3話 4組の希望
体育祭で行う競技についての意見を各クラスで募る。これが昼休みに体育委員が集められた理由だった。
生徒自身が学校を作る、ということに重点を置いている名浪高校。実際のところ他の学校と大差はないが、こういったところで生徒の意見が反映できる機会を作っていた。しかし、結局は前年の内容をそのまま引き継ぐだけで、新たなアイデアが出て変わった試しはない。
午後の授業も終わり、帰りのホームルームの時間になった2年4組。しかし、四宮は前の授業が長引いているのか、まだ教室に戻ってきていない。担任の四宮を待つ間、体育委員の洋乃と源田が昼休みに行われた委員会の内容を報告した。
もちろん誰も意見を言うことはなかった。それは体育委員の2人を含め、みんなが分かっていた。しかし、委員会で意見を募るよう言われた以上、意見を募ろうとした事実だけは残す必要があった。
新たな意見はなし、という結論を得た体育委員の2人はそのまま自分の席に戻る。
担任が来るのを待ちながら、教室の中のあっちこっちで雑談が始まった。
最も多かった雑談の話題は、今朝の担任の発言について。さきほど体育委員が体育祭の話を出した影響だ。体育祭で学年優勝した際、本当に課題提出がなくなるのか、それともただの冗談なのか。各地で熱い議論が交わされた。
ここで重要になるのは朝の源田の発言。「四宮ってこういうの冗談で終わらせないんだよな」という言葉がどこまで信用できるのかだった。
「源田! 四宮が冗談で終わらせないって本当?」
大声でそう言ったのは、前の席に座る源田とは対角線上に離れた席に座る石垣という男子生徒だ。クラスの中心人物であり、誰とでも話せる社交的な性格の彼は、クラスで1番体格が良い。そんな石垣の質問に源田が答える。
「本当も本当! 「冗談だよ」って言いながら、いっつも言ったことは守ってる!」
石垣に聞こえるような声でそう言った後、「そうだよな?」と言って、近くの席に座っていた桃木という男子生徒に確認した。桃木は黙って首を縦に振った。桃木と源田は去年同じクラスだった仲だ。
これにより、四宮の今朝の話が現実味を帯び、クラスは盛り上がる。そんな中、桃木は場を盛り下げる一言を投下する。
「でもさ、たかだか英語の宿題が消えるだけじゃね?」
紛れもない事実だった。しかし、これを言ったのが桃木だった。宿題と言えば桃木。桃木と言えば宿題。数々の提出物に苦しめられ、去年留年しかけた男だ。宿題の有無に敏感で、宿題がないと分かると真っ先に喜んでいた人物。それが桃木だ。
そんな桃木の発言に、冷静なツッコミが入る。
「お前が言うのかよ」
2年4組の大黒柱、肥後さんだ。彼女のこの言葉で、クラスは笑いに包まれる。そして、宿題嫌いの桃木の発言に違和感を感じた石垣が桃木に質問を飛ばす。
「どうしたんだよ桃木。課題提出が無くなるんだぞ?」
桃木が微笑みながら答える。
「宿題があってもなくても、提出しないんだから変わらないよ」
これを受けた石垣。
「悟ってる......」
この一連の流れでまたクラスに笑いが起きた。そんな中、いつもはツッコミ役に徹する肥後さんがボソッと呟く。
「でも英語の宿題、無くしたいかも......」
これに源田が反応。
「いや、分かる。多いんだよな。去年はすごかった」
クラス全員が去年の夏の宿題の量を思い出していた。たった1人、桃木を除いて......。
「塾の夏期講習もあるし......」
肥後さんの嘆きを聞き、塾に通っている生徒達はみんな顔を真っ青にし始めた。ちなみに桃木は微笑んだままだ。
「優勝しようよ! みんな! 英語の課題提出をなくそう!」
おちゃらけ者の金城が立ち上がり、わざとらしいほど爽やかにそう言い放った。
これに石垣が続く。
「やろう! 優勝しかねぇ!」
この言葉で一部の男子生徒は立ち上がり、馬鹿騒ぎを始める。しかし、この空気を作った張本人である金城が元も子もないことを言い始めた。
「でもウチのクラスじゃ無理か......」
そう、4組は誰もが認める最弱クラスだった。特に問題児が集まることもなく、飛び抜けた個性を持つわけでもない平々凡々なクラス。2年のクラス発表の際、その個性のなさで少し話題になったほどである。
金城の言葉で、騒いでいた男子達が静かになった。
「俺たちのクラス足速い人いないもんな」
「キツイよな、徒競走」
「うわぁ徒競走は無理、消えてくれ」
「体育祭、雨降らないかなぁ」
ネガティブな発言が続く2年4組。
(諦めるなよなぁ)
廊下で教室の中の会話を聞いていた四宮は心の中でそう呟いていた。
実は少し前から教室内の話を聞いていた四宮。教室の前に着いた時、クラスが良い感じに盛り上がっていたため、教室に入るタイミングを見計らっていたのだ。しかし、もう教室内は盛り上がっていない。四宮は隠れるをやめ、教室に入ろうとした。その時。
「なら体育祭の種目変えちゃわね?」
そう言ったのはボンドだった。その手があったかと言わんばかりの表情を浮かべる4組の生徒たち。予想外の反応にボンドは戸惑っていた。
「え、本気?」
本人はただ思いついたことを言っただけで、全く本気ではなかったのだ。しかし、4組はここに希望を見出した。
廊下にいる四宮は4組の変化を予感していた。