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物心ついた頃からパンプキン・ヘッドでした(物理的に)

掲載日:2026/11/02

「申し訳ないが。私が君を愛すことはないだろう」


 そう冷然と一言。

 初夜の寝室で。


 開口一番、ジャクリーンは、5歳年上の夫に言い渡された。


 夫の名は、ウィルフレッド=バートレット。

 由緒正しい侯爵家の当主であり、国王の信任厚い、優秀な騎士である。


 それゆえ、彼は、近年増加する魔物や野盗から国土を守護するため、国境沿いにある広大な土地へと領地替えされた。王都に別邸(タウンハウス)を残した状態で。

 けれど、彼は独身で、いつ何時(なんどき)、命の危険があるやもしれぬ任務だったため、上層部から、赴任(ふにん)に合わせて身を固めることを勧められた。


 他に想う恋人など無かったウィルフレッドは、これを、二つ返事で「承知しました」と受け入れた。


 そもそも、当主の嫡男であった彼は、結婚など「家同士で結ぶもの」として、「きっと見合いになるだろう」と幼少期から覚悟していたくらいである。

 そうして、彼は、成人した際に、体を悪くした父から爵位を譲り受けた。

 その父への孝行も含め、そろそろ結婚しなければ、とすら考えていたのだ。


 ゆえに、よほど難(・)あ(・)る(・)相(・)手(・)で(・)な(・)い(・)限(・)り(・)は、誰(・)で(・)も(・)良かった。


 とはいえ――。


「感謝はしているのだ。多くの令嬢は『物騒な辺境へは下(くだ)りたくない』と、私との縁談を断ってきた。――その中で。唯一、君の御父上、フルブライト伯爵だけが、『是非、我が娘を』と手を挙げてくださった」


 告げた後、ウィルフレッドは、ふう、と大きな溜息をついた。


「だが――」


 ギリ、とその拳に力が籠る。

 その手には、黒(・)い(・)ヴ(・)ェ(・)ー(・)ル(・)が握り締められていた。

 それは、ジャクリーンが常(・)日(・)頃(・)か(・)ら(・)身(・)に(・)着(・)け(・)て(・)い(・)る(・)も(・)の(・)だった。


「流石に。そ(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)異形の花嫁は――」


 ちら、と見るウィルフレッドの視線の先には、白い夜着姿で、ちょこんとベッドに正座する妻、ジャクリーンの姿が。

 されど、その頭部は、鮮やかなオレンジ色のど(・)て(・)カ(・)ボ(・)チ(・)ャ(・)であった。


「……」


 ジャクリーンはまったく動じていなかった。

 ただ、じっと、姿勢を崩さずにいる。


 果たして、そのカボチャ頭の前面には、目と鼻と口があった。

 まさに、ハ(・)ロ(・)ウ(・)ィ(・)ン(・)の(・)ラ(・)ン(・)タ(・)ン(・)のような、あ(・)の(・)容貌(かたち)。

 一見くり貫かれたかの様子なのに、その下は真黒な闇で人間の目鼻立ちなど見えない。


「そうですか……」


 淡々と答えるジャクリーンに、ウィルフレッドは、思わずクッと歯噛みして、下を向く。ジャクリーンもそれにつられるように、静かにうつむいた。


(……まあ。当(・)然(・)よね)


 実のところ、ジャクリーンは覚悟していた。

 【この頭】は、彼女が幼い頃に【神隠し】に遭った結果、こ(・)う(・)なったのだが。


 それでも慈しんでくれた生母は、早々に亡くなって。

 その後、父が迎えた後添えには虐待された。

 父は実娘であるジャクリーンに愛情が無い訳ではなかったが。

 ただ、薄(・)気(・)味(・)悪(・)い(・)娘(・)だとは思っていた。

 そして、継母(ままはは)は、嫁いできてからすぐに、愛らしい娘を産み。

 両親は、その新しい子の方ば(・)か(・)り(・)可愛がった。

 異母妹もまた、カボチャ頭の姉など「気持ち悪い」と言って、甚(はなは)だ嫌悪した。


 ただ、亡き母の遺言もあり、父はジャクリーンを決して捨てることはなく。

 代わりに、本邸とは別棟に彼女を幽(・)閉(・)した。


 しかして、彼女が年頃を迎えると、親類知己から縁談を囁(ささや)かれるようになって。

 かといって、流石に、この異形の娘を身近な相手へは嫁がせられないので。

 「辺境行きが決まっている、縁談を断られてばかりの侯爵がいる」というのは、父にとっては、渡(・)り(・)に(・)舟(・)、といったところだった。


 果たして、このウィルフレッド=バートレット侯爵は――。

 絹鼠(きぬねず)の髪に翠玉(すいぎょく)の瞳をした美男子であったが。

 いかんせん、彼は、堅物すぎるうえ寡黙であったため、黙っていると、「恐い」「冷たそう」と、令嬢らに忌(・)避(・)されることが多かった。


「その……なんというか。私も、『人間、見た目ではない』とは、常々理解しているつ(・)も(・)り(・)なのだが。か(・)よ(・)う(・)な(・)者(・)と、あいまみえたのは初(・)め(・)て(・)で――」

