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ステータス・ブルー  作者: 和灯 ルカ
終焉編(仮)
29/38

信用、グラデーションの階段

 分かった。

 俺は悠人から隠れたいと思ったことも、女装をしたいと思ったこともない。最初に勇者側に戻らないという選択をしたのは単に、イムという種族が悠人によってどのような被害を受けたのか知りたかったからだ。場合によっては償いをしようと。悠人と敵種族同士という部分に周章したのもあるが、あくまで主要な理由はそれ。

 そうであるにもかかわらず、俺がなぜ頭から翼を生やし、入手経路の不明な白いドレスや諸々に身を包まれているかと言うと。

 偏にあの変態のせいである。

 そして今この状態で「俺でしたー」と正体を明かすのは相当勇気のいる行動で、俺には出来そうもない。


《じゃ、気軽に呼んでくれよ。セクハラされそうになった時とかな!》

《むしろお前の時に悠人呼ぶわ》


 今、悠人は勝手に巻き込まれただけだが、男三人で何の話をしているのだろう。非常に不愉快だ。

 待ち合わせ時間の十分前、俺は一冊の本を手に亜空間からイルキニアス王都に出た。相も変わらず荒れている。辺りをぐるりと見回せば、悠人はすぐに見付かった。


「ニアさん!」


 気配を察知したのか、悠人は三段トレイを手に振り向いた。その手の中の物は何だ。三段トレイ以前に、机と椅子があることからして既におかしい。それらはケイでいうアンティーク家具で、形状や質感から、気品と値段を感じさせた。机の上にはティーセットが置かれている。周辺だけは地面が平に均され、木材など邪魔な物も片されていた。

 こいつちょっと頭面白いな。

 そう思うことは昔からあったが、どうやら今も健在のようだ。現在の自分の姿を省みると、ブーメラン効果的に耳が痛い。


「お久しぶりです、勇者」

「……うん、久しぶり」

「何やら用意がよろしいですね」


 面倒だが、一般人の感性から考えると、ここはツッコミを入れねばならない。それに対して悠人は穏やかに微笑んだ。


「こんな不便な場所を指定したのは俺だから。これくらい喜んで用意させてもらうよ」


 こんな辺境の地を選んだのは、俺の髪色と頭部の翼を考慮してのことだろうに。後手に回ると椅子を引かれそうな気がしたので、自分で素早く引いて、一応許可を得て座る。三段トレイにはケーキ、焼き菓子、サンドイッチが載せられている。家庭訪問で家を訪れた教師がケーキに手を付けないのは、今の俺と似た心境にあるからだろう。


「ニアさんのその、翼は綺麗だね。種族名を聞いてもいい?」


 悠人は座って尋ねてきた。


「……それを知ってどうするのですか?」

「ごめん、ただ気になっただけなんだ。不快な思いさせたなら謝るよ」


 悠人は申し訳なさそうに眉尻を下げた。答えがないから、咄嗟に質問で返しただけだ。そこまで相手の反応に敏感になってどうする。


「気が向いたらお話しましょう。私は見ての通り稀人ですので、この世界に同族はいませんが」

「うん、ごめんね。俺達みたいに種族が分かれたりはしなかったんだ? 俺はリムと同じ世界から来たんだ。ニアさんとリムは仲がいい?」

「はい。あれをあまり待たせるのも悪いので、本題に入りましょう」


 雑談だけで数十分経過しそうな流れだったのでさっさと斬って、交渉開始を半ば無理矢理提案する。


「そうだね。ニアさんの手札は、アレクセイとリーリア。リーリアの呪い……いや、あれは祝いだったか。それを解いたんだって? 凄いね、色々出来るんだ?」

「いえ。解いたのは群青……リムのことですが、あれですので。アルガナハイツの手札は何でしょう?」


 再び雑談に突入しそうな流れだったので、文末で軌道修正を行った。頭から翼を生やし、高度な女装をして、寒い演技をしながら兄弟と接するなど、黒歴史どころの話ではない。一般的でない分、中二病にも余裕で勝てる。俺は今すぐにでも帰りたいのだ。


「アルガナハイツに価値のある手札はないよ。精々、竜王と魔王の瞳程度」

「そうですか……」


 カップに手を伸ばし、喉を潤していると見せ掛けて、俺は脳内で文を整える。嬉しそうに笑う悠人。何だろう。まさか毒物でも混入してはいまいな。


「まず、竜王の両目を所望致します。引き換えに、アレクセイ殿下の身柄を」

「うん。他には?」

「以上です。後は勇者、あなたとの個人的な交渉を望みます」


 魔王――いや、イルキニアス前国王は既に死没してしまっているので、こちらの数少ない交渉材料を犠牲にしてまで取り戻す価値は、俺にはない。


「うん、いいよ」


 害意など一切感じられない、温和な声音で悠人は即答した。いや、駄目だろう。色々背負うものがあるのだから、もう少し悩んだ方がいい。群青のやった、俺の言動を真似るという作戦は、もしかすると功を奏していたのかもしれない。何にせよ悠人の気が変わらない内に話を進めるとしよう。


