発揮する対象の誤り
「兵士のことはちゃんと説明しておくよ。新しい稀人ってことは言わない方がいい?」
「それ言わねえと説明しずらいだろ? どうせ伏せるなら神獣って部分をよろしく」
「分かった。ああ、そうだ。お金とか大丈夫? 使い切れないくらい貰ったから、よければ少し渡そうか?」
「そりゃ助かるけど。マジで?」
「うん。お金がないと困るのはどこでも同じだから。だけど今、俺もリンも手持ちが少ないんだ。リンと一緒にギルドに行ってくれる? 俺は研究者の人達に説明してくるから」
「おう」
悠人は天井を見て、それからこちらを見た。苦笑を浮かべるが、それすらも様になる。
「リムの服は目立つね」
「あー……新手の防具ってことにする」
「ポジティブだね。でもやっぱり人目を引くから……ごめん。転移するよ」
まるでチャンネルを変えたかのように映像が切り替わった。
手前には噴水がある。地面には煉瓦らしきものが敷き詰められている。奥や脇の方にある茂みと煉瓦の穏やかな色のおかげで、全体的に冷たさは感じられない。斜め向こうには幅の広い階段があり、そこから五十か百メートルほど行ったところに巨大な建造物がある。壁は赤茶色で屋根は真っ白、形状は和風ではなく洋風。
「はー……すげえな、フィーオ」
男が振り返ると、近くにも建造物があった。階段の向こうの建物と同程度の大きさに見えるが、遠近法が働いているのかもしれない。更にその向こうにも、左方にも何やら建物が見える。何だここは、街か。そうか街か。
「じゃあ俺は行くよ。リム、この先何か困ったことがあったら連絡して。力になれるかもしれない」
「おー……」
「リンも、また後でね」
にこりと笑って悠人は姿を消した。転移と言っていた。瞬間移動のことだ。そんな便利な魔法もあるのか。
《え、瀬尾ってあれが素? だよな? 俺にジェントル発揮してもメリットねえしな? え? しかも勇者だろ? 完全無欠すぎね? しかも何か瀬尾のスペック先天性っぽくて怖いんですけど!!》
「そうだな」
ぼんやりとしながら答える。映像の姫凪が「リム、行きましょ」と言った。この世界において、リムという名前の男は珍しくないのだろうか。たとえそうだとしても、俺は絶対に男をリムとは呼ばない。
姫凪と男は並んで歩き出す。すれ違う人々がこちらを凝視しているのが見える。驚愕、疑念、好奇心。大体そんなものだ。それもそうだ、勇者の仲間である美女と、奇抜かつ血に濡れた服装の美形が共に歩いているのだから。
「リムは……ええっと、私は今十八歳なんだけど。リムは幾つ? 年上に見えるけど、やっぱり敬語使った方がいいよね?」
「うんにゃ、タメでいいぜ。俺は魔族だしな。人族に対して敬語使う義務はねえし、その逆も然りっつーか」
「そう? ……吸血鬼って会ったことないんだけど、やっぱり人の血を吸うの?」
「おー。俺は変異種だから飲まなくても生きていけるけど。そういやさっきの子から聞いたんだけど。他にも何人か稀人いるんだよな?」
「あの竜、そんなことも知ってたのね。ええ、いるわよ。あとの二人は……どこにいるのかしらね。敵になっちゃったの」
眉尻を下げて姫凪は笑った。美人は何をしても美人だ。
(……二人?)
