1 婚約者
わたしは今、すごく緊張している。
なぜなら今日は、わたしの婚約者となる殿方との、初めての顔合わせの日だから。
わたしことディライラ・シャールトンは今年で12歳の、シャールトン公爵家の末のひとり娘。
家族は、お父様とお母様、未婚の叔母様(お母様の姉)、そしてお兄様がひとり。領地には母方のお祖父様とお祖母様がいるけれど(お父様は入婿なのだ)、よくて年に一度しか会えない。
シャールトン公爵領は王都からはかなり遠くて、馬車でニ週間はかかる。
わたしは領地のお祖母様とそっくりな容姿だとよく言われる。
まず、目を引く黒髪に紅い瞳。なんでも、シャールトン家特有の珍しい色合いらしい。
そもそも、黒髪と赤い瞳のそれぞれが珍しくて、その上ふたつを併せ持つのは、貴族はもちろん、圧倒的大多数の平民にもいないんだとか。
お祖母様はその美貌も相まって、当時社交界の赤薔薇という異名がつくほどだったという。
ちなみにお母様はわたしそっくりの黒髪に可愛らしいピンクの瞳、叔母様は鮮やかな金髪にわたしより明るい赤色の瞳である。
鏡を見ると、シミひとつない真っ白な肌と対照的な、艶やかで神秘的な黒髪。光を吸い込んでしまいそうなほど、本当に真っ黒。暗めの真紅の瞳は少々吊り目気味の大きなぱっちり二重。
自分でも、これはたしかに自慢になってしまうほどである。
鏡を見るたび、自分が自分じゃないように思えて、ふふふっとにんまりしてしまう。
しかも、顔立ちもお祖母様譲りらしく、美人系というより可愛い系のドールのよう。でもちょっとだけ、お母様のピンク色の愛らしい瞳に憧れるのだけど。
……だって、これではまさに悪役令嬢っぽいんだもの。わたしは可愛いものが大好きなのに。
って、悪役令嬢ってなに?
こうやって、たまにわたしは自分でもなにかよくわからない言葉や概念を思い出してしまう。
でもそれが一体なんなのかまではわからないのだ。例えばこの悪役令嬢って言葉とか、スマホとか、乙女ゲームとか……。
唐突だけれど、わたしにはどうも前世の記憶みたいなものがある。その内容はイマイチはっきりしなくて、ただなんとなくこの世界以外の世界を知っている、って感じ。
でも魔法の存在を知ったときすごく驚いた記憶があるから、たぶん魔法がない世界だったんだと思う。そのくらい、あやふや。
前世のわたしは家族に恵まれていたらしい。逆に恵まれすぎていたみたいで、わたしは幼い頃から今の環境や家族にあまり馴染むことができなかった。お父様にもお母様にも、お兄様にだって、どこか他人行儀でぎこちない振る舞いをしてしまう。血のつながった家族なのに、どこか距離をおいて接してしまう。
今の家族も公爵家の使用人たちも、わたし付きのメイドも、すごく良くしてくれるのに。
というか、家族はわたしをもはや溺愛と言っていいほど可愛がってくれる。たぶんみんな、わたしが普通の子供っぽくなく、甘えないから余計に。
それでそのことが、今回のわたしの早期の婚約者選びに繋がった。わたしが人に心を開かない子だと家族は思って、それなら早く未来の夫を選んで、時間をかけて慣れさせる方がいいと思ったようだ。
家庭教師にちらっと聞いてみた情報によると、学園卒業とともにデビュタントを迎えてから、婚約者を決めるのが普通らしい。学園は16歳から18歳の貴族の子息と令嬢が必ず通わなければならず、卒業後に結婚、がオーソドックスな流れなのだという。学園在学中に試しに交際してみる、というのができるからだ。
家庭教師の話を聞いて、わたしは本当は学園で色々な人を見て決めた方がいいのでは……??と思ったけれど、もちろんそんなこと、「ディーラ、大丈夫だ!必ず、お前にふさわしい、ぴったりな令息を見つけてやるからな」と満面の笑みで張り切ってるお父様を前に言えるはずもなかった。
そうして内心不安を抱えたまま、ついに顔合わせの日までやってきてしまった。
お父様いわく、相手はうちと同じ公爵家であるウィルフォード家のご長男で名前はシアルト様、現在14歳でわたしより2歳年上である。
わたしはお父様に聞くより前から、シアルト様の名前を知っていた。
というか、彼の名前を知らない人はこの帝国にはいないだろう。なぜなら彼は、この帝国において超有名な人物だからだ。
彼はこの帝国の歴史上、最年少で魔法師の地位を授かった、今世紀一の天才と呼び声の高いお方なのだ。 既に帝国お抱えの魔塔という、帝国最高峰の実力者しか所属できない魔法師集団でも、その名を轟かせているらしい。
……なんでそんな人がわたしと??
お父様、いくらウィルフォード家の現当主がお父様の学園時代からの親友だとしても、いったいどうやって話をつけたの??今から婚約を結ぼうとする家なんてないだろうとたかを括ってたのに…!!
と仰天したが、お母様はもうそれはそれは乗り気で、早速帝国一のテーラーを屋敷に呼んでいた。
唯一家族のなかで反対したのはお兄様だった。
お兄様は現在17歳で学園に在籍中なのだが、この婚約話を聞いてすっ飛んできたのだ。
「父上!ウィルフォードの長男は確かに魔力は帝国随一ですが、どうも性格に難があるようです。魔法師の間では有名な話のようですが、冷酷で無神経だとか。そんな男にかわいいディーラをやるわけにはいきません!婚約者選びをそんなに急ぐ必要はないでしょう。僕は断固反対だ」
お兄様の真剣な表情に、余計に不安になってくる。
冷酷で無神経??そんな人は嫌。
でもお父様は、
「そうは言ってもだな。この話はもう先方とも話がついていて……。とりあえず顔合わせだけだからな、ディーラが嫌だと思えばそれでもう断ればいい。なにより噂は当てにならん。ヴァージスもいい子だと言っていたし……」
ヴァージスとはウィルフォード家の現当主、つまり例のシアルト様のお父上で、お父様の親友でもある。
確かに、こちらから話をしておいて断るのは失礼だ。それはそれで気が引ける。
わたしはお兄様を宥めるためにも、心を決めた。
「お兄様、大丈夫ですわ。お父様の親友でもある方のご子息ですもの。それに、まずは顔合わせだけですから、ね」
そう言って笑顔をみせると、お兄様はいかにも渋々と言った感じで
「ディーラの気持ちが最優先だ。だが何かあったら、いや、何もなくても、なんでも、僕に言うんだぞ」
と言ってくれた。




