3 一目惚れ
公爵様とお父様はびっくり仰天で、もちろん一番驚いたのはわたしだけれど、もうそのあとは何が何だか全然覚えていない。
それでなぜかわたしは今、シアルト様とふたりきりでウィルフォード家の見事な庭園を歩いている。
「シャールトン令嬢、ディライラ嬢と呼んでも?」
それまで黙ってわたしをエスコートしていたシアルト様が、数えきれないほど立派に咲き誇っている薔薇のアーチの前で、立ち止まって口を開いた。
わたしはなんて答えればいいかわからず、俯いたまま、
ーーシアルト様、声まで素敵なのね。わたし、このくらいの、少し高めの優しげなのが好きだもの。
と現実逃避。
「……シャールトン令嬢?」
彼がわたしの顔を覗き込んだ。
ーーなんだか、彼からいい香りがする。香水でもつけているのかしら…
目が合った。本当に美しいペリドット・グリーンだ。思わず感嘆のため息をあげてしまう。
「……シャールトン令嬢、願わくば、その美しい顔を僕によく見せてほしいな」
と、耳元で囁かれた。
ギャーーーーーー!!はぁぁ、なんて素敵な声なの!もう少しで腰が抜けるところだ。
……って、なんて返せばいいの?前世でもコミュ症で、男の人となんて碌に話したことがないから、どうすればいいか全然わからない。
前世の知識なんて、使い物にならないわ。どんどんパニックになってくる。
でもなにか返さないと。彼がじっとわたしを見ているもの……。
「……あの、その、ディライラでかまいません。
わたし、その……家族以外の方と話したことがないんです。……緊張してしまって、ごめんなさい」
なにもしていないのに、なぜか目が涙っぽくなってくる。顔を隠すように余計に俯いてしまう。
ーーだめ、絶対だめよ、ディライラ。こんなところで泣くなんて、意味がわからないもの。
「そんな、謝らないで。僕の方こそ、いつも無愛想だと言われるんだ」
「…うそっ、ウィルフォード様が?」
シアルト様の発言に驚いて、顔をあげてしまった。
また、目が合った。彼が口角が上がって、優しく微笑まれる。
「ああ、やっとディライラの顔がみえた。…かわいい」
かっ、かわいい……??男の人にそんなことを言われたのは、前世含めて初めてである。
すぐに顔が赤くなってしまう。我ながらチョロすぎない?
ーーシアルト様は、かわいいってよくいうのかしら?誰に?もちろん女の子たちに。……そりゃあ、彼はすっごく見目麗しいから、モテるんでしょうけど……初対面の女の子にそんなこと言うなんて、やっぱり軽薄なタイプ?
って、わたしなにを考えて……でもさっき彼に……彼に……
「……ディライラはどうしてそんなに難しい顔をしているのかな?もしかして、僕があまりに急に求婚したから?…それとも、やっぱり僕では…」
「ち、違います。……違うんです。お、男の人にかわいいって、い、言われたの初めてだから…」
彼が目を丸くした。
「こんなに、女神の様に美しく、天使の様に可憐なあなたが?…ああ!そうか、ディライラは家族以外の人と話すのは初めてなんだったね。うん、ディライラはとびきりかわいい。君みたいな子、今まで見たことがないよ」
そう言って、また微笑まれた。彼が笑うと目が三日月になって、目の横に小さくしわができる。
ーーすごく優しそうな笑顔。……うわ、ダメだ。ほんとに駄目。まさにわたしのどタイプすぎるんだけど…。
でもでも、だめだめ!!ディライラ、あなた、気づいてるでしょ?どんなにシアルト様があなたの好みでも、あなたの好みのスパダリ優男系とあなたは絶対、合わないのよ!!
だってあんた、愛がおっもい、ヤンデレじゃない!!!このままじゃ悪役令嬢まっしぐら、あんたが破滅するわよ!!!!!
その瞬間は、わたしはどんどん口調が前世の頃に戻っていくのにも、全然気がつかなかった。
「大丈夫、緊張しないで、ディライラ。ところで、ねえ、どうか僕のことはシアルトと呼んでほしいな。どうかな?」
もうっ!!そんな笑顔で微笑まないでよ!!!!
どうせあんたみたいなタイプは、誰にでも優しいのよ。わたしがそんな人といたら……
ーーあ、また会話が中断してしまっていたわ。話すことさえまともにできないなんて、思われちゃったらどうするのよ、ディライラ。
「も、もちろんです、シアルト様」
「敬称もつけないでほしいけど、うん、まあ今のところはいいや。……それで、先ほどのことだけれど、ディライラはどう考えてる?僕の婚約者になってくれる?」
「……そ、その、わたしたち、まだ初めてお会いしたばかりですし……」
わたしが心の声とは正反対のか細い声で返事をすると、彼に被せ気味に
「ああ、そうだよね。だからもちろん、婚約期間中に、たくさん会ってお互いのことを知ろう。君がどうしてもというなら、そのとき考えればいい」
……婚約破棄について考えるかもしれないんだ。
そりゃ、わたしは明らかに悪役令嬢だろうしね。
そう思って思わず唇を噛むと、そのとき、わたしと向き合って立っていたシアルト様の両の手が伸びてきた
ーーわたしのあごに。そして彼の方に顔を向けられる。
ーーこっ、これって!恋愛偏差値0のわたしでもわかるっ!!少女漫画の定番・顎クイではっ?!!!
彼のペリドットの瞳が揺れている。
なんだかとても切実さを感じる瞳に一心に見つめられて、どんどん体も顔も熱くなってきて、、
「ディライラ、僕は君に一目惚れしてしまった。僕はこれから君をなによりも優先して、誰よりも大切にすると誓うよ。だからどうか、前向きに考えて欲しい」
……もうすでに大好きになってしまった、あのとびきりの輝く微笑みと共に。




