そう在りたいと、選び続ける
大時化で船が揺れる。
船に乗り慣れると陸の揺れのなさは物足りないが、時化の時の不安定な揺れ方は別に好むものでもない。
微睡みの中で不意に届いたざわめきは、聞き流すには、耳についた。
「どうした?」
「あ、雪ですよ。雪」
甲板に続く扉を開け放って、乗組員の一人が困惑したように声をあげる。
「どうします?」
「そうだな、止めるか」
あっさりと言い放つと、一瞬だけ船員の不満が膨れたが、甲板から戻ってきた航海士が肩を竦めた。
「妥当ですね」
「でも、そんなに酷い雪じゃないですぜ?」
「積乱雲に突っ込むと解って船を出す馬鹿がどこにいます?」
「そんなに酷いんスか?」
「ええ。自然を侮ってはいけない。これは人間であれば、誰にも当てはまる言葉でしょう?」
唐突に友人の台詞が頭の中に蘇る。
「本当に命かけていい場面ならまだしも、次を臨めるタイミングなら、それは勇気じゃなくて無謀だ。それに仲間の命を巻き添えにするような人間に、人を率いて欲しくない」
珍しく怒ったように呟いた友人が掴んでいた新聞は、あとから見ればくしゃくしゃになった部分に、黒い染みが残っていた。
「まったく。強く握りすぎだよなぁ」
呆れたように目を細めた猫が、器用に前足で皺を伸ばして新聞の上に丸くなる。
友人が見ていたのは、此処より北の島で起きた遭難の記事だった。
「知り合いか?」
「遭難組じゃあない。あいつが云ってるのは、救助隊の方なんでなぁ」
「はぁ?」
猫はまるで朗読でもするようにさらさらと記事を読む。
「山道を外れ、足を挫いたと連絡が入ったのが昼頃。その日は午後から天気は下り坂の予報で、事実その電話があった頃には、山の下でもちらちらと雪が舞いはじめていた。陸軍救助隊と民間救助隊二組に連絡が入り捜索が始まったが、すぐに視界が悪くなり、陸軍と民間一組は捜索活動を断念した」
「もう一組はどうした? 捜しつづけたのか?」
「まぁな。春山から移動してきたばかりの雪に不慣れな集団だったらしい。お陰で結果はこの通りだ」
猫はもう口を開かずに、ひろひろと尻尾を振った。
助けたいと思うことが悪いことのはずはない。
けれど、
「次を臨めるかはまだしも、秤にかけていい生命はないな」
「前の日から吹雪く予報だってのに、疑うよなぁ。道案内もつけない。山入の届けもださない。それを助けようと無茶するのも、理解に苦しむよ。本当、人間てのは妙だねぇ」
「一生雪が降るわけでもないだろう。今日は船内で騒ぐとするか」
軽く肩を竦めると、厨房担当がにやりと笑う。
「それじゃあ、先日手に入れた年代物のワインでも開けますか?料理も気合い入れますよ」
歓声をあげた船員達の外れで、航海士が意味ありげに目を細めた。
「明日も雪なら?」
「止まない雪ならその時に考えるさ。無謀と揶揄されないようにな」
「賢明ですね」
にこりと笑った航海士は奥へ消える。
甲板へ伸ばした掌で雪の欠片がふわりと溶けた。




