物心ついた頃からパンプキン・ヘッドでした(物理的に)
「申し訳ないが。私が君を愛すことはないだろう」
そう冷然と一言。
初夜の寝室で。
開口一番、ジャクリーンは、5歳年上の夫に言い渡された。
夫の名は、ウィルフレッド=バートレット。
由緒正しい侯爵家の当主であり、国王の信任厚い、優秀な騎士である。
それゆえ、彼は、近年増加する魔物や野盗から国土を守護するため、国境沿いにある広大な土地へと領地替えされた。王都に別邸を残した状態で。
けれど、彼は独身で、いつ何時、命の危険があるやもしれぬ任務だったため、上層部から、赴任に合わせて身を固めることを勧められた。
他に想う恋人など無かったウィルフレッドは、これを、二つ返事で「承知しました」と受け入れた。
そもそも、当主の嫡男であった彼は、結婚など「家同士で結ぶもの」として、「きっと見合いになるだろう」と幼少期から覚悟していたくらいである。
そうして、彼は、成人した際に、体を悪くした父から爵位を譲り受けた。
その父への孝行も含め、そろそろ結婚しなければ、とすら考えていたのだ。
ゆえに、よほど難ある相手でない限りは、誰でも良かった。
とはいえ――。
「感謝はしているのだ。多くの令嬢は『物騒な辺境へは下りたくない』と、私との縁談を断ってきた。――その中で。唯一、君の御父上、フルブライト伯爵だけが、『是非、我が娘を』と手を挙げてくださった」
告げた後、ウィルフレッドは、ふう、と大きな溜息をついた。
「だが――」
ギリ、とその拳に力が籠る。
その手には、黒いヴェールが握り締められていた。
それは、ジャクリーンが常日頃から身に着けているものだった。
「流石に。そのような異形の花嫁は――」
ちら、と見るウィルフレッドの視線の先には、白い夜着姿で、ちょこんとベッドに正座する妻、ジャクリーンの姿が。
されど、その頭部は、鮮やかなオレンジ色のどてカボチャであった。
「……」
ジャクリーンはまったく動じていなかった。
ただ、じっと、姿勢を崩さずにいる。
果たして、そのカボチャ頭の前面には、目と鼻と口があった。
まさに、ハロウィンのランタンのような、あの容貌。
一見くり貫かれたかの様子なのに、その下は真黒な闇で人間の目鼻立ちなど見えない。
「そうですか……」
淡々と答えるジャクリーンに、ウィルフレッドは、思わずクッと歯噛みして、下を向く。ジャクリーンもそれにつられるように、静かにうつむいた。
(……まあ。当然よね)
実のところ、ジャクリーンは覚悟していた。
【この頭】は、彼女が幼い頃に【神隠し】に遭った結果、こうなったのだが。
それでも慈しんでくれた生母は、早々に亡くなって。
その後、父が迎えた後添えには虐待された。
父は実娘であるジャクリーンに愛情が無い訳ではなかったが。
ただ、薄気味悪い娘だとは思っていた。
そして、継母は、嫁いできてからすぐに、愛らしい娘を産み。
両親は、その新しい子の方ばかり可愛がった。
異母妹もまた、カボチャ頭の姉など「気持ち悪い」と言って、甚だ嫌悪した。
ただ、亡き母の遺言もあり、父はジャクリーンを決して捨てることはなく。
代わりに、本邸とは別棟に彼女を幽閉した。
しかして、彼女が年頃を迎えると、親類知己から縁談を囁かれるようになって。
かといって、流石に、この異形の娘を身近な相手へは嫁がせられないので。
「辺境行きが決まっている、縁談を断られてばかりの侯爵がいる」というのは、父にとっては、渡りに舟、といったところだった。
果たして、このウィルフレッド=バートレット侯爵は――。
絹鼠の髪に翠玉の瞳をした美男子であったが。
いかんせん、彼は、堅物すぎるうえ寡黙であったため、黙っていると、「恐い」「冷たそう」と、令嬢らに忌避されることが多かった。
「その……なんというか。私も、『人間、見た目ではない』とは、常々理解しているつもりなのだが。かような者と、あいまみえたのは初めてで――」
「いえ。わたくしが旦那様でも、きっと、同じことを申したと思います」
ピンと背筋を伸ばして、ジャクリーンは夫に言う。
なぜなら、ジャクリーンにとっては、唯一の身内である父や、継母・異母妹らの方が、もっと酷かった。
