それが理解というのなら
「いい加減、電話くらい買わないのか?」
「買わないよ。必要性がない」
訪ねるなり口を開けば、友人はあっさりと切って捨てる。
「珈琲で良いよね?」
「あぁ、珈琲が良い」
頷いてソファに座ると、友人が振り向いて微かに笑った。
「君のそういうところ、嫌いじゃないよ」
「そうか」
「うん」
友人と入れ代わるように、歩いてきた猫がひらひらと尾を振ってにやりと笑う。
「あいつの嫌いじゃない、は結構好きってことだからなぁ」
「知ってる」
そのくらいのことが解る程度には、付き合いがある。
「だよなぁ。好きじゃない、が結構嫌いだってことくらい解ると思うんだけどなぁ」
「は?」
「さっき来た奴だよ」
「客か?」
眉を顰めると、猫は面倒臭そうにひげをかいた。
「まさか。迷惑な厄介者だよ。他人のモノを自分のモノと勘違いしてるんだからなぁ」
「親の七光りってやつか?」
「威光を笠に着る程度なら、笑ってすませてやるくらいには、心が広いぜぇ? 相手との差も計りきれない馬鹿が売る喧嘩に、あいつを巻き込まないならなぁ」
ちらりとキッチンに向けた視線に肩を竦めると、猫はその細い瞳孔をますます細めて小さく笑う。
「あいつは家には厄介を持ち込まないんでなぁ。向こうからくる火の粉は、お前が掃ってくれると助かるってもんだ」
「助かるのは、お前だろう?」
「勿論。だが、あいつも助かるぜぇ? ひとつの石で二羽仕留めるってやつだ」
にやりと笑った猫は、不意にくるりと身を翻して、キッチンに続くドアを見上げた。
「どうした?」
「開けてくれ」
訝しげに扉を引くと、向こうから歩いてきた友人がふわりと笑う。
「ありがとう。両手が塞がってて、どうしようかと思ったんだ」
はい、どうぞ-渡されたカップを礼を云って受け取ると、猫が軽い動作で椅子を引いた友人の膝に丸くなった。
「妙な知り合いでもいるのか?」
「なにそれ?」
「出迎え方が、普通じゃなかっただろう?」
云われて気づいたように、友人は僅かに眉根を寄せる。
「そんなに不機嫌そうだった?」
「まあな」
「だから、電話の話か」
ごめん-友人の中で、漸く話がつながったようで猫の背中を撫でながら、息をついた。
「最初は来訪に対して不機嫌なのかと思ったからな。それなら電話くらい買えって意味だったんだが、あっさり家にあげるくらいだ。その前に来訪者がいたと考えるのが妥当だろう」
「そうだね」
「それで?」
渋る友人を促すと、一瞬落とした視線をあげて呆れたように肩を竦める。
「理解できないんだ」
「は?」
「話は通じないし、同じ国の言葉なのに、伝わらない。お互い、異星人なんじゃないかと疑いそうになるよ」
心底疲れたような物言いに笑ってしまえば、友人は手を伸ばして頬を引っ張った。
「笑い事じゃない」
「お前が不機嫌なのは珍しいからな」
「怖いだけだよ。同じ形をして同じ波形を持つから、理解できると思うことが」
唐突に鳴いた猫に、友人はぱっと顔をあげて猫を抱いて立ち上がる。
「お腹空いた。食べてく?」
「貰う」
「そっか。食欲だけは、共有できるって思えるかも」
肩を竦めた友人の腕の中で、猫が同意するように小さく鳴いた。