1話 2年4組
名浪高校に通う2年生の前川洋乃は、いつも通り1年3組の教室に入る...その寸前で立ち止まった。
(危な。もう1年じゃないじゃん私)
洋乃は逃げるようにしてその場を後にし、1つ上の階にある2年4組の教室に入った。
名浪高校2年4組。40人のクラスで男女は同数。特徴がないことが1番の特徴といった。なんの面白みもないクラスだ。
教室の中は、数人で集まって会話に花を咲かせる者や机に突っ伏して寝てる者、スマホをいじっている者が共存している。4月の半ばにも関わらず、すでにクラスの雰囲気が出来上がりつつあった。この名浪高校では1年生の頃から複数の選択科目が存在しており、教室を移動する授業が多く、別のクラスの人と関わる機会が多いのが大きな理由だろう。
洋乃は自分の席につくと、教科書や筆箱をバッグから出して机の中にしまい、イヤホンで音楽を聴きながら朝学活が始まるのを待った。
朝学活の時間になると、担任の四宮が教室に入ってきた。四宮は30代前半の男の先生だ。
「おはよう。じゃあ日直の人、お願いします」
四宮がそう言い終えた瞬間、教室の引き戸が勢いよく開いた。
「すみません! 遅れました!」
洋乃の隣の席の男子だった。両膝に手をつき、肩で息をしている。
「お、どうした? 遅刻だけど......」
「本当にすみません。去年の教室と間違えちゃって......」
クラス中が忍び笑いに包まれた。洋乃は顔を隠すように下を向いて笑いを堪えた。早く登校していて良かったと心の底から思っていた。
「あぁそれやるよな。今回は目を瞑るから、次からは気をつけて」
「あざす!」
そして、その男子生徒は駆け足で洋乃の隣の席までやってきた。
自分と同じ過ちをしたことに親近感を覚えた洋乃は、彼に励ましの言葉を送る。
「ドンマイ」
「......みんな優しすぎだろ」
彼は少し照れた様子でそう言った。
朝の挨拶を終え、四宮が伝達事項を述べる。
「今日は委員会活動があるそうです。委員会に入ってる人は昼休みに集まりがあるので忘れないように」
「え、またあるんですか?」
そう発言したのは、窓側から2番目の列の1番前の席の猿渡という元気な女子生徒だ。
「え? あ、ごめん体育委員だけだ」
「マジかよ!」
そう言って頭を抱えたのは体育委員の源田。そして、静かに天を仰いだのが、もう1人の体育委員である洋乃だった。
「6月の体育祭についてらしいよ。楽しみだよな、体育祭。目指せ、学年優勝」
四宮の言っている言葉は前向きだったが、本当に優勝を目指してるとは思えないほど声のトーンからやる気が感じられない。
「ウチのクラスは無理ですよ」
軽い口調でそう発言するのは、金城という男子生徒だ。
「そうなの?」
四宮がそう問いかけると、クラス全員が頷いた。
「そりゃ残念。優勝できたら夏休みの課題、提出なしでいいよって言おうとしたのに」
「本当に!?」
真っ先に飛びついたのは猿渡だ。目をキラキラさせている。
「冗談だよ。そんな不純な動機で優勝を目指すな」
四宮はそう言い残して教室を出た。教室の中はブーイングの嵐だ。しかし、一部の生徒の様子は明らかに周囲と違かった。この一部の生徒というのは、去年も四宮が担任だった生徒達だ。その中の1人である源田の発言が、教室内の空気を一変させる。
「四宮ってこういうの冗談で終わらせないんだよな」