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08.赤い警報

 その日、端末に通報が入った。

 巡回中のレッドアラートは初めてで、音と振動の激しさに緊張しながら端末のホログラムを上げて画像を見る。それでやっと音が消えた。

 画像はコンシールされていて、黒地に大きな赤字でアラート内容が書いてある。

「王立学園初等部に通う男児を探せ?」

 まず男児の顔写真が見えない。これは難民出身の憲兵には全員そうだろう、緊急ではあるが難民の力は要らないと言っている。けれど残業はある。組んでいるチームで手分けして男児の捜索を続けた。

 市民権があるならコンシールされている情報を読めるが、リオは誘拐かどうかすら知らないから人の手足になって働くしかない。

「ブラック。あがっていいぞ」

「ああ、どうも。お疲れさまでした」

 六時間の残業をして解放される。その日はさっさとシャワーを浴び、値引きされていたサンドイッチを食べて仮眠した。

 その後、見つかったという知らせもない。翌日は休みだったけれど全員が出勤だ。うんざりしつつ仕事の準備をして朝早くに寮を出た。

 朝食を近所の喫茶店で済ませていると、半浮浪児がふらりと店内に入って来たのが目についた。

 すぐ、店主がほうきを持って追い払いにかかった。

「こら!出ていけ!」

「違う、そこの憲兵に用があるんだよ」

「いい加減にしろ」

「うるせえよ。用が済んだら、こんな店来ねえよ」

 憲兵に用があると言い、浮浪児はリオの方にくる。リオも彼のことは知っていた、将来絶対に犯罪を起こすタイプだから覚えておけと言われている。少年の名前はハンス・フィッシャーという。

 まだ子供なのにそんな風に言われるのは気の毒だったが、母親が麻薬中毒者で、子供の権利を手放そうとしない。子供がいると行政から金が入って来るからハンスを手元に置いている。だから彼は市立学園の小等部にも通っていなかった。

「よう、憲兵さん」

「おう。ハンス、だったっけ」

「知ってるんだ?」

「お前は有名人だからな」

 にこっとハンスが笑う。歯が欠けていたが、親は何もしていない。早急に福祉の手が必要だと思うのだが、同僚たちは彼らをゴミを見るような目で見る。

「サンドイッチいるか」

「二つくれる?」

「いいよ」

 ハンスは一つのサンドイッチをあっという間に食べてしまうと、もう一個を皿の上のナプキンで包み始めた。これが浮浪児なりの生活の知恵なのだろう。

「それで、話って?」

「子供を拾ったんだ」

 小学校二年生くらいのハンスが子供と言う。どんな幼い子だろうかと、リオは気にした。

「親は」

「親の所から逃げ出したんだって」

「へえ、その若さで?」

「親に嫌気がさすのは俺も分かるから」

 ハンスが言うと実感がこもっている。つまり彼の仲間が増えるということだろうかと、リオはハンスの話をじっと聞いていた。

「それで、その迷子はお前が保護して、それからどうしたんだ?」

「今は俺の家にいるけど、腹が減って。家に飯がなくて。それで、このサンドイッチをやろうと思うんだ」

「優しいな」

「困ったときはお互い様っていうしな。でも怯えてて可哀想なんだよ」

「怯えてる?どうして」

「わからねぇ。住所がわからねぇみたいなんだよな。そしてあいつ、誰かの言いつけを破ったのがどうとか言ってるんだよな。その相手は親じゃねぇみたいなんだけど、そんなの俺は分からねぇよ」

「ふぅん、親じゃない誰かねぇ」

「とりあえず、憲兵に届けたほうがいいと思ったんだ。俺も善良な市民なんだし、すべきことはするよ」

 ハンスは、彼の中では自分は常識的な一市民なのだ。その気持ちに応えてやりたいとリオは思う。本当はハンスに構っていられる立場じゃないけれど、憲兵という職で安定している。その安定が、リオに手を出させていた。

「そうか。じゃあ俺も憲兵として、善良な市民にできることをするかな」

 リオは店で新しいサンドイッチを包んで貰い、ハンスの家に向かった。

 浮浪児と少し話す、とコンビのグッドマンに連絡を入れると、福祉に繋がらないなら無駄足だから評価から外すぞと脅された。

 それでも職務上、確認した方がいいだろう。

「迷子は、なんて名前?」

「アルフォンス・フィーレン。六歳だって」

「ハンスの所に家出したってことか」

「まあ、そうなるのかな。本当は別の、もっといい所に行く予定だったらしい」

「でも、親と喧嘩したんだろ?誰がそこに連れて行くんだ」

「ライヤーおじさんっていう人」

「その人、どういうおじさん?」

「知らねぇ。俺、憲兵じゃねぇし。アルに聞いてくれ」

 市営の集合住宅は平凡そうな造りで、外観は清潔だった。その棟の入り口に入ると、小便の匂いがうっすらと漂っていた。

「こっち」

 ハンスは慣れた足取りで階段を昇って行く。二〇二号室のドアを開け、中に入る。ごみが堆積していて足の踏み場もなさそうだ。その、ほとんど玄関口の所に少年が一人蹲っていた。

「よう、おちびちゃん。飯持って来たぜ」

「ほんとに?」

「ほら。食えよ」

 ハンスが隠し持っていた、ナプキンに包んだサンドイッチを少年に渡した。彼はサンドイッチの包みを解いて、それからハンスに「ありがとう」と言い、あっという間に食べてしまった。

 それから、彼はリオを見た。

「ライヤーおじさんの部下?」

「違うよ。俺の上官はジンジャー少佐。君はアルフォンス・フィーレン君?」

「やだ。パパの所には戻らない!」

 アルフォンスは、気が強い大きな声で言った。間違えたかなと思いつつ、少年をなだめることにする。

「どうして戻りたくないんだ?」

「パパはうそつきなんだ。僕は絶対に、パパの所に戻らない!」

 これが他の憲兵なら、騙し騙し憲兵隊内の事務所に移動させるだろう。でも、リオはそう言う話術は持っていない。

 とにかく、アルフォンスの気持ちを聞いてみよう。彼にとって何が起きたのか知るのも大切だ。

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