#16
ベッドシーンのさわりがありますので、ご注意下さい。
/16
料理に一通り口をつけ、残るはデザートという所でコック姿の男性が一人、ルカリオとマリアの居る個室へと入ってきた。
「やあ、お二人さん。最近はお見限りのようだったが料理の味はどうだったかな?」
デザートのケーキを乗せたトレイを押して入ってきたアルマンに、ルカリオがほっと笑う。
「ああ、美味かったよ」
「ええ、とても美味しかったわ。デザートも楽しみ」
微笑むマリアに向けてにっこりと笑いかけたアルマンはデザートを切り分けてマリアの前に置く。
「それにしても一体どうしていたんだい?」
「え、ええ……。ちょっと体調を崩していたものだから」
「大丈夫なのかい?」
アルマンがぎょろりと目を剥いてルカリオを見る。それにルカリオはただ頷いて答えた。
「ああ。そうじゃなきゃ、連れてはこないさ」
「……ふうん。まあ、治ったんならそれで良いけどさ。あ! もしかして子供ができたとか!?」
冗談めかして笑うアルマンに、けれどマリアは一瞬顔を強ばらせた。
すぐにそれを取り繕い、マリアは苦く笑う。
「そうね。最初はそれも疑ったんだけど」
肩をすくめたマリアに、アルマンはにやりと笑った。
「惜しいね。子供ができていれば、さすがのルカリオも結婚に同意してくれただろうに」
アルマンの言葉には、1%の悪意も混じってはいなかった。彼はこれまでルカリオが連れ歩かなかったタイプの女性であるマリアをひどく気に入っており、早くこの友人が結婚すればいいのに、としつこく口にしていたのだ。
「お前も早く結婚すれば良いのに。嫁は良いぞ、嫁は」とは、既婚者であるアルマンの言葉である。以前のルカリオは、彼がそう言うたびに苦い表情で話題を変えていた。
それがアルマンには、じれったかったのだろう。
だが、現状のルカリオとマリアは、すでに法的には夫婦である。けれどマリアはそれを口にする事ができなかった。なぜかルカリオがそれを望んでいないように感じられたからである。
「……ふん。そうかもな」
実際、ルカリオはコーヒーカップに口をつけながら、短く鼻を鳴らしただけだった。
マリアは苦い笑みを消して表情を切り替える。ケーキを口に運びながら、できるだけ楽しんでいる表情を作り出す。
「そうね。見てよ。倒れてる間にこんなに体重落ちちゃったんだから。美味しい料理で少しでも戻さないと」
痩せた腕をアルマンに見えるように持ち上げる。
確かにマリアの腕は自分で言ったように、やせ衰えていた。柔らかさやふくよかさなどない。触ればすぐに骨に届きそうなほど細くなっている。
「確かにな。よし、これはサービスだ」
頷いたアルマンが、ケーキをもう一切れマリアの前に差し出した。
「これを食べて前のマリアに戻ってくれ。俺はあんたの事が、嫁の次に気に入っているんだから」
「ふふ。ありがとう」
微笑むマリアに、アルマンも笑い返す。
だが不意に咳払いが聞こえ、マリアは視線を目の前に座っていた男へと移した。
ルカリオが不機嫌そうに自分を睨んでいるのに気付いて、マリアは何か失敗しただろうかと自分の行動を振り返る。
だが、何も思いつかない。訝しげにアルマンへ視線を移せば、彼はニヤニヤと笑ってルカリオを見ていた。
「料理長がいつまで油を売っている。さっさと厨房へ戻るんだな」
「はいはい。分かりましたよ」
肩をすくめたアルマンが個室を出て行く。出がけにしっかりと「それじゃあ、また」とウィンクをしていくのに、マリアは思わず笑ってしまった。
気詰まりのするほど沈黙があった個室だが、アルマンのおかげで少しでも空気が緩んだ。そう感じてマリアはほっと息を吐く。
だがルカリオは、そんなマリアをじっと見つめていた。
◇
目の前でため息を吐いた女を、ルカリオはじっと観察していた。
アルマンが部屋に入ってきた時、ルカリオはマリアが結婚した事を告げるだろうと思っていた。少なくとも「子供ができていれば」という言葉が出た時には、マリアが妊娠を告げるだろうと思っていた。
だが彼女は口にしなかった。
なぜだ?
疑問は消えない。アルマンはルカリオにとっては古い友人である。別段ルカリオに対して強制力がある存在ではないが、彼が認める人間の一人ではあるのだ。
アルマンが結婚を知れば、恐らくはこの街に住むルカリオの知り合いにすぐに広まっただろう。それはマリアも良く知っていたはずだ。
「……マリア。そろそろ帰るかい?」
痩せたとはいえ、彼女はひどく魅力的に見えた。
不意に口をついて出たのは家に帰ろう、という言葉。虚を突かれたのか驚いた顔をしたマリアは、コクリと頷いて見せる。それは幼子のような稚い仕草で、彼女の清楚さを際立たせる。
「では、そろそろ帰ろうか」
マリアの手を掴んでエスコートしつつ、ルカリオはこの後の事だけを考えていた。
マンションに帰ったルカリオは、掴んだままだったマリアの腕を引いた。
戸惑った表情のマリアがされるがままに、ルカリオの腕の中にその身体を収めた。ほのかに薫る香水。髪に顔を埋め、キスを落とす。
「あの……ルカ?」
戸惑った声で確かめるように自分に触れるマリアに、ルカリオは知らず唇の端を上げていた。
薄いドレスの上からマリアの身体をなぞる。ぶるりと震えたマリアは、ぎゅっとルカリオにしがみついた。
いつもの事だ。マリアは本当に簡単に燃え上がる。ルカリオの指先だけで、幾度となく達するのだ。驚くほど敏感な身体の持ち主である彼女は、けれども性的な事柄にはひどく無垢だった。
だから彼女の反応は全て自分が一から仕込んだ物。そう考えていたルカリオにとって、彼女の身体を別の男が共有していたという事実は、酷く不愉快な物だった。
現在の彼女には常に監視が付いており、男と会うような事もない。つまるところ、現在の彼女は髪の先から足の先までルカリオだけの物だった。
ベッドに横たえられたマリアが荒い息で胸を上下させるのを見ると、それだけでルカリオは興奮していた。
「マリア……」
「あ、あの、ルカリオ……!」
考えてみれば、結婚してから初めてベッドを共にするのだと気付いたルカリオは、マリアの半開きになった唇に吸い付いて笑った。
「今晩が僕たちの初夜だな」
マリアの体に負担をかけないように気遣いながら、ルカリオは彼女の身体に没頭するのだった。
これくらいならR15で収まるでしょうか……。
恋愛ジャンル日間ランキング47位に瞬間的にですが食い込んでいました。
ありがとうございました。