復活の日
10日目。
翌日、群青は怖々アイリスに向かった。影移動よりも亜空間を渡った方が早いのではと提案したが、群青自身は亜空間に立ち入ることが出来ないらしい。転移の下位互換とは主にその部分か。
「ただいまー……」
足元から帰宅を告げる声が聞こえた。這い出てきた群青からは疲労感が滲み出ていた。
「瀬尾に手合わせされたー」
手合わせとはされるものだったのか。知らなかった。群青の攻撃は悠人に効かない、または当たりづらいようなので、手合わせと言っても実際はただの鬼ごっこだろう。仲睦まじくて結構なことだ。
「つーか朔也! 瀬尾に、俺と友達っつった!?」
期待に満ちた顔で群青は尋ねてきた。否定すると子どもの照れ隠しのようで癪だ。しかし肯定するのも癪で、俺は言葉に詰まった。この場合の沈黙は金ではなく、ただの肯定として受け取られる。
「はっはーマジか! 友達って言われちゃったよ! 朔也に! 朔也に! ドアノブも照れちまうよ! 俺はデレデレもツンデレもヤンデレもクーデレもドラデレもことごとく素敵だと思います! うっはは」
「おい待てどこに行く」
変な声を残して外に出て行ったので後を追う。群青に名前を呼ばれると、地面にしゃがんでいた灯璃は振り返った。群青は駆け寄り、灯璃の両脇の下に手を入れて立たせた、その勢いのまま。小柄な灯璃を空に放り上げた。灯璃は放物線の頂点、マンションの四階くらいの高さで一回転し、それから華麗に着地した。
「朔也がさ、俺のこと友達だって! やべえな、嬉しい! 今までセクハラとか嫌がらせとか結構やったのに俺のこと友達だって! 朔也が!」
「僕は誰に何と言えばいいのかな」
「奇遇だな。俺もそう思う」
思い返せばその通りである。まあいいだろう。この話については深く考えないことにしよう。
「灯璃の目はどうした」
「あるある! しかも何かサービスしてくれたぜ、朔也効果ぱねえな!」
群青が手のひらを上に向けると、そこに短剣と三つの球体が現れた。球体はいずれも直径二センチ強の大きさ。二つは見覚えのある紫紺、もう一つは輝く青色。紫紺の球体は灯璃の瞳だと思う。だが人体模型の剥き出しになった眼球とは違い、宝石のようにムラのない色を呈していた。
「目か? これ」
「おう。えぐり出されると肉体への魔力供給ラインが切れて、異常反応起こすんだよ。過剰に魔力を生み出して眼球全体が虹彩の色に変色、硬化する。一旦そうなったら機能停止する。人族はこれを魔石って呼んで、武器とか魔道具の素材にする」
それを渡されると、灯璃は駆け足で家の中へ入っていった。あれをどうするつもりだろう。
「朔也、手え出して」
素直に右手を伸ばす。国宝を扱うかの如くそっと短剣を載せられた。百人いれば百人が美しいと認めるだろう一品。柄には繊細な模様が彫られ、小さな青色の宝石が幾つも嵌め込まれている。白い鞘から現れた刀身は澄んだ銀色。錆び付いた未来など全く想像出来ない。この短剣で果物の皮を剥くことは、心臓に毛が生えている者でも難しいだろう。
そこまで考えて、柄を装飾する青が、先程の球体と同じ色であることに気付く。悠人は言っていた。アルガハナイツの手札は魔王と竜王の瞳程度だと。
「魔王の」
随分と小さく砕かれてしまったものだ。
「ビンゴ! ついでにやばいんぜ、この短剣。刀身と柄頭はミスリル、握りは世界樹の枝、鞘は九尾の妖狐の皮。全属性の付与あり、しかも勇者の。こえーよ! 今更だけど何であいつ全属性使えんの!? しかも無詠唱! 無詠唱!! 俺はついに召されるかと思った!」
「お前らほんとは仲いいだろ」
「弱点属性で急所狙ってくんのに!?」
「それはヤバイな」
この髪色や、悠人の兄弟ということで、俺は昔から平均よりも難儀寄りの人生を歩んできたつもりだ。難癖を付ける人間はどこにでもいた。それらへの対応は当然俺の年齢によって異なるが、放置しているといつの間にか消えていた。飽きられたと言うのも正解だ。しかしそれともう一つ。
