらしいぜ? 絶滅寸前のスーパーエリート。だから選ばれたんだけど。元々高かった能力値をリセットして、割増しして振り直すだけだから、あんま労力は掛からねえってさ!」
誰だ、勇者の能力が先天性に思えて怖いとかほざいていた奴は。
「俺も夢で会ったんだよ、ディケイに。目が覚めて、ただの夢かなーそれとも本気かなーと思ってたら……刺された! 通り魔に! 酷くね!? 翌日とか酷くね!? 全然んなこと言ってなかったのに!」
「分化ってどういう意味だ」
「スルー……。ディケイいわく、数ある世界の中でもケイは特殊なんだと。この世界に付けられた管理ナンバーは千。だからセン。定数。ケイは……変数k。あらゆる数字を取れる」
ケイの人間は分化前の細胞のような存在である。元来そういう生物であって、普通はそのまま一生を終える。しかし異世界に渡ってしまうと、能力や適性、因果などにより、その世界の生物に種族が分かれる。それが悠人と姫凪は人族、男はハイエルフ、俺はイムだったと。
「ケイに帰った時、人間に戻るか?」
「聞くの忘れた! リアル細胞だったら山中遺伝子導入すりゃ戻るかもだけどな。俺らのはあくまで比喩であって?」
男は口を閉ざした。色彩は流れることをやめ、映像は中心にとある色を定める。灰色だ。
映像の闇の部分が隅に追いやられ、逆に灰色が拡大していく。灰色は建物と空の色だった。視野が一気に広がり、流れ、止まる。男は空から町を眺めていた。
「やべ、行きすぎた!」
慌てて裏道に降下た。しかしフィーオの裏道ではない。フィーオは麗らかな陽気であり、曇り空は見られなかった。
映像を見ていると、それ諸共周囲の黒が晴れた。隣で男が首を鳴らしている。地面の感覚が久しぶりで、俺は靴で叩いて確かめた。あの空間では、立っているというより浮いているようだった。浮いた経験はないのだが。
「……お前、いつ着替えた」
寒い。俺はパーカーのファスナーを出来る限り上げた。一年の中で冬は夏の次に嫌いだ。




