第2話:保護
ダンジョンホール内はホラー達が嘆きの声を上げる中、バイクのエンジン音だけが異質に響く。
「無駄撃ちしない!」
手持ちの矢を使い切り、バイクに備えつけられた矢筒に手を掛けたところで叱責された。
紗夜は器用にバイクを操作して、立ちはだかるホラー達を斬り捨てていく。
ホラーからの攻撃を受けないように"加速"の能力を使いながら。
「紗夜!右側から中型が一体来てる!」
塀を破壊しながら這い寄る中型ホラー。
裂けた顔からは低いうめき声が漏れ、腕を異様に伸ばしてこちらを捕えようとしている。
伸ばされた腕の手の平にある大きな目玉と目が合う。
「一発で仕留めなさい!」
無茶を言う。
私はまだハンターになって、半年。
弓は元々弓道をしていたから、それなりの歴がある。
けどバイク上からの発射など、彼女とバディを組むことになって、始めたことだ。
「外したら死ぬと思いなさい!いいわね!」
言葉は厳しいが彼女はバイクのスピードを落として、私が撃ちやすいように調整してくれる。
体勢を整えて、弓を肩ごしに引き絞る。
カーボンコンポジット弓のリムがしなる。
ゴーグル越しの彼女では黒い影にしか見えない。
夜目だけが捉える赤い核。
まるで血管を伝う電流のように、脈打ち瞬いている。
弓を引き絞ったまま、呼吸をひとつ。
バイクの振動に自身の鼓動を合わせる。
中型ホラーから伸ばされた腕はバイクごと押し潰そうと迫っていた。
手の平の大きな目玉は喰らうためか、口に変わる。
「まだなの!?」
紗夜の困惑さえ、今は遠くに感じる。
中型ホラーの腕がバイクにぶつかろうと迫る。
揺れる車体に体を預け、矢の軌道を微調整する。
バイクの振動に合わせて鼓動を刻み、息を止め、弓を引き絞ったまま狙いを定める。
伸ばされた手、その指の隙間に射線が通る。
(今!)
ヒュッ!!
私が放った矢はイメージ通りの軌道を飛び、ホラーの核へと突き刺さる。
赤い核に矢が突き刺さると、中型ホラーは低く呻き、腕の動きがピタリと止まった。
紗夜はハンドルを鋭く切り、ホラーの腕の下をバイクを傾けながら巧みにすり抜ける。
「帰ったら、猛特訓させるから」
彼女の言う通り、一射で仕留めたのに、紗夜は容赦なく次の動きへ。
理不尽さに思わず息をつめる自分がいた。
けれど、この容赦ないペースこそが、彼女と組む戦闘の現実だった。
紗夜は刀片手に相変わらず、ホラーを意図も容易く斬り捨てていく。
ホラーの間を滑るようにバイクで駆け抜け、すれ違い様に刀を振るう。
バイクが減速した次の瞬間、視界の端で小さな影が揺れた。
瓦礫の間に、肩まで埋まった小さな女の子。
泣きじゃくる声が、湿った異界の空気に響く。
体は震え、目は真っ赤に充血している。
まさに生きるか死ぬかの状況に自身の幼い頃が重なる。
「…紗夜、あそこ!」
「なっ!?子供!?親は何してたのよ!」
彼女の怒りは最もだった。
バイクを止める暇はない。
だが、このまま放っては置けない。
「チャンスは一度よ!絶対に掴みなさい!」
さっきも同じことを言ったばかりなのに……。
紗夜はホラーを蹴散らし、ギリギリまでバイクを女の子に寄せる。
すれ違う瞬間、体を倒し固定ベルトが限界まで伸びる。
ギシッと鳴るベルトの固定台。
腕に女の子の体重が乗り、体勢を維持するのが難しい。
痛いくらいに腰にベルトが食い込む。
……身体が起こせない!
このままでは私ごと引き摺られる!?
目の前に迫る地面への恐怖で心臓が早鐘を打つ。
駄目だと思った時、紗夜の機転でバイクは車体を逆に傾け、慣性が味方する。
その反動で身体を起こすと掴んでいた幼女を抱きかかえる。
小さな体が硬直して、わずかに重く感じる。
女の子は何が起こったのか、分かっていない。
振り返ると夜目が捉える赤い影――まだ、異形の気配はそこら中に残っている。
風に乗って響く、低い嘆きは止まない。
けれど、矢筒の残りは心許ない。
バイクの振動と鼓動を同期させながら、紗夜は脱出ルートを頭の中で確認する。
「このまま、ダンジョンホールの端まで行く!」
そこなら同業者達がいるからここよりも安全だ。
全身を震わす女の子。
この子は今、暗闇の中にいる。
「怖くない、大丈夫。私たちが守るから」
幼女の頭を優しく抱き寄せる。
離脱を決めた紗夜の加速と斬撃は激しさを極め、ホラー達の間を縫って走る。
少しでも彼女を補助する為に体重移動を意識して。
この夜、私たちは戦うだけじゃなく、“守る者”になっていた。
次話は19時です。