「いえ。わたくしが旦那様で(・)も(・)、きっと、同(・)じ(・)こ(・)と(・)を申したと思います」


 ピンと背筋を伸ばして、ジャクリーンは夫に言う。


 なぜなら、ジャクリーンにとっては、唯一の身内である父や、継母・異母妹らの方が、もっと酷かった。


 保身のために無関心を装う実父に、「おまえなどいらないのよ」と罵倒する継母、「死ねばいいのに」などとこきおろしてくる異母妹。数々の嫌がらせ。

 また同伯爵家に仕えていた使用人らなど、さもありなん。

 異形の令嬢を「あれは、きっと妖精の取り換え子か何かで。本当のお嬢様は、もう、とっくにお亡くなりなんだ」と噂して、「バケモノ」と陰口を叩いていた。また、継母らの手下として、その悪事の片棒を担いでいた。


 それら屋敷ぐるみでおこなわれた苛烈なイジメから逃れるように、ジャクリーンは、ずっと陰で息を潜めるように生きてきたのだから。


 この初対面の夫の「愛せない」発言など、今更というか、ど(・)う(・)で(・)も(・)よ(・)い(・)。

 適当に聞き流せば良いのだ。

 元(・)か(・)ら(・)愛情を求(・)め(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)、それ以上、傷(・)つ(・)く(・)こ(・)と(・)も(・)な(・)い(・)。


 その潔い姿にウィルフレッドは目を丸くした。


「つらくはないのかね? 初(・)夜(・)に夫に拒(・)ま(・)れ(・)て(・)いるのだぞ」

「はあ。ですが、別に『離(・)縁(・)し(・)た(・)い(・)』とおっしゃられている訳で(・)は(・)な(・)い(・)のですよね?」


「まあ、それは――。婚礼を挙げたそ(・)の(・)日(・)に離縁など。外聞(がいぶん)が悪いであろうし」

「わたくしとしましては、屋敷を追い出されないのであれば、ど(・)う(・)と(・)で(・)も(・)」


「随分とあ(・)っ(・)さ(・)り(・)しているのだな」

「わたくしには、帰る場所などご(・)ざ(・)い(・)ま(・)せ(・)ん(・)から」


「……」


 スンとした様子で答える妻に、ウィルフレッドも頭を抱えた。


 新妻の頭部は全く物(・)理(・)的(・)に(・)カボチャなので、その表情など皆目(かいもく)伺い知れない。

 珍妙であるのは間違いないのだが。そこまで嫌悪感もなく。むしろ、滑稽(こっけい)にさえ見える。それなのに、彼女の堂々とした態度が、「笑ってはいけない」「丁重に向き合わねばならない」と。そう思わせる気風があった。


「こんな気(・)味(・)の(・)悪(・)い(・)女(・)と枕を並べるのは、ご(・)不(・)快(・)でしょう? ですから、今宵、わたくしは、あちらのソファで」


 ジャクリーンはベッドとは反対側にあるソファを手で指し示す。

 ウィルフレッドは、また、「はあ」と大きな溜息をついた。


「いや。私がソファで休もう。このベッドは君が使いなさい」

「お優しいんですね」


「まさか。その頭でソファは大変だろう? 騎士たるもの、婦人には礼(・)節(・)を(・)尽(・)く(・)さ(・)ね(・)ば(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)。それがたとえ、君のように奇(・)異(・)な(・)る(・)頭をしている女(・)人(・)でも。ゆえに、これは、ただの義(・)務(・)だ」

「ご(・)立(・)派(・)です。わたくしも、左様な旦那様を誇(・)り(・)に思います」


 ペコリとジャクリーンは頭を下げた。

 ウィルフレッドもこくりと頷く。


 お互い、ソレが世(・)辞(・)だと理解し、とりたてて言及もしなかった。


 とはいえ、ウィルフレッドは、「今年で18歳という割には、達(・)観(・)し(・)た(・)娘(・)だ」といささか関心した。


 そうして、ジャクリーンもまた。


(特に理由を訊くでもなく。異形のわたくしを罵(のの)ることもなく。あ(・)り(・)の(・)ま(・)ま(・)受け入れるなんて。ずいぶん、変(・)わ(・)っ(・)た(・)御(・)方(・))


 ほ(・)ん(・)の(・)少(・)し(・)だ(・)け(・)、この愛想のない夫に興味が湧いた。

<あとがき>

 既に、お察しの御方もいらっしゃるでしょうが。

 このお話は、ハロウィン当日に投稿しようと考えていたものでした。


 けれども、思い立ったのが前日の10/30(金)で。

 それから、設定を詰め、構成を練っていたら、思いのほか結構なボリュームになってしまって。


 短編としては、「3万字くらいがギリギリかな?」と感じつつ、どれくらいの分量になりそうか、いまだ判断がつかず。

 読みやすさの観点からすると、「分けた方が良いのではないか」となり――。

 とはいえ、「短編で連作形式もかえって読みづらいのでは?」と。

 じゃあ、「短めの連載にするか」というところに落ち着きました。


 けれども、この手の時事ネタは鮮度が重要というか。ハロウィンから離れすぎた日に出すのもどうかと思い――。

 とりあえず、「お試し版」で冒頭だけ短編で出してみようかな、と。

 思い切って、「読み切り」でもおかしくない程度に編集し直しました。


 なので、元々執筆を進めていた方は、結末まで書き上がり次第、短期連載にしようかと考えています。


 もし、お気に召された御方がいらっしゃいましたら、そちらも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

(連載版を開始しましたら、こちらでも告知いたします)


 26/11/02(月)  戸埜前 遥宇 〔拝〕

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