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最終章 奪われる大切

難しかった……終わりもめちゃくちゃだぁ(´;ω;`)

坂口が綾崎を探し始めた頃。ハヤテはペンを握りしめ、朝から晩まで机に齧り付く生活をしていた。ずっとずっと、ひたすら湧き上がる文字を書き出していた。その風貌は青白くなり、髪もバサバサで、まるで生きているのに死人の様な姿であった。1枚、また1枚と紙に文章を書き上げて新しい紙に続く。書き終えた物は床に散らばり、まるで雪景色の様になっていた。家に居ても、外に出ていてもどこでも視線を感じるようになり、生活は変わった。段々と恐怖が興奮に変わり、やがて快楽に登り詰める。四六時中、視線を感じるお陰で創作意欲が尽きず、文字を走らせるペンが止まることもない。ハヤテにとっては今、この瞬間がとても楽しく感じていた。背後には、あの夢に出てきたの女の子が居る。首を絞めるようにハヤテの肩口から上へ駆けて、髪を絡ませていた。ハヤテの息は荒くなり、やがて意識が落ちた。



「許さない、大切を持つなんて。」



黒髪の女はハヤテを通して、遠い誰かを見ていた。ぶつぶつと耳元で喋られ、鳥肌が立つ。それすらも愛おしかった。生きている証を感じるために必要な恐怖をこの家の中で掻き集め、この家を余すことなく全身に浴びて一体化するような感覚に陥ってしまい、身体の奥が震える。ハヤテは虜になっていたのだ。恐怖から生まれるこの替えが効かない感覚に酔いしれていた。息が苦しく、肌が粟立つ感覚を必死になって拾っていた。



「ああ、最高に気持ちいい……身体の中で何か、蠢いてるみたい。このまま1つになって、ずっとこの感覚を忘れないでいたい。」

「この時間が長く続けばいいのに………。」



誰も居ない部屋で1人、恋人に呟くような甘い声で囁く。肩口で止まっていた髪が段々と、ゆっくり伸びていく。身体の表面を這って、下へ伸びていく。まるで魂を直接触られているような強烈な快感に思わず身動ぎした。段々と恐怖に呑まれ、深く深く酔いしれる。すると、身体の芯と、女の髪が一体化しているような感覚が走り、身体をビクつかせる。途端に息が早くなり、頭がガンガンと痛んできた。次第に身体が震え!か細い声で誰も居ない部屋に言葉を落とす。



「ああ、駄目、、戻れなくなる……」



うわ言のように呟き、涙を流した。怪異に自身を侵されているのが堪らなくなって目を瞑り、歯を食いしばる。しばらく経った後、身体が自由になった。急いでペンを取り、また紙に走らせる。サラサラサラサラと忙しなく音が響く。もう心地の良い音ではなくなってしまった。目を血走らせ、紙が破れる様な力で書き殴る。外の音など聞こえず、ただ紙とペンしか見えていなかった。また月が出て、太陽が昇る。どこに居ても、何をしてても生活が一変してから、飲まず食わず、不眠不休で執筆をしていた。不思議と疲れが感じられず、止まることなく続けていた。



ある時、気がつけば床に転がっていた。疲労が溜まっていたのか、指の1本すら動かずただ床に伸びている事しかできない状況下で、身体を"誰か"に動かされる。ひたすらに身体の中で這い回る感覚がして、強烈な吐き気を催した。その場で嘔吐し続ける。この誰が見ても、口を揃えて異常だと唱える自身の生活に違和感を抱けなくなっていた。"何か"が身体を操り、腕を動かす。ぐったりとした身体が持ち上げられ、椅子に腰掛け紙に向かわせられた。弱々しくペンを握り、掠れた字を書き起こす。



「書かなきゃ、書かなきゃ、書かなきゃ。」

「頭が破裂する前に、精神がおかしくなる前に」

「沢山、作り出さなきゃ。」

「私の生きた証を!!」



もうとっくの昔におかしくなっている精神をさらに絞り上げ、血が滲むほどペンを握りしめる。身体が、頭が書き続けることを辞めたいと告げても辞められなかった。もう誰か、私をこの地獄から解放してくれと懇願すると、必ず夢のあの子が出てきて、髪をこちらに伸ばしてくる。聞き取れない音でずっと何かを呟いてくる。その音を聞いていると段々と、身体が、顔が、自然と紙の方に寄っていく。ペンが握られ、走らさせる。洗脳に近いような現象が起き続け、書き続けられていた。ふと女の子の声が響く。