会話の内容から推測するに、稀人とは異世界人のことだろう。悠人と姫凪、敵に回った二人。計四人。
違う。アカリは五人と言っていた。それが確かな情報であることはほぼ間違いない。なぜこの場面で嘘を吐く。友好的に見えても、やはり男を信用してはいないということか。
「合計四人か」
「そう。あの竜はどうしてそんなことまで知ってたのかしら? 他にも何か言ってた?」
それなりの距離を移動したというのに、その間一度たりとも二人の間に沈黙が訪れることはなかった。勇者召喚に巻き込まれた三人は皆、姫凪と同様に髪は灰色で瞳はオッドアイに変色していたらしい。俺としてはもっとビギナーな話を聞きたかった。
フィーオというらしいこの地は、建物も人も多いが決して狭いわけではなく。明るくて活気のある都市といった印象だ。若者が多いのもその理由の一つ。ブレザーの制服を着ている者もいる。学園があると言っていたが、それは先程の建物のことか。
ギルドは周りに比べて若干大きい建物だった。二人して入るが、姫凪だけが受付に向かっていった。ちなみに受付は四つ横に並んでいる。右には質素なカフェのような空間が広がっていた。
《なあ朔也! 俺と姫凪と瀬尾の会話聞いてどう思った? あ、俺がよろしな受け答えしたことはさておき! 戦闘だけじゃなくて全体的に鈍ってるっぽいわ、俺。早く勘取り戻さねえとディケイに失望されちまうよなあ》
「お前がよく分からないことが分かった」
《ミステリアスで素敵ってこと? あざっす!》
しかしこのような質問をしてくるということは、何かおかしな点があり、それに対する同意を求めているのだろう。
「話が弾んでたな」
《うんうん、そうそう、それそれ》
「質問が多かった気もする。あと……四人っつったか」
《あれ多分五人だよなー。よかった、一人相撲だったらどうしようかと思ってた!》
俺が言及したのは姫凪についてだけ。だが男はそれで満足したらしく、オッドアイの魅力について語り始めた。答え合わせはなしか。
話を聞き流しながら考えていると、チラチラとこちらを窺っていた少年達が近付いてきた。男もそれに気付いたようだ。
《どうせ話すなら女の子がいいなー……。しかもこいつらガキにしては背え高くね!?》
「そうだな」
《……そういやセンって、日本よりも身長高い奴多かった気がする》
何だと。
聞き逃せない発言について詳しく尋ねる前に、少年の一人が男に声を掛けた。表情から察するに敵意はなさそうだ。
「――――――。――?」
「――。――――、――」
「――? ――――――、――――!?」
分からない。男は平然と受け答えしている。
それにしても妙だ。彼らが言葉を発しているのは分かる。だがそれを聞き取り、カタカナで表記することが出来ない。また、英語のようだとか、韓国語のようだとか、他の言語に喩えることも出来ない。彼らの言語を覚えようすることは、まさしく暖簾に腕通し、糠に釘のように思える。
「――――!」
「――――、――!」
姫凪が用を終えてこちらに向かってくると、少年達は慌てて去っていった。彼女に関する話をしていたようだ。本人に声は掛けないのは、美人すぎて気後れするのか、もしくは魔王討伐などの実績により姫凪を神格化しているのか。討伐に参加したかどうかは定かでないが。何にせよ、俺は姫凪にはあまり興味がない。
「……私の話?」
彼らが去っていった方を横目に姫凪が尋ねた。
「やっぱ有名だな、勇者と剣聖は」
「剣聖って……クールで大人な男の人が思い浮かぶの、私だけ?」
「俺も。聖女とかじゃねーの?」
「聖女は他にいるのよ。……あ、お金引き出してきたわ。はい」
男が受け取ったのは、中身の詰まっていなさそうな革袋。持ち運びには困らない。
「神金貨と金貨と銀貨、銅貨が十枚ずつ入ってるわ。少なくて申し訳ないんだけど……」
「や、十分」
その時僅かに、しかし確かに姫凪の顔に驚愕が覗いた。すぐに笑顔になって「まずは服を買わなくちゃね」と感情は隠されたが。俺が持っている情報が少ないため、理由を推し量ることが出来ない。
「サンキュ。礼は……まあ、こっそりとしとくわ」
「えー? 何それ」
「じゃあな」
「あ…………待って、佐藤!」