だが、まあ。本気で殺そうと思っているのなら、持ちうる全ての手段を行使して容赦なく攻撃してくるはず。しかし今の群青にはかすり傷一つ見当たらない。水属性の耐性を上げる装飾品の効果も大きいだろうが、恐らくは冗談半分といったところ。
「それより、何だこれ。目のついでにしちゃ豪華だな」
一つ一つくり抜くのは確かにしんどいだろう。しかしその苦労にも耐えられるほどの立派な短剣。返そうとしたが、群青は手を後ろに回し、断固として受け取らなかった。
「俺にこれ渡す時さ、あいつ何て言ったと思う? 『これも返すけど、誰に渡すか分かるよね?』だって! 目だけは一ミリも笑ってねえの! 恐怖に打ち勝って、とりあえず俺はすっとぼけてみたんだけど」
「お前すげえな」
「そしたら短剣握らされて、次の瞬間手合わせが始まっていた! な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった!」
茶色のベルトを渡された。短剣の鞘はベルトを通せるようになっている。鞄に仕舞っていては駄目なのか。身に付けるのなら俺は遠慮なく使うが。
「マリア達に返さなくていいのか」
「ここまでばらばらだと、もういいんじゃね? 俺はちゃんと朔也に渡したから、後はどうぞご自由に!」
明らかに高価な短剣。それをニアに渡せと言った悠人。悠人はニアを俺ではないと思うことにした。ならばこれは間違いなくニアに贈られたものだ。短剣を渡すという行為に何か意味があると怖いので、積極的に返却を申し出たい。
ふと顔を上げると、群青と目が合った。
「何だよ」
「いやー……」
真顔で言い淀む群青。誰も彼も考えが読めなくて困る。
「瀬尾双子が仲悪くないってのは割と知られてたけど……全国区で。もしかしてそれどころじゃない?」
「へえ」
「へえ!? 何か返事おかしくね!?」
全国区とは思わなかった。芸能人の身内は、特殊な職にでも就いていない限り、そこまで存在を知られるものではない。精々大学構内程度かと考えていた。そうでないのは双子であることと、俺のアルビノという要素が目立つからだろう。
「あいつ、尊敬してるらしいぜ。俺のこと」
「は?」
「あの万能人が、俺を。意味分かんねえだろ」
「あ、いや、そこじゃなくて。俺兄弟いないから分かんねえけど、尊敬とかするもん? しかも双子を?」
「さあな。俺は瑠夏はすげえと思うけど」
父が数年間アメリカで働くことになった時、瑠夏だけが付いていき、そこで軽々と飛び級。十七歳で大学卒業、二十歳で弁護士の資格を取り、翌年には日本でも弁護士資格を得た。学業の片手間でやっていた株取引での儲けにより、念のためにと組んでいた教育ローン約一千万円を即返済。株をやらなければもう少し早めに卒業出来たのかと問えば、やっていても出来たと言う。日本の司法試験が二十歳以上しか受験出来ないので、それに卒業を合わせたらしい。
「お姉さんすげえな! 彼氏いる?」
「知らねえけど、何があってもお前には紹介しない」
もし地球が三角になるようなことが起こり、姉が致命的な判断ミスをし、群青に渡された婚姻届にうっかり署名・捺印をしてしまったとして。面倒事に発展するのは目に見えている。しかし愉快成分を愛する群青ならば物は試しと挑戦しそうで怖い。
踵を返して家に戻る。入ってすぐ、こちらに背を向けて立っていた灯璃に目がいった。振り向いた灯璃は俺と視線が交わると、僅かに目を伏せて微笑んだ。
「朔也」
やはり、よく似合っていると思う。夜空のように濃い紫、その奥に窺える明哲さと静穏さ。
「目って、元に戻せるのか」
「魔族ならね。朔也にも出来るよ」
人族には出来ない。つまり、俺には出来て悠人には出来ない。そう考えると何だか新鮮だった。
灯璃はこれからどうするのだろう。何にせよ、言っておくべきことが一つある。
「灯璃、瀬尾悠人を知ってるか」




