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ある晴れた日の午後に  作者: あき
閑話 春に向かう
3/4

そう在りたいと、選び続ける



大時化で船が揺れる。

船に乗り慣れると陸の揺れのなさは物足りないが、時化の時の不安定な揺れ方は別に好むものでもない。

微睡みの中で不意に届いたざわめきは、聞き流すには、耳についた。


「どうした?」

「あ、雪ですよ。雪」


甲板に続く扉を開け放って、乗組員の一人が困惑したように声をあげる。


「どうします?」

「そうだな、止めるか」


あっさりと言い放つと、一瞬だけ船員の不満が膨れたが、甲板から戻ってきた航海士が肩を竦めた。


「妥当ですね」

「でも、そんなに酷い雪じゃないですぜ?」

「積乱雲に突っ込むと解って船を出す馬鹿がどこにいます?」

「そんなに酷いんスか?」

「ええ。自然を侮ってはいけない。これは人間であれば、誰にも当てはまる言葉でしょう?」


唐突に友人の台詞が頭の中に蘇る。




「本当に命かけていい場面ならまだしも、次を臨めるタイミングなら、それは勇気じゃなくて無謀だ。それに仲間の命を巻き添えにするような人間に、人を率いて欲しくない」


珍しく怒ったように呟いた友人が掴んでいた新聞は、あとから見ればくしゃくしゃになった部分に、黒い染みが残っていた。


「まったく。強く握りすぎだよなぁ」


呆れたように目を細めた猫が、器用に前足で皺を伸ばして新聞の上に丸くなる。

友人が見ていたのは、此処より北の島で起きた遭難の記事だった。


「知り合いか?」

「遭難組じゃあない。あいつが云ってるのは、救助隊の方なんでなぁ」

「はぁ?」


猫はまるで朗読でもするようにさらさらと記事を読む。


「山道を外れ、足を挫いたと連絡が入ったのが昼頃。その日は午後から天気は下り坂の予報で、事実その電話があった頃には、山の下でもちらちらと雪が舞いはじめていた。陸軍救助隊と民間救助隊二組に連絡が入り捜索が始まったが、すぐに視界が悪くなり、陸軍と民間一組は捜索活動を断念した」

「もう一組はどうした? 捜しつづけたのか?」

「まぁな。春山から移動してきたばかりの雪に不慣れな集団だったらしい。お陰で結果はこの通りだ」


猫はもう口を開かずに、ひろひろと尻尾を振った。

助けたいと思うことが悪いことのはずはない。

けれど、


「次を臨めるかはまだしも、秤にかけていい生命はないな」

「前の日から吹雪く予報だってのに、疑うよなぁ。道案内もつけない。山入の届けもださない。それを助けようと無茶するのも、理解に苦しむよ。本当、人間てのは妙だねぇ」




「一生雪が降るわけでもないだろう。今日は船内で騒ぐとするか」


軽く肩を竦めると、厨房担当がにやりと笑う。


「それじゃあ、先日手に入れた年代物のワインでも開けますか?料理も気合い入れますよ」


歓声をあげた船員達の外れで、航海士が意味ありげに目を細めた。


「明日も雪なら?」

「止まない雪ならその時に考えるさ。無謀と揶揄されないようにな」

「賢明ですね」


にこりと笑った航海士は奥へ消える。

甲板へ伸ばした掌で雪の欠片がふわりと溶けた。



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