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ステータス・ブルー  作者: 和灯 ルカ
終焉編(仮)
37/38

**賢者の予見

「あっ……灯璃いいいい!!」


 家を出てすぐ、今は会いたくなかった人物に見付かってしまった。かなりの飛行速度でロニヤが突っ込んでくる。朔也が僕から少し距離を取った。避けることも出来たが、そうすると朔也が犠牲になりそうなので、僕は抵抗せずに抱き抱えられた。ロニヤはそのまま高くまで上昇し、くるくると回転する。


「いやーん。本当に無事だったのねー!」

「うん……」


 彼女が宙で回転すること、それはとあるゲームの開始を意味していた。案の定、ロニヤが回るのをやめると下方から火球が飛んでくる。好戦的に、楽しそうに笑ったロニヤ。直撃すると思われた攻撃は、直前で不自然に軌道を変えた。まるで球状の結界が僕らを包み、その面に沿って火球が受け流されたかのように。しかし実際には結界など張られていない。

 初撃を皮切りに、あちらこちらから攻撃が迫る。逸れて天井に向かった魔術は、僕が張った結界に吸い込まれていった。しかし武器は弾くので、矢や石はどこかへと落下していく。

 およそ三分が経過して攻撃がやむと、満足気なロニヤは地面に降り立った。最後まで彼女の回避が失敗することはなかった。今回も彼女の勝ちだ。もしもロニヤに勝てたなら、何か賞品が貰えるらしい。


「ふう! 灯璃が無事だったのが嬉しすぎてはしゃいじゃったわ!」

「お前、いつもながらにすげーなあ」

「そりゃ特化型だもの。これが出来なきゃ辛いわよ」


 ようやく解放されたので、僕は朔也の横に立った。真横ではなく、さりげなく一歩後ろであることは気付かれているだろうか。人に振り回されるのは嫌いではないが、動きが激しいと疲れる。

 友人のリュディガーと話していたロニヤは、急にこちらに顔を向けた。近付いてくる彼女に、朔也が若干後ろに下がる。合わせて僕も後退した。


「こんにゃろ!」


 デコピンを食らった朔也は、何となく不服そうな面持ちで眉間に触れた。


「まったくもう。朔也くんてば勝手なことしてくれちゃって」

「誰だよお前……」

「まったく、朔也くんてばまったく!」


 人差し指で額をぐりぐりと押され、朔也はうんざりした顔付きになる。表情は変化するが、それが薄い朔也にしては分かりやすい態度。リムを相手にしているようだと感じて、合点がいく。ロニヤとリムには何か相通ずるものがある。


「ま、でも。ネスティを助けてくれて感謝してるわ」

「知り合いか?」

「伴侶よ」


 ちなみにネスティよりも百歳以上ロニヤは年下。イムの中ではよくあることだ。真偽のほどは確かではないが、過去には四百歳差の夫婦もいたそうな。

 ぐっとロニヤに顔を近付けられた朔也は、無表情で仰け反った。


「ふんふん。イティの言う通り、確かに綺麗な顔してるわね。歳も近いし、どう? マリア貰っちゃわない?」

「……はあ」

「あら! つれないわねー。ドラゴでもいいのよ?」

「うっわ」

「冗談よー!」


 心底嫌そうに顔を歪ませた朔也の肩を、ロニヤは至極楽しげに何度も叩いた。このままだとしばらく時間を取られそうだ。彼女の後ろにいる友人に目配せし、朔也の前に出た。


「ロニヤ、僕は朔也に話があるんだ。申し訳ないけどまた後にしてくれる?」

「あら。私の前では出来ない話なの?」

「うん」

「ちょっとルーグ! 今の聞いた!? 即答よ、即答! きっと人には言えないあれやこれやをするつもりなんだわー!」

「そうかもなー。もう行くぞ。お前ら、邪魔してごめんな」


 リュディガーはロニヤの襟裏を掴んで飛び立っていった。彼はそこそこ常識人なので助かる。


「朔也、僕らも飛んで行こうか。ロニヤみたいな人に捕まってしまう」

「そうだな」

「無事を喜んでくれるのは嬉しいんだけどね」


 人の姿を保ったまま、僕は背中から竜の翼を出して飛んだ。地下都市を見下ろし、人気のない方向へ進む。中心部からなるべく離れた場所。地下都市の北、先程まで朔也とマリアがいたであろう空き地に降り立った。ぽつんと寂しく置かれているベンチに腰を下ろす。