「壊れるまで遊んてあげる、貴女は私。」

「あの子の大切な子、私が奪っていくの。」

「あの子が悪いの、私を殺したあの子が。」



意味の分からない事を呟やいていた。誰かを恨んでいるみたいだ。もう辞めてしまいたいという心と、まだまだ感じていたいという心で別れていて、頭がおかしくなりそうだった。そんな思考から目を背けるように、腕はずっと動いていた。そんな時、外から音がした様な気がした。誰か来てくれたのだろうか。私を助けに来たのかもと思い、重い腰を上げ玄関に向かおうとした。その時、後ろから黒く長い髪が身体中に巻き付き身動きが取れなくなった。ああ、やっと人が来てくれたのに……と絶望しそうになりながら、状況を把握しようとする。だがいつも以上に早い速度でシュルシュルと巻き付き、身体と一体化しようと蠢いた。どうしようもなく耐え難い感覚に、歯を食いしばり息を詰めて過ぎ去るのを待つしか無かった。やがて外から音が聞こえなくなり、身体が解放された。荒い息を整え、一呼吸置く。執筆の渇望に呑まれ、また机に齧り付いた。絶えず絶えず作品が出来上がっていくのを嬉しいと同時に、とても恐ろしく感じた。



その日は突然やってきた。執筆作業に取り憑かれている中、背後から忍び寄り、髪が急に巻き付く。苦しくて堪らず髪を引っ張って抵抗するも虚しく、段々と意識が遠ざかる。まだ…書き終えてない……と力の限り抵抗した。すると髪は威力を増して、身体に纏わりつく。剥がしても剥がしても追い付かず、段々と身体中に黒い長い髪が巻き付いて、肌の色が分からなくなる。顔も見えなくなりそうになり、少しの頭痛と吐き気を催しながら声を上げた。必死で張り上げた声が掠れた声でこれは誰の声なのかと自身の耳を疑い、頭に疑問が浮かんだ。私は叫んでいるはずなのに、何故こんなにも細い紐のような声なのだろうか。それでも必死に音を喉から絞り出す。



「う………ぐぅ…くる…………し……。」

「だ…れか……た………すけ……て。」



段々意識が遠のいた。髪が口にも侵入していき、気道を塞いていく。窒息の苦しさで、足が無意識に震え始める。やがて身体全体が痙攣し、意識を落とそうとする。私はもう、死んでしまうのね、とどこか他人事の様に考えてしまう。ああ、でも死んでしまったら誰が私の作品を作り続けるのだろう、と頭が働かなくなる間際で考えた。嫌だ……嫌だ嫌だと藻掻くも虚しく、身体に力が入らず、やがて身体が冷たくなっていった。冷たくなった身体には無数の髪が巻き付いていた。まるで蛹のような形になって、そのままどこかに消えてしまった。



月日が少し経ち、坂口が綾崎ハヤテの母を連れて家にやってきた。切羽詰まった様子で車から転げ落ちる勢いで降りて、玄関のドアノブを捻り、靴を脱ぐのを忘れ土足で廊下を走った。次々と部屋の障子を開け放ち、全てをひっくり返す勢いで家主を探し始める。ここにも居ない、ここにも居ないと焦燥感が心に積もっていき、手が震える。家に来た二人は必死に己を奮い立たせて、捜索の手を進めた。居間や自室、寝室に台所、探せど探せど見つからず、1階には居ないと断定し2階に上がる。2階に上がり、綾崎さんは部屋を探し始める。坂口はその場から動かず、綾崎に電話を掛けてみた。コール音が続き、留守番電話に繋がる。坂口は耳も澄ませてコール音を探っていたが、この部屋からは聞こえなかった。



