第6話:親子
避難所の受付で、りこの両親も親戚も見つからなかった。
職員たちは丁寧に書類を確認し、捜索の手続きを進めてくれたが、手掛かりはどこにもない。
「……やっぱり、まだ見つからないか」
小さく溜息をつく私の腕に、りこはしがみついたまま離れようとしない。
「なぎ!ずっといっしょっていったのに…!」
小さな声が絶叫に変わり、りこの泣き声は施設の静かな空間に響いた。職員たちも手を焼くほどだった。
私はそっと紗夜に視線を送る。
眉をひそめ、呆れたように彼女が肩をすくめる。
「……こうなると思ったけどね」
結局、紗夜はため息混じりに肩をすくめて言った。
「好きにしなさい。なぎが面倒見るなら、それでいい」
私は小さく頷き、りこの小さな手を握り返す。
「大丈夫、りこちゃん。これからずっと一緒よ」
施設での手続きは思ったよりも時間がかかった。
職員たちは淡々と、だが丁寧に書類を確認していく。
「こちらの書類に署名をお願いします」
「わかりました」
私はりこの小さな手を握り、もう片方の手で書類にサインする。
りこは初めは少し緊張したように、でも私の腕にしがみついたままだった。
「……なぎ、ずっといっしょ?」
その小さな声に思わず微笑む。
「うん、ずっと一緒よ」
職員の手続きが一通り終わると、りこは少し安心した表情を見せる。
でもまだ、不安は完全には消えていない。
「なぎ……ママとパパは?」
質問に答えることは、まだりこの世界では少し残酷すぎる。
私は優しく、でも誠実に答えた。
「りこちゃんのママとパパは、まだ見つかってないの」
なんで?といった顔に胸が張り裂けそう。
「でも大丈夫」
だからこそ、私の感情が強くなる。
「なぎが一緒にいるから、ね」
りこの小さな肩が震える。
そして、少しの間だけ涙をこぼした。
紗夜がそっと傍に寄り、手をりこの頭に置く。
「私たちが守るから。怖がらなくていいのよ」
その言葉にりこは、かすかにうなずき、私の腕の中で小さく息をつく。
やっと、ほんの少しだけ安心した表情を見せた。
紗夜は相変わらず、最後に全部さらっていく。
手続きの書類をしまい、施設を出る。
外にはもう昼の光が街を優しく暖めていた。
「行こうか、りこちゃん」
私はバイクの座席に彼女を抱え、紗夜がエンジンをかける。
微かに冷たい風が吹きつける。
だが、りこの体は私にしっかりと寄り添っている。
りこはまだ小さな体で不安を抱えている。
でも、その瞳には、少しずつ希望の光が宿っていた。
これからの日々は簡単ではないかもしれない。
でも、私は知っている――りこは、私がいないと駄目だ。
事務所のドアを開けると、落ち着いた光が室内を満たしていた。
紗夜の実の母親、私の養母――社長は応接室で書類に目を通していた。
彼女は私たちを見つけると柔らかく顔を上げた。
「紗夜、凪、帰ってきたのね」
軽く微笑み、立ち上がる。
りこは私の腕にしがみつき、小さな瞳を社長に向ける。
初めて会う大人に少し緊張しているのがわかる。
「こんにちは、りこちゃん」
社長は膝をついて、りこと目線を合わせる。
「この子が紗夜が言ってた子ね。ここは安全な場所だから、怖がらなくて大丈夫よ」
りこは少しだけ私の腕から手を伸ばし、社長の指先に触れる。
その温かさに体がわずかに緩む。
「ほら、ね?」
私は微笑みながら手を握り返す。
「この人は私のお母さんでもある」
「なぎのママ?」
「うん、そうよ」
りこは私と社長を交互に見る。
「……にてない」
「ふふ、りこちゃん。私たちは本当の親子じゃないの」
りこはよく分からないのか、再び私達を見る。
「でもね、本当の親子よりもずっとずっと強い思い出で繋がってるのよ」
「おもいで……」
社長は優しい声で続ける。
「これからはみんなでりこちゃんを守るからね。安心していいのよ」
りこは小さく頷き、まだ私の腕に顔を埋めながらも、社長の存在を受け入れ始めた。
その瞬間、りこがぽつりと小さな声でつぶやく。
「……ゆき、ふるよ」
私は思わず顔を上げるが、周囲にはまだ穏やかな日差し。
それどころか、今の季節は春だ。
社長も不思議そうに眉をひそめるが、特に動揺は見せず、ただりこの小さな手を軽く握った。
私はりこの口元や微かな息遣いを見つめる。
ただの思いつきではない――何かを“感じ取って”いるような、そんな違和感が胸の奥に残った。
まだはっきりとはわからない。
でも、これから先、りこの小さな呟きが、私たちに大きな意味を持つことになるのだろうと、漠然と予感する。
微かに日差しが室内に差し込み、三人の影が静かに伸びていく。
新しい日々の始まりを、誰もがまだ知らないまま迎えていた。




