8話 可愛いタックル!
お風呂を出た後、部屋で休んでいると、宿の使用人が食事の用意ができたと伝えてきた。
部屋を出て、使用人の後を歩いて一階の食堂に向かうと、テーブルの上には豪華な料理が置かれている。
先に席に座っていたアレルと共に、美味しく食事をいただき、宿がおススメするヒール酒をコクリと飲む。
すると目の前が景色が歪み、平衡感覚が変。
日本の会社に勤めていた時、会社の行事でお酒を飲んだことはあるが、ここまで酔ったことはない。
体の感覚がおかしいと感じた私は、まだお酒を飲んでいるアレルを残して、先に部屋に戻った。
そのままベッドに倒れて眠ってしまったようで、目を覚ますと窓から陽が差していた。
武装を整え、肩から鞄を下げ、杖を持って部屋を出る。
一週間分の部屋賃を、アレルが支払ってくれているから、私がいない間に宿の使用人が掃除してくれるそうだ。
高級宿だけあって、お風呂もあるし、好待遇を受けてちょっと不安になる。
一階でアレルと合流した私は、二人で冒険者ギルドへと歩いていく。
私が大通りを歩いていくと、往来していた人達が立ち止まり、好奇心に満ちた視線を向けてくる。
子供達の態度は露骨で、時々、話し声も聞えてきた。
「あのお姉ちゃん、すっごく背が高いな!」
「胸も尻もデッカイな! 怪力なのかな?」
「おい、地面を見てみろよ! お姉ちゃんの足跡が凹んでる!」
「スッゲー! オークよりも体重が重いのかな?」
うぅ……子供の純真な言葉だけに、心にグサッと突き刺さる。
全部事実だけど……恥ずかしすぎて走って逃げたい。
俯いていると、隣を歩くアレルが私の太ももを叩いた。
「そう落ち込むな。皆、巨人族が珍しくて騒いでるだけだ」
「でも……」
「俺が聞いた、神話に登場する巨人は、山々よりも高く、雲の上に顔があったそうだ。それに比べたら、セツナなんて小柄なほうだろ」
「比べるサイズが違うというか……」
「巨人族って体が大きいだけじゃなくて、心も雄大だと思うだ。だからウジウジと悩むな」
そう諭しながら、アレルはにっこりと微笑む。
彼の方が巨人族が似合いそう。
アレルの励ましに元気づけられ、二人で話している間に冒険者ギルドの建物の前に到着した。
重厚な扉の前にレフィルさん、エレイン、その他に小人族の男子が立っている。
それを見たアレルは首を傾げ、レフィルさんに声をかけた。
「待っててくれたのか。それにしても妙な組み合わせだな」
「エレインが離れてくれないだ」
「ギルマスでも、お姉様を独占するのは許せませんわ」
「こう言って聞かないんだよ。タックル、イタズラは禁止だからね」
レフィルさんは穏やかに微笑み、私に近づく男の子に声をかける。
私の真下まできたタックルは、私のブーツをペタペタと叩く。
「丸太みたいな脚だな」
「!?」
「トリャー!」
タックルは構えて、私のふくらはぎに、何発も蹴ってきた。
衝撃はあるけど、痛くない。
もしかして、加減してくれてるのかな?
しばらく呆然と見ていると、荒い息をしてタックルが地面いペタンと座り込んだ。
「全力で蹴ってるのに、少しは痛がれよ」
「痛い、痛い」
「蹴ってもないのに言うな!」
片手を地面に付け、拳を振り上げるタックルを見て、思わず笑いがこみあげてくる。
怒っている姿がとっても可愛い。
私は膝を折って、姿勢を下げて、腕を伸ばしてタックルの頭を撫でた。
するとキッと睨まれる。
「小人族だと思ってバカにしてんのか!」
「ごめんね!」
「謝ってるなら、笑うな!」
「だって……」
両手でタックルの体を抱き、私はスーと立ち上がる。
両拳で叩いてくるけど、全く痛くない。
「下せ! 下せ! 胸! 胸が当たってるって!
動くぬいぐるみみたいで、とても可愛い。
ギュッと抱きしめていると、私の胸の間で藻掻いていたタックルの動きが止まる。
私達の様子に驚きのあまり、時を止めていたアレルが大慌てで声をあげた。
「タックルを胸から離せ! このままだと窒息するぞ!」
「あわわわ」
私は急いでタックルの体を地面に置く。
ピクピクと体を痙攣させ、タックルがうなされている。
「大きな胸が……柔らかい肉が襲ってくる……」
その声を聞いて、エレインが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「お姉様の胸に埋もれるなんて、私なら昇天しても本望ですわ」
「縁起でもないこと言わないでください!」
咄嗟に声があげたけど、タックルが痙攣しているのは私の責任だ。
どうにかして彼の意識を取り戻さないと……
えっと……以前に地下鉄の駅で倒れている人に、周囲の人達がAEDを使って蘇生させたのを見たことがある。
『魔力は十分にありますから、色々な魔法が使えるようにしておきましょう』とイケメン神様も言っていたからイメージすれば魔法を使えるはずよね
イメージは電気ショック……できるだけ出力を抑えて。
私はタックルの胸に手を当てて、『エレキ!」と詠唱する。
すると私の中から力が抜け出し、手の平から電気となってタックルの体へと流れだした。
「ギギッギギギギッ……ガガガガガ……痛い! 痛いって!」
髪の毛を逆立てて、タックルは上半身を起こして、私を真っ直ぐ指差す。
元気そうな姿を見て、私は涙を溜め、彼に抱き着いた。
加減を間違えたのかと焦ったけど、意識を取り戻してくれて良かった。
「やめろー! 今度は本当に体が壊れるからー!」
タックルの悲鳴を聞いて、レフィルさんとアレルが笑い転げる。
エレインは冷たい視線を向け、「負けませんわよ」と闘志を燃やしていた。