保身のために無関心を装う実父に、「おまえなどいらないのよ」と罵倒する継母、「死ねばいいのに」などとこきおろしてくる異母妹。数々の嫌がらせ。
また同伯爵家に仕えていた使用人らなど、さもありなん。
異形の令嬢を「あれは、きっと妖精の取り換え子か何かで。本当のお嬢様は、もう、とっくにお亡くなりなんだ」と噂して、「バケモノ」と陰口を叩いていた。また、継母らの手下として、その悪事の片棒を担いでいた。
それら屋敷ぐるみでおこなわれた苛烈なイジメから逃れるように、ジャクリーンは、ずっと陰で息を潜めるように生きてきたのだから。
この初対面の夫の「愛せない」発言など、今更というか、どうでもよい。
適当に聞き流せば良いのだ。
元から愛情を求めなければ、それ以上、傷つくこともない。
その潔い姿にウィルフレッドは目を丸くした。
「つらくはないのかね? 初夜に夫に拒まれているのだぞ」
「はあ。ですが、別に『離縁したい』とおっしゃられている訳ではないのですよね?」
「まあ、それは――。婚礼を挙げたその日に離縁など。外聞が悪いであろうし」
「わたくしとしましては、屋敷を追い出されないのであれば、どうとでも」
「随分とあっさりしているのだな」
「わたくしには、帰る場所などございませんから」
「……」
スンとした様子で答える妻に、ウィルフレッドも頭を抱えた。
新妻の頭部は全く物理的にカボチャなので、その表情など皆目伺い知れない。
珍妙であるのは間違いないのだが。そこまで嫌悪感もなく。むしろ、滑稽にさえ見える。それなのに、彼女の堂々とした態度が、「笑ってはいけない」「丁重に向き合わねばならない」と。そう思わせる気風があった。
「こんな気味の悪い女と枕を並べるのは、ご不快でしょう? ですから、今宵、わたくしは、あちらのソファで」
ジャクリーンはベッドとは反対側にあるソファを手で指し示す。
ウィルフレッドは、また、「はあ」と大きな溜息をついた。
「いや。私がソファで休もう。このベッドは君が使いなさい」
「お優しいんですね」
「まさか。その頭でソファは大変だろう? 騎士たるもの、婦人には礼節を尽くさねばならない。それがたとえ、君のように奇異なる頭をしている女人でも。ゆえに、これは、ただの義務だ」
「ご立派です。わたくしも、左様な旦那様を誇りに思います」
ペコリとジャクリーンは頭を下げた。
ウィルフレッドもこくりと頷く。
お互い、ソレが世辞だと理解し、とりたてて言及もしなかった。
とはいえ、ウィルフレッドは、「今年で18歳という割には、達観した娘だ」といささか関心した。
そうして、ジャクリーンもまた。
(特に理由を訊くでもなく。異形のわたくしを罵ることもなく。ありのまま受け入れるなんて。ずいぶん、変わった御方)
ほんの少しだけ、この愛想のない夫に興味が湧いた。
<あとがき>
既に、お察しの御方もいらっしゃるでしょうが。
このお話は、ハロウィン当日に投稿しようと考えていたものでした。
けれども、思い立ったのが前日の10/30(金)で。
それから、設定を詰め、構成を練っていたら、思いのほか結構なボリュームになってしまって。
短編としては、「3万字くらいがギリギリかな?」と感じつつ、どれくらいの分量になりそうか、いまだ判断がつかず。
読みやすさの観点からすると、「分けた方が良いのではないか」となり――。
とはいえ、「短編で連作形式もかえって読みづらいのでは?」と。
じゃあ、「短めの連載にするか」というところに落ち着きました。
けれども、この手の時事ネタは鮮度が重要というか。ハロウィンから離れすぎた日に出すのもどうかと思い――。
とりあえず、「お試し版」で冒頭だけ短編で出してみようかな、と。
思い切って、「読み切り」でもおかしくない程度に編集し直しました。
なので、元々執筆を進めていた方は、結末まで書き上がり次第、短期連載にしようかと考えています。
もし、お気に召された御方がいらっしゃいましたら、そちらも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
(連載版を開始しましたら、こちらでも告知いたします)
26/11/02(月) 戸埜前 遥宇 〔拝〕