「えっと。まずこれ」


 持っていた紙片を差し出す。そこにある文字を見て、朔也は若干眉根を寄せた。朔也は紙片の裏も見たが、残念なことに文字があるのは表のみ。


「これ、書いたのは賢者か」

「そうだよ。それはケイの言葉なんだね」


 理解出来ない僕のために、朔也は文を声に出して読んでくれた。


「――我は我自らの王である。故に何人たりとも我を操ることは出来ない」


 毅然とした言葉だった。全体よりも個人を重視したクラウスらしい。

 我自らの王である。すなわち、自分に命令を下せるのは自分だけだということ。更に言い換えると、彼は常に自らの意思に従って行動しているということ。故に、彼を操ることは不可能である。


「何だこれ」


 紙片を返される。


「これは元々、冊子の最後のページだったんだ。端に書いてあったものを破った」

「へえ」

「クラウスが幾つか魔法陣を描いて、それを冊子にしてくれたんだ。凄い魔法陣ばかりが載っていて、悪用されると危険だった。自分で管理出来なくなるなら、僕はそれを処分しなくちゃいけなかったんだ。勇者が来る前に燃やすべきだった」

「燃やしたのか」

「一応」


 秘術、禁術、僕でも見たことがない珍しい術。それらが記載されたあの冊子は、魔導の道をゆく者には垂涎の的だった。


「クラウスが描いてくれたんだ。魔法を使わず、彼がその手で作ってくれたもの。それはとても珍しくて、だから僕は燃やすのを躊躇った」


 朔也は数秒黙って、それから問うた。


「転移陣が載ってた?」

「うん。マリアから聞いたんだね」


 紙片を持っていない方の手を握り締める。腕を失ったことをマリアは悲観していない。それどころか義手となった魔道具を、本当に貰っていいのかと返却を申し出るほどだ。勿論断った。

 しかしあのように目に付く黒。見るたびに胸が痛む。


「状態を維持する祝いを掛けて、王都の地面に埋めたんだ。周りに人がいないか確認はしたんだけど」

「マリアが見てたのか」

「違う。マリアじゃない。マリアは地下都市の広場であれを拾ったと言った」


 誰が掘り出したのかは定かではない。積極的に犯人探しをしようとは思わなかった。地下都市で発見されたのだ、イムに違いないとは思う。だが僕の感知の術から逃れられる者などいただろうか。


「マリアを助けた後、冊子を燃やした。あんなことになるなら初めから燃やしておけばよかった」

「終わったことだ。仕方ねえだろ」

「……マリアとドラゴは、生まれた時からずっと見ていたんだ。僕はミリオの家で暮らしていたから、本当に十六年間ずっと。右腕を失って眠るマリアが痛々しくて、うなされて親の名前を呼ぶのを聞いて。…………僕は、クラウスとの約束を破ってしまった」


 僕に家族はいない。だがもしも弟や妹がいたのなら、きっとこういう気持ちになるのだと思う。あの時、僕は自分を殺したくなった。代わってあげたかった。朔也に謝罪しなければならないのは、その後の行動。


「マリアの腕。あれは本当は、君のものだったんだ」

「……いや、違うけど」

「違わないよ。クラウスは君と勇者に二つずつ、助けになるものを残していった。それは僕たちと、もう一つ。武器だ」

「賢者は未来が分かるんだよな?」


 確信を得るための問い掛け。僕は首を縦に振った。


「断片的に未来が見えるっていう制限付きだけど」


 実のところ、僕も煌璃もクラウスの目的を理解していない。魔獣の襲撃からイムを救ったが、彼は人族や亜人族にも手を貸している。精霊とも関わりがある。知識を求めていたように思えるが、決してそれだけではないはずだ。