「どこ!?どこに居るの!!ハヤテ!お願い、返事をして!」

「綾崎ー!どこだ!声を出せなかったら、音を立ててくれ!」



2人は声を張り上げて、必死に名前を呼び続ける。2階の捜索が終わりつつある頃、もう一度坂口は電話を掛ける。プルルルルとコール音が鳴り始める。2人は同時に息を潜め、耳を澄ませる。頭上からコール音を拾った、だがおかしい。もう上には部屋はないはずだと首を傾げた。聞き間違いかと思い、もう一度部屋を探し始める。荷物を掻き分け、物をどかしても何も見つけられなかった。ふと、天井を見上げてみた。隅から隅まで目を凝らし、一部が外れかけている事が分かった。脚立を探し出し、天井に手を付けてみた。軽く押してみたら、少し浮く感覚があった。ぐっぐっぐっと板を押して横に動かして空間を露わにする。埃っぽく、激しく咳き込んだ。窓を開けてしばらく換気をする。やっと中を見る事が出来ると坂口は空間に携帯電話のライトを向けた。すると、びっしりと黒い髪が入っていた。 



「うわぁぁぁぁぁぁ!何だこれ!!」

「…何これ………。人の髪?」

「何でそんな物が………」



ゾクリと嫌な予感が背筋を走り、ここで止まっているわけにはいかないと、髪を下へ落とす。ガサガサと掻き出して、中へ入っていく。中の空間は思ったより広く、ちゃんと立てるくらいの高さがあった。辺りを見回し、電気のスイッチを見つけた。ぱちんと付けて、部屋の明かりに一瞬目が眩む。髪の毛があったくらいで床や壁は綺麗にされていた。物置や箪笥をどかして、部屋の全体を探す。綾崎さんが押し入れの襖を開ける。ゴトンと何か、落ちる音がした。黒い髪がびっしりと着いた綾崎だった。



「いやぁぁぁああ!!!!ハヤテッッハヤテぇぇぇ!!」



坂口は違う方向を探しており、綾崎さんの悲鳴を聞きそちらに向かう。バタバタと音を立てて綾崎さんの背中を見た。近づくにつれて、酷く錯乱している様子が伺えた。見えていない"誰か"と話している様で、声を荒らげていた。



「何か見つけましたか、綾崎さん。」

「綾崎さん、聞こえてますか?」

「あぁ、ハヤテ……ハヤテッッ………どうしてこんな事に……」

「見つけたんですか!?」

「あいつが……あいつがハヤテをこんな風にしたのよッッッ!」

「死んでからも私に迷惑をかけるなんてどうかしているわ!!!」



綾崎さんを押しのけて、下を見やる。その光景に絶句する。全身に絡みついた黒い髪は、ただの毛髪ではなく縄のように締め上げ、肉に食い込んでいた。青白く乾いた肌はところどころ紫に変色し、血管が浮き出て陶器のようにひび割れている。見開かれた両目は真っ赤に血走り、眼窩の奥で乾いた光を放ちながら、なおも苦痛を訴えるようにこちらを睨み返していた。骨ばった手は不自然な形を残したかのように硬直し、剥がれかけた爪の隙間からは黒ずんだ血が滲み出ている。痩せ細った胴体は、あまりの締め付けで肋骨が浮き上がり、皮膚を突き破りそうなほどに張り出していた。そこに横たわるのは死体であるはずなのに、見る者にはなおも苦悶が続いているかのように映り、坂口はその場で嘔吐してしまった。想い人が見るも無残な姿で発見されて、その瞳からは涙が溢れ出す。それなのに綾崎の亡骸から目を離せずにいた。



「なんて無残な……どうして…。」

「私のせいだわ…………ハヤテが連れて行かれてしまった……。」

「私が……あんな事をしたから…奪われてしまったのよ……。」

「……………。」



言葉を失いながら、坂口はずっと綾崎と目を合わせていた。溢れる涙で中々はっきりとは映らなかったが、助けてやれなかった虚しさと、事故物件に住んでみたら、なんて提案なんてしなければ良かったと後悔が募るばかりだった。綾崎との思い出が走馬灯のように頭に走り、さらに胸が締め付けられる。声もなく涙を流し続け、意識が遠のき、目眩がする。その時に声が聞こえた。