「ありがとうございます。では、勇者の主な手札をご提示願えますか?」

「『主な』と言うか、一つしか持ってないんだけど……そうだな」


 悠人は破壊された建物群を一瞥し、人差し指の先で机を叩いた。


「イムが生きていること、かな」


 なるほど。それ以外に手札がないのは大いに助かる。俺は言葉の続きを待った。


「この下にいるよね、イムの生き残り。何となく分かるんだ。あと広範囲殲滅魔術って言ってリムがやった術、ニアさんを連れ去ったのと同じものだったね。ということは彼らも生きてる。下にいるのかな」

「前国王と会話したのでしたね。なぜイムの言語を理解出来るのか、教えて頂いても?」

「それは俺にも分からないよ。異能かもしれないと思ってるけど。俺、既に異能を二つ持ってるんだ」


 返事に困り、つい悠人を凝視した。聞いてもいないのに進んで手の内を晒してもらえるとは。ニアに対する好感度が随分と高い。面白いことだが貰ってばかりなのは性に合わないので、決して褒められた行動ではないが、群青を犠牲にするとしよう。


「群青の異能は、目からビームだそうですよ」

「へえ……」


 呟くような返事の後、若干口を一文字に結ぶ悠人。それは、何か言いたいことがある時の悠人の癖で、促せば発言する。促さないが。俺の異能が気になるとか、恐らくそういったことだろう。自分にも分からないものは説明出来ない。


「では、イムを見逃し、彼らに関する情報を黙秘して頂ければ幸いです。呑んで頂けるならリーリア殿下をお引渡し致します」

「それはいいけど……どうしてイムを助けようと思うの?」

「竜王がお世話になりましたので」

「ああ、そうだったね」

「……申し訳ないのですが。多くの命が懸かっておりますので。お名前を頂いても?」

「いいよ」


 普通は渋られるものだと聞いていたのだが、あっさりと了承を貰った。俺は持っていた本を開く。森の小屋にあったもので、共通語で書かれているらしい。つまり本文に用はない。

 挟んでいた二枚の羊皮紙を取り出す。二つ折りにされているそれらを開き、両方とも差し出す。


「俺と煌璃に? ……じゃ、ないね」

「ああ……煌璃さんのこと、忘れていました」

「煌璃には言っておくよ。今、念話で。一応俺の従者とか、使い魔っていう立場だから。命令には逆らえないらしい。今までやったことはないけど」


 さらさらと羊皮紙に姓名が綴られる。ドラゴや群青がやってみせたような、魔力で字を書くという技だ。その字そのものは「空字」と呼ばれる。普通は何もせずとも時間が経てば消える空字だが、その誓約書に書いてしまったものは例外だ。

 特殊な製法で作られた羊皮紙。空字で認められた文章。それに空字で署名してしまうと、その人物は文の内容に縛られる。悠人が署名した羊皮紙には、イルキニアスのイムに危害を加えず、その存在を黙秘し、かつリーリアとアレクに掛けられた呪いを解かないというようなことが書かれている。誓約は一生背負わねばならないこともあるので、誓約書に署名する行為は躊躇われるのだと。

 群青に聞いてすぐ、呪いに似ていると思った。事実、簡易で初歩的な呪いのようなものである。呪いの使い手が少ないことに一役買っていそうだ。


「はい。……こっちはいらないね」


 片方が俺に返されると、もう片方は躊躇なく燃やされた。無詠唱魔法。折角の魔法なのだから、詠唱を聞いてみたい。なんてことは言わない。披露はしてくれなくていい。


「まあ、そちらは勇者に預けるつもりでしたので。構いませんが」

「うん」


 燃やされた羊皮紙も誓約書である。誓約書に署名を貰ってから二十四時間以内に、リーリア王女を引き渡すと書かれている。誓約書の文言に違背した場合、その代償は例外なく「死」。誓約書の本文もウェイロスニアの署名も群青が書いた。何でも署名は、魔力とその持ち主の名が一致していればいいのだという。偽名でも、魔力の主を指すのであれば問題ない。群青の用いる魔力は完全に俺のものであるから代筆可能。相変わらず仕組みが不明瞭だ。

 代筆可能。

 今になって、はたと気付く。


(あいつ、俺の名前で署名しまくれるな)