「あれは黒い剣だった。だけど形を変えて、肉体の欠損部位を補うことが出来た。だけどそうしたらもう二度と剣には戻らない」

「へえ」

「勇者の武器にそんな機能はなかったよ。オリハルコンの剣だからね。……未来を予見出来る賢者が、朔也にはそういう武器を用意した。意味は分かる?」


 深く考えるまでもない。既にマリアの腕として動いているのだから。


「体の一部を失うと。俺が」

「それか、君に近しい人が。きっと。……ごめん」


 朔也は正面を向いたまま、自らの喉元を親指で撫でた。

 クラウスが僕と煌璃に伝えたのは、稀人の名前と召喚される時期、それと場所。召喚者や稀人の種族は教えてくれなかった。彼の予知の範囲外だったのかもしれない。

 客観的に見ると、朔也にとってマリアは加害者である。それを知らなかったとはいえ、僕は朔也の大事な武器を彼女に渡してしまった。知っていても渡しただろう。激怒されても仕方がない。


「まあ予言だろ。外れることもある……といいな」

「……うん」


 今までに外れたことはないけれど。

 沈黙が痛い。風はなく雨も降らないので、自然現象は静けさを掻き消してはくれない。朔也は思い出したように「ああ」と呟いた。


「オリハルコンってあれか。何か有名なやつ」

「……え?」

「違うか? 聞いたことあると思ったんだけど」


 それを勇者に持たせるとは鬼に金棒どころではない。朔也はそう淡々と言う。


「怖くないの? 体の一部がなくなるんだよ? 指かもしれない、足かもしれない。痛いし、生活がとても不便になる」

「ああ…………俺はイムでよかったのかもな。足がなくても移動出来る」

「そうじゃなくて」


 なぜだろう。言いたいことが伝わらない。案じている点がずれている。僕は黙り込んだ。すると隣からふっと笑うような吐息が聞こえた。驚いてすぐさま朔也を見上げたが、その時には既に表情は失せていた。


「怖いな。けどその武器が手元にあれば、俺もマリアに渡しただろうし。別にいい」

「どうして?」

「過去より未来、未来より現在いまが大事だろ。未来のことは未来の俺が何とかするんじゃねえの。知らねえけど」


 本人は納得していなかったが、やはり朔也は寛容だ。実感がないだけかもしれないし、未来のことを考えていないだけかもしれない。それでももう少し自分を大切にした方がいい。紛れもない事実として、朔也はリムや僕、マリアよりもずっと弱いのだから。


「話は終わりか?」

「うん」


 帰宅していいか念話でドラゴに尋ねると、是と返答があった。


「飯食った後、灯璃は広場に行った方がいいな」


 あれだけ喜ばれるなら、と彼は続ける。

 朔也が自分と勇者の関係をドラゴ達に知らせたのは、僕には間違いだったように思う。その情報を持っている者は限られている。加えて、イムに告げ口するとなると精霊か神獣でなくてはならない。イムが真実を知る可能性は非常に低かった。知られたとしても知らぬ存ぜぬで押し通せた。朔也に非はないのだ、苦境へ繋がる道を選ばなくてもよかったのに。

 決して強くはない。それなのになぜ。


「朔也」

「何」

「僕はいつでも、君の味方でありたいと思うよ」


 今の気持ちを正直に告白すると、朔也は不思議そうに僕を見た。


「好きにしろよ。……変わってるな、お前」


 そうだろうか。むしろそうでなければおかしいと思う。僕は八十年間ずっと朔也の訪れを待っていたのだ。三日と続けて朔也のことを考えない日はなかった。煌璃も似たようなものだろう。人族は言うまでもないが、たとえイムだろうと。僕は僕に誓って、誰にも朔也を殺させはしない。

 我は我自らの王である。

 それはきっと賢者だけでなく、全ての生物に当てはまることだから。


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