「あの子が私を殺すから、それを忘れて大切なんて作るから。こんな事になったんだよ?」

「お前ももうすぐこちらに引きずり込むから。」



甲高いような、地を這うような声が頭に響いた。憎悪を煮詰めたような顔をした女の子が綾崎さんの前に立っていた。以前見た事がある様な気がしたが意識を保つ限界が来てしまい、2人の会話は聞こえなかった。ぐわんぐわんと2人の声が、頭に低く響いていた。綾崎の優しい笑顔が瞼の裏に焼き付いていて、悲しみとやるせなさが湧き上がる。あぁ、どうしてこうなってしまったんだろうと、心に何も感情を宿さずに空虚に問いかけた。力を振り絞り、瞼を持ち上げてみると綾崎さんが黒い何かに包まれていた。



気付けば、白い天井だった。状況が飲み込めず、頭が混乱する。ガラッと病室の扉が開き、看護師が訪ねてくる。顔を合わせた途端、何かを叫びながら病室を出ていってしまった。それからすぐに医師を連れてきて、診察や検査が始まった。目まぐるしく景色が変わるのについていけず、少し気持ち悪くなってしまう。それを察したのか、看護師が病室に連れて帰ってくれて、ベッドに横になった。少し落ち着き、話を聞いてみた。どうやら僕はあの家から病院に運び込まれて1週間程、寝たきりになっていた様だ。



「1週間も目が覚めなかったので、ずっとこのままなのかなと心配しましたよ。一緒に運び込まれた女性は残念ながら………」

「………そうでしたか…他に人は居なかったですか?」

「ええ、お二人だけでしたよ。屋根裏のお部屋で見つかったらしいです。」

「分かりました、ありがとうございます。少し休みたいです……」

「くれぐれも安静になさってくださいね。」



綾崎さんは助からなかったらしい。死因も分からなかったみたいで不審死扱いになっていた。全身に何かが巻き付いているような跡があったらしい。1週間程寝たきりではあったが、少しのリハビリで回復して、早々に退院できることとなった。少なかった荷物をカバンに詰め込み、簡易的にだが病室を掃除し始める。ベッドから数本の長い髪が出てきて、絶叫しそうになる。ぼやけていた記憶が一気に鮮明に蘇る。息が荒くなるのを必死に深呼吸をして落ち着ける。汗が止まらなくなり、鼓動がどくどくと早まる。あれは、夢じゃなかったんだ。もう綾崎は居ないんだと、涙をこぼした。ひとしきり病室で泣いて落ち着きを取り戻し、お世話になっていた看護師さんに挨拶をして病院を出た。病院の入り口に、僕の担当者が居た。



「坂口さん、退院おめでとうございます!」

「ありがとう。すまないね、迷惑をかけてしまって。」

「とんでもないですよ、疲れが出たんでしょう。倒れたと聞いた時は生きた心地がしなかったですけどね!」



彼に迎えを頼んでおいていた事をすっかりと忘れていて、驚いた。日常が帰ってくるんだと心が落ち着くと同時に、また生活に色が無くなるんだろうなと寂しさに暮れた。担当者とゆっくり話をして、家に着いた。こんな気分のままで作品は作れないと感じて、少し仕事を休む事にした。段々と日常に馴染んでいき、悲しみも少しずつ薄れてきていた。気分が滅入る時は、外に出て散歩をして気分を変え、心と会話をして丁寧な生活を心掛ける様にした。少しの月日が経ち、前に進もうとしていた頃に、作家と同時に他の仕事を探してみようと思うようになり、色々な仕事の内容を見てみる事にした。



ハローワークに行ってみたり、パソコンで求人を見てみたりして時間を潰していた。インスピレーションが湧いたら作品を作り始め、しばらく作業に集中できるくらいには回復してきていた。本屋に立ち寄り、良いものがないか物色する。文庫本を見て回り、新刊コーナーへ立ち寄る。あの小説気になるなぁとか、このストーリーは面白いだろうなどを、頭の中で想像して歩き回る。新刊コーナーの端に並べられた、居なくなってしまった筈の"綾崎ハヤテ"という文字を見つけてしまい、腰を抜かしてしまいそうになる。恐怖でその事実を受け入れられないまま、逃げるように本屋を去った



その後、あの家では誰も居ないはずなのに、サラサラサラと音が響く事があるそうだ。家の近くを通ると、たまに長い黒髪の女性を見ることがあるらしい。



これは、1人の作家が取り憑かれた話。


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