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07.不審な名刺

 グッドマンは部屋の中に数歩入ると、リオに手を差し出した。

「端末は」

「ほら」

「他に端末は?」

「職場貸し出しのこれだけだ」

「本当に?」

「嘘を言ってどうなる。市民権が欲しくて頑張っているんだ、後ろ暗いことはできない」

「……」

 グッドマンはリオを睨んでから端末を見た。同僚の名刺すらない端末の中に一枚だけある。ホログラムでは上げずに、端末の画面を見ていた。

「こいつがなんでわからないんだ?」

「え?」

「わからないのか、こいつが」

 グッドマンはとんとん、と指で端末の画面を叩く。ヴァレンタインの写真だった。

「知らない。ヴェントのことは疎くて。ソリヴィジョンもないし、動画も見ないし……」

「動画オフにしてるのか。ニュースは見ろと言われてるだろう」

「テキストでチェックしてる。顔写真も出るし、問題ないだろう」

「だが、こいつは大物が掛ったな。ハイド・ヴァレンタインか。お前こいつを知らないって本気で?」

「知らないよ」

「何の用で?」

「言わないとだめか」

「洗いざらい言った方がいい。特に、ヴァレンタインが関わっているなら」

 大物とグッドマンが言ったなら、知られている顔だ。有名で権力がある。その相手と問題になった時に、リオが正しかったと言ってくれる人が一人でも欲しい。

「それは……恋人にならないかと」

「……」

「断れない」

「買われたのか」

「そんなんじゃない」

「嘘つくな。そんなの指先を少し切ったと思って忘れればいい。その程度で誰もとやかく言わねえよ」

 グッドマンは少し乱暴に言ったけれど、彼が慰めようと思っていることは分かった。

 リオは今持っている懸念について相談した。

「一晩で済むかな」

「気に入られたのか」

「なあ、憲兵隊で信頼できる人を知らないか」

「ヴァレンタインのことか?」

 面倒そうにグッドマンが聞き返した。

「いいや、ウルスラ星のことで相談したいんだ」

 グッドマンに自分の出身星について話し、彼は納得した様子で頷いていた。

「辺境に詳しい男は先月辞めたばかりだ。後任に若手少尉が入った。そいつは」

「若手はだめだ」

「なぜ?」

「人が死んでる。俺の名前も出してほしくない。だけど、情報を公開したら俺は殺される」

「薬か?女か?」

「どっちでもない。もっとでかい」

「なんだ。言え」

「聞かない方がいい。お前も巻き込まれる」

「ウルスラで何が起きた」

「俺はウルスラ市民だった。市民として見過ごせないことが起きて、逃げるしかなかったんだ」

「憲兵隊は?」

「だめだ。軍と近い」

「ウルスラ軍か。軍で何があった?」

「言えない。これ以上はだめだ、お前の安全に関わる」

 グッドマンは軽い舌打ちをして、ワンルームのリオの部屋をざっと眺めた。

「憲兵としてやる気あるのか」

「俺は自分の市民権の為に働いているだけだよ。昼間はヒマな市民の小言を聞いて、夜は酔っ払いの始末。それでいい」

「事件に真面目じゃないのは、でかいものを抱えているからか?」

 リオは黙るしかなかった。ヴェントで難民として動きにくいのは、抱えている秘密の大きさが意識されていたからだ。ほんの小さなSDカードに惑星単位の情報が入っている。

 グッドマンはリオの腕を掴んだ。

「てめえ何を企んでいやがる?」

 間近に因縁をつけるやりかたで睨まれ、リオはどうしようもなくされるがままだった。

「俺は安全が欲しいだけだ。情報も偶然俺の所に来たんだ。逃げるしかなくなった」

「セレガ星にオッド・バークスっていう憲兵大佐がいた。そいつも難民からの叩き上げだったが、オリピアン星でギャングの頭をしていた経歴が分かって有罪になった。五年前の出来事だ」

「……」

「バークスは信任の厚い男だったが、オリピアンでギャングが解体されたときに出た情報で、あっけなく投獄されたんだ」

「それが?」

「お前がバークスと違うかどうか、俺にはわからねぇ」

 そこまで言って腕を離した。リオの訴えとヴァレンタインの身元が白いからだ。薬も殺しもしていないし、問題を起こしていない。

 グッドマンはじろりとリオを睨みつけた。

「忘れるな。皆、お前を見ている」

「ああ」

「憲兵隊がきな臭いのは分かっているな。いずれ争い合うかも知れない。その時、上から逮捕者を出すなと命令されたら俺は従う」

「……」

「流れ弾に当たらないようにするんだな」

 そこまで言って、彼はさっさと部屋を出て行った。

 リオはそこに置かれている端末を見た。メモに文字が書いてある。

「ジンジャー署長は中立派」

 グッドマンからの情報だ。これは嘘ではないだろう、彼は言動こそ荒っぽくリオを責めているように見える。リオはここでは難民出身として扱われていて、難民は何かと非合法なことに通じているとヴェント市民からは思われる。グッドマンもそう思っているのだ。

 グッドマンはリオが難民として非合法なネットワークに関わっていると疑っていて、慣れ合う気がなく言動が荒っぽい。それでも普段帯銃しないリオが憲兵隊間の争いに巻き込まれて命を落とすのは哀れだと思い、こうして情報をくれる。

 あの乱暴な言動は周囲にグッドマンのスタンスを示しているのだ。彼がそうして大声にリオを疑うおかげで、リオに非合法を持ちかける者が近寄らない。

 リオがクリーンな身でいられるのは彼のお陰だ。そこはグッドマンに感謝していいことだった。

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