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ダンジョンは夜に舞い降りる  作者: くろのわーる


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第4話:欠片



 大型ホラーを仕留めた私は行きと変わらない足取りでタープへと戻る。


 その際、横に立つ隊長さんのゴーグルは私を捉えて離さなかった。


「お疲れ様、はいこれ」


 紗夜は女の子を物のように渡してくる。


 根は優しくて、面倒見が良いのにこういうところが……。


「何?なにか言いたそうな顔ね」


「いえ、何も……」


 大人しく受け取ると、今度は隊長が目の前に立つ。


 その気配で女の子がビクッと震えた。


 隊長は一目だけ女の子を見ると背筋を正すような姿勢で、静かに口を開く。


「……お前、あの弓さばきは……普通じゃないな」


 その視線は、凪の紅く光る瞳をしっかり捉えている。


「見たところ、あの大型を弓の一撃で止めた……一体、何者だ?」


 銃が効かなかった大型ホラーを弓の一射で仕留めたのだ。


 隊長の驚きと疑問は当然だった。


 私は少し目を伏せ、しかし声は落ち着いて答える。


「……ただ、見えるだけです。敵の核が、弱点が」


 隊長は眉をひそめながらも納得したように頷く。


「なるほど……弱点を見抜く目ウィークネスサイトか。噂には聞いていたがいや、まさかここまでとは」


 その声には驚きと、どこか認めるような響きがあった。


 紗夜が私の肩を叩き、笑みを浮かべる。


「ほら、私が言った通り、凪に任せとけば、大丈夫だったでしょ?」


 私は女の子に視線を戻す。


 小さな手が私の腕にしっかりと絡まっている。


「……ごめんね。もう大丈夫だから」


 その言葉に、隊長も少し目を細める。


「お前、変身者シェイプシフターか……」


 その言葉で私の動きが止まった。


 タープの外では、まだホラーの残骸と戦場の余韻が残る。


 変身者シェイプシフター、それはダンジョンホールを経験した、僅かな者だけに発現する細胞の変異。


 通常は紗夜のような自身を"加速"させたり、身体を強固にする"硬質"、人の力を超える"怪力"といった身体能力に直接寄与するものが一般的だが。


 私のようにちょっと変わった能力を身につけた者をシェイプシフターという。


「もし、良かったら……」


 シェイプシフターは稀有だ。


 その能力も、存在も……。


「悪いけど、うちの大切な従業員をナンパするのはそこまでにしてくれる」


 紗夜の目は笑っていない。


 一瞬の静けさ。


「……悪かった」


 形勢が悪いと思ったのか、隊長は引き下がる。


 その時、前線で再び怒号が飛ぶ。


「じゃあ、俺は戻るがいざって時は……また頼む」


 それだけ言うと足早に前線に向かう。


 紗夜はその背中を無言で見つめていた。


 しかし、この一瞬の静けさが、凪と紗夜の絆、そして周囲の信頼をより強固にする。


 凪の紅い瞳がわずかに光り、弓に手をかける。


「次が来ても……大丈夫」


 紗夜は少し吹き出しながら、でも真剣に頷く。


「うん、その自信……悪くないわね。でも帰ったら特訓だから」


 もう忘れていると思ったのに……こいうところが……。


「何?なにか言い訳でもあるの?」


「……ないです」


 こうして、戦闘後の短い休息の間にも、凪の特殊能力は周囲に確実に印象付けられた。


 ダンジョンホールに突入して、4時間が経過していた。


 街を覆っていた赤黒い膜は薄れていく。


 ほつれ始めた膜からは外界の空気が流れ込んでくる。


 その冷たくも新鮮な朝の風が生きる者達を撫でる。


「……今回も生き残った」


「そうね」


 腕の中には女の子が眠っていた。


 突発的に現れていたホラー達は鳴りを潜め、防衛線も張り詰めていた緊張感が霧散している。


「その子、どうするの?」


 紗夜は分かってて、聞いている。


「ここから出たら施設に……」


 途中で言葉が詰まる。


 女の子は小さく疲れた体でも必死に私の腕を掴んでる。


 顔には泣き腫らした涙の跡。


 どうしようもなく、昔の自分と重なる。


「それがいいわね」


 紗夜はこちらに視線を向けることもなく、足を組み替える。


「雨宮が母親代わりを出来るとは思えないわ」


 戦闘モードが解除されたのか、呼び方が戻ってる。


「……」


 彼女は懐から煙草を取り出すと手慣れた様子で火をつける。


 紫煙を上に向けて、ふぅーと吐き出す。


 その目は遠くを見ていた。


「……その顔、昔のあんたと同じよ」


 紫煙の向こうで、紗夜がぽつりと言った。


「……やっぱり……」


 女の子の手を優しく握る。


 ホントに小さな手。


 今も私の手を握り返してくる。


 この子を守るのは――顔に吹きかけられた煙で私は顔を顰めた。


「今は寝かせてあげなさい」


 紗夜の言葉に私の覚悟は呑み込まれた。


 吸い終わった煙草を地面に捨て、ブーツで踏み消す。


「まだ、その子の両親が死んだとは限らないわ」


 希望のように朝日が女の子の顔を照らし始める。


「さあ、夜が明けたわよ」


 彼女はお尻に付いた埃を払うと、共に激戦をくぐり抜けたバイクへと向かう。


 ホラー達の返り血も朝日が全て消していく。


 ホラーの残骸もここで亡くなった人々も一緒に。


 まるで夢だったように。


 ダンジョンホールに囚われた者はその死体すら残らない。


 生き残ったものしか、還ることが許されない。


 死者は存在ごと呑み込まれる。


 夜の災厄。


 だけど、この子は生き残った。


 朝日に照らされる顔には薄っすらと笑顔の欠片が浮かぶ。


 まだ、両親が生きているかもしれない。


 でも……この子を守るのは、私しかいない──そう思った。





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