 頭の隅に追いやり、気付かなかったことにした。


「それともう一つ。群青も私も、元の世界に帰りたく思っています。勇者もそうであると聞きました。送還術についての情報を、これから継続的にやり取りしませんか?」

「うん、いいよ。効率はいいよね。……俺だと絶対イムに話は聞けないし」


 苦笑してそう言った。ニアの提案なら何でも頷くのではないだろうか。アルガナハイツは悠人に、交渉に出向く許可を与えるべきではなかった。


「そういえば。前々から交渉の許可を取っていたのですか? 対応が早くて助かります」

「いや、あの後貰いに行ったよ」

「あ、そうですか」


 すんなり許可が下りると思ってのことか、無理矢理でももぎ取るつもりだったのか。どちらにしろ侮られているぞアルガナハイツ。

 自然な沈黙が訪れる。談笑も面倒な話もしたくなかったので、俺は再び本を開いた。


「話が変わりますが。私は勇者の弟に似ていますね。間違えるのも頷けます」

「……どういう意味?」

「群青に見せて貰ったのですけど。こちらを」


 本に挟んでいた写真を机に置き、悠人の方へ滑らせた。写っているものに気付いた途端、素晴らしい速度でそれは悠人の手中に収まった。


「差し上げます」

「どうして」

「群青は弟の友人だそうですよ」

「は?」


 悠人の端整な顔が驚きで染まる。群青が瑠夏や悠人の友人だと聞けば、俺も似たような反応を返すだろう。


「……リムが?」

「はい」

「そっか。…………やっぱり、村上かな」


 気付かれている。そもそもチベット出身とかいうあの嘘は何だったのか。

 いわく言いがたい面持ちで、悠人は写真と俺とを交互に見た。


「ニアは、朔也ではない」

「はい」

「そう……。じゃあ、信じるよ?」


 それは最終確認だった。肯定は悠人にとって重い意味を持つ。馬鹿らしいと思った。兄に対してではないのは明らかだが、誰・何にそう感じたのかは分からない。

 面倒臭い。

 面倒臭い。

 面倒臭い。

 思考を放棄したい。

 十分不自然ではあるが、ほんの数秒の閉口だっただろう。しかしその間の逡巡は、俺の機嫌を急降下させ、感情を凍て付かせた。


「はい」


 上手く取り繕えただろうか。

 念話を繋ごうという悠人の誘いをやんわりと断り、俺は亜空間を渡って子ども部屋に帰還した。手土産にと持たされた三段トレイを群青に押し付けて、素早くアクセサリーやドレスを脱ぎ捨てる。


「全部承諾貰った。灯璃の目は明日、悠人からお前に連絡がくる。先にリーリアを返してやれよ。王女がこんな場所で暮らすのは可哀想だろ」

「いえっさー。……朔也さん、怒ってらっしゃる? セクハラされた?」

「疲れたから寝る」


 着替え終わり、ベッドでうつ伏せになった。俺の場合、大抵の不機嫌は寝るか食べるかで直る。食べる方が好きだが、栄養調整食品を食べ漁るのはもったいない。しかしそれ以外の食料は自力で得ることが出来ない。


「朔也、起きたら何か食う? 美味いもん捕まえてくるけど?」

「…………頼む」

「おう、おやすみ!」


 最後に聞いた声は、一点の曇りもない爽快なものだった。それにもかかわらず、その日、俺は随分と陰鬱な夢を見た。

 弟が白い階段を上っている。後ろ姿しか見えないが、中学生の頃の弟だと夢の中の俺には分かっていた。その俺も同じ制服を着ていることから、中学生なのだろう。

 追い付けそうな距離だったので、俺は階段を一段飛ばしで駆け上った。弟との距離が十段を切ろうとしたその時、突如として周囲から数多の腕が出現した。それらはただ行く手を阻むだけでなく、腕、脚、服、髪と体の至るところに絡みつき、俺を勢いよく後方に倒した。

 どれほど転げ落ちただろう。灰色の、踊り場のような場所で、俺はようやく止まった。

 痛い。

 起き上がるのも億劫で、仰向けになって目を瞑った。どこからともなくくすくすと笑い声が聞こえてきた。それも複数。瞼を上げて頭を傾けると、多数の中学生に囲まれていることに気付く。二メートルほど距離を置き、俺を中心として円を描くように。彼らの首から上には靄が掛かっており、誰が誰だか分からない。体を起こし、あぐらを掻いてぼんやり見上げていると、これまた突然俺の横に弟が現れた。弟が睨み付けると、途端に笑い声はやみ、中学生達はそそくさと立ち去った。

 弟が差し出してきた手を掴んで立ち上がる。弟は上り階段を指差した。俺は首を横に振る。酷く傷付いた顔をした弟に、今度は俺が上り階段を指差す。渋々と言った様子で頷き、弟は現れた時と同様にぱっと消えた。

 白い上り階段を見て、黒い下り階段を見て。中学生の俺は自虐的な笑みを浮かべる。そして誰もいなくなった灰色の踊り場――否、灰色の道を、ゆったりとした足取りで歩み始めた。


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