第3話:赤い瞳
「凪!後少しでダンジョンホールの端よ!」
紗夜の言葉で前方を見れば、壁を作りホラー達に対抗する同業者達の姿。
この異界で異質なバイクの音に同業者達の目が向く。
「ツイてる!大手の奴らよ!」
うちとは段違いな組織力と装備を持つ、大手ハンター企業。
装甲車を何台も並べて、防衛線を張っている。
あの中に入れたら、私達の勝ちだ。
ただし、相手の都合は考えないものとする。
紗夜も同じ考えでバイクのハンドルを大きく切ると瓦礫へと向かう。
その進路に私はまたあれか……と、女の子を強く抱き締める。
瓦礫に乗り上げた衝撃、だけど勢いは止まらない。
襲いくる浮遊感。
空中から下を覗けば、唖然と口を開けて見上げる同業者達。
だがそんなマヌケ面も続かない。
紗夜が操るバイクが降ってくるのだから。
ズドンッ!
地面が揺れ、砂埃が舞い上がる。
「うわっ!?」「敵襲か!?」
サスペンションをフルに使っても、殺し切れない落下の勢いがお尻に伝わる。
「……っ!?」
武器を構える同業者達のど真ん中で、私は悶絶していた。
「な、なんだお前ら!?」
いきなり陣地の真ん中に降ってきた私達を同業者達が取り囲む。
「私達はあなた達と同じ同業者よ」
「だ、だからって、なんでバイクで降ってくるんだよ。今は戦闘中だぞ!」
最もな言い分だが、紗夜には関係ない。
「だからよ」
彼女はまだ悶絶している私を指差す。
「見てわからない?要救護者を確保したわ」
女の子は私の腕の中でまだ震えている。
「ここでダンジョンホールが解除されるまで保護してもらうわ」
豪快で強引な物言い。
絶句する同業者達を掻き分けて、ひとりの男が姿を現す。
「まだ、戦闘中だぞ!何の騒ぎだ!」
現れた男の声を聞いて、紗夜はほくそ笑む。
「隊長、こいつらがいきなり……」
部下が指差す先では紗夜が腕を組み、隊長と呼ばれた男をゴーグル越しに見据えていた。
「……またお前達かよ」
戦闘員が2人しかいない弱小企業である私達はこの手をちょくちょく使っている。
男は心底、疲れたように指示を出す。
「もういい、こいつらの相手は俺がする。お前らは持ち場に戻れ」
しぶしぶ戻る部下達を散らすと男が近付いてくる。
「なあ、うちは便利な道具じゃないんだ」
「あら、つれないのね……」
紗夜は口角を僅かに上げて、彼の耳元で囁く。
「あの事、言っちゃおうかしら」
「……」
指先でゆっくりと男の身体のラインをなぞる。
表情は変わらないが男の肩が揺れた。
この業界で生き残ってる者達は大体、面識がある。
当然、良い噂も悪い噂も流れやすいものだ。
「くそっ……好きにしろ!ただし、邪魔はするなよ!」
「ふふ、ありがと」
男は横目で見ていた部下達を今度こそ、持ち場に追いやると威厳を出すように肩で風を切って歩いていった。
「凪、いつまで悶えてるの?さっさと降りなさい」
紗夜の指示でバイクから降りるがまだ歩き方がぎこちない。
「あそこのタープを借りましょ」
彼女は先に歩き出し、豆電球がひとつ垂れ下がるタープ内に入る。
明かりはホラーを引き寄せる性質があるので最小限の灯りだ。
弾薬が入っていたと思われる空き箱を椅子代わりに座る。
スペースには余裕があるので隣に座るよう、軽く木箱を叩く。
私は女の子を抱えたまま、そこにゆっくりと腰を下ろす。
「何か飲み物を持ってくるぐらいの気の効いた奴はいないのかしら」
ここに来るまでにピンチは幾度もあった。
だから最もな意見だと思う。
女の子は小さい明かりで状況の変化に気付いたのか、私の顔を見上げていた。
「ここは……」
か細い声。緊張と恐怖で唇が乾いていた。
「ここはダンジョンホールの端、もう大丈夫よ」
「ママとパパは……」
優しく声を掛けるが女の子の発言に次の言葉が出てこなかった。
おそらく、この子の両親はもう死んでいる。
この子を掴む時、瓦礫の下敷きになっていた人らしきものを確認している。
それをまだ幼い子に告げるのは酷だ。
言葉に出来ない沈黙。
ますます自身の境遇と重なる。
女の子を抱く腕に力が入り、抱き締めていた。
湿っぽい空気を壊すように防衛線が騒がしくなる。
「くそっ!ヤバイぞ!もっと、弾幕を張れぇ!!」
前線で怒号が飛ぶ。
「今度の奴はデカいぞ!もっと人を集めろ!」
人が集まっていく、その先には大型のホラーが迫っていた。
大型ホラーは数多の銃弾を受けても怯むことなく、揺るぐことなく防衛線に近付いてくる。
「おい!お前達!ここはヤバイぞ!」
私達を心配してか、駆け寄ってくる人物がひとり。
鬼気迫る隊長の言葉にも私達2人は動じない。
「大丈夫よ、凪行ける?」
その言葉は凪に全幅の信頼を寄せていた。
私は無言で頷くと女の子を紗夜に渡す。
「行ってきます」
「おいおい!嬢ちゃんひとりでいったい……」
隊長の言葉を遮るように紗夜が手を上げる。
「黙って、見てなさい」
バイクに備えられた矢筒から一本だけ、引き抜く。
この矢は特注品。
これまで使っていた矢とは値段が違う。
その矢を確かめるように手に馴染ませる。
足取りはゆっくり、大型ホラーを見据えて前線に近付く。
大型ホラーは集合体なのか身体に複数の目がある。
表面には僅かに人の顔も浮かんでいる。
それぞれの目が意思を持っているか、縦横と忙しなく動く。
前線で防衛する人達から少し距離を取ったところで止まる。
その手に持つ矢を弓につがえると肩に寄せて、引き絞ぼる。
ひとりだけ違う戦場に立っているような。
凪の姿はこの戦場に似つかわしくない、凛々しい構え。
ゴーグル越しでは分からないが凪の瞳は紅く発色していた。
その瞳は大型ホラーの内側に隠された赤い核を見抜く。
熱とも光とも違う色が矢の先に集まる。
その目は弱点を見据えて。
「行きます!」
放たれた矢は赤い帯びを引き、一直線に大型ホラーの核に向かう。
矢が突き刺さった瞬間、核が爆ぜるように赤く光り、ホラーが動きを止める。
戦場に広がる一瞬の静寂。
銃撃の音も怒号も止んでいた。
嘆きの叫びを上げて、砂ぼこりとともに大型ホラーは崩れ落ちた。
明日からは毎朝7時に投稿します。
ブックマークや評価で応援いただけると、とても励みになります。
感想欄は閉じていますが、もし作品の感想をSNSで呟いていただけたらこっそり拝見して楽しんでいます。




