05.正体は教えたはず
ヴェント難民は市民と待遇の差がある。例えばレストランや雑貨店での難民拒否はふつうにあり、利用できる店舗は限られていた。だからプライベートで外出をしようと言う気持ちにもなりにくい。
でも、ヴァレンタインとのデートは外出のいい理由だし、彼の好みを聞くのも世界が広がる切っ掛けだ。
彼が恋人でさえなければ。
「恋人、なんだよなあ」
ぼやいた。待ち合わせの駅で、できるだけ新しいシャツとスラックスと靴で。そう思っていたら、後ろから肩を叩かれた。
「待った?」
「いや、今来た所」
ヴァレンタインは服装をリオに合わせてきた。彼が着ているのはどこかの古着屋で買った少し前流行りの品だ。そしてリオを見て人のよさそうな笑顔になった。
「さあ、どこに行く?」
「市民証持ってる?」
「あるよ」
「じゃあ俺、センタービルに入ってみたい」
「ああ、それは観光の選択肢としてベストの選択だ」
ヴァレンタインは見てきた人の顔で頷いた。
「あそこは元ヴェント議員連合の顔だからな。あちこちの星系の中でも商業都市だったヴェントが金をかけて作らせた。ちょっとすごい」
「へえ、楽しみ」
市民証一つで外星系人を三名まで連れてくることができる。難民の利用できない施設はわりとある。プールや市民会館、指定のビルには入れないし、図書館で借りられる本も購入から五年後のものだけだ。リオは憲兵としての職務の時はオールパスだが、プライベートは制限がある。
けれどそれもヴァレンタインと共にいれば無制限になる。デートしたいと言ったのはその為でもあった。
「おお、すげえ……空中庭園じゃん」
「ビルの外観から想像つかないだろう。ここを帝国政府公館にしようという話が出たが、民衆がついて来なくなるからやめたんだそうだ」
ヴァレンタインは事情通だった。この空中庭園は様々な色合いの緑に包まれて、美しく和やかに調和していた。蔓の絡まる柱の向こうに飲食店があるのがわかる。緑の邪魔にならないように飾られている店内で人々は景色を眺めながら思い思いに過ごしているようだった。
「よく知ってる」
「君はソリヴィジョン、あまり見ないのか」
そう聞いたヴァレンタインは、どこか焦れているようだった。リオは彼のことをあまり気にせずに風景を眺めていた。一枚写真を切り取って、部屋に飾っておきたいような美しさだった。
他にこういう美しい場所があるなら、一緒に行って時間つぶしができそうだ。その代償が触れるだけのキスだったなら安い。
「ソリヴィジョンがないんだ」
「え?」
「難民への嫌がらせだよ」
「なら、端末で動画も見ない?」
「あまりそういう気分になれなくて」
「なぜか聞いても?」
「俺、ウルスラの芸能界から逃げ出したんだ。未練がある。動画は大体、映像会社の手が入ってるだろ」
「ああ、銃を握りたくて手が疼くような」
「物騒」
「ごめん」
「でも、気分は近いかもな。だけど俺は銃は苦手だよ」
「そうか。俺も得意ではないが、使う時はあるな」
「やめろよ」
「ごめん」
「謝ってばかりだ」
「そうだな、空中庭園を抜けた先に美術館がある。美術は好き?」
「音と映像のアートは見たくない」
「俺は彫刻が好きだ。これは動かないものがいい」
「ああ、見に行こう」
ヴァレンタインは予想外という表情でリオを見た。自分からヴァレンタインの色に染まりに来た、と彼は考えたようだ。
馴れない憲兵業務に難民差別、元の芸能界の消息を知ったら縋りついてしまうかも知れない。それが恐くて動画も見ていなかった。ニュースもテキストで見ていて、動きのあるものはリアルで会う人間と、人間と。
「たまにはいいよ、そういうのも」
「……俺にキスされたらどうするんだ」
まさかこんな所で、という危機感が胸の中に水位を上げた。
同性相手にそれを許せるかどうかも未知数だった。
「まだそうなのか分からない。それでも?」
「俺がだめだったらどうする?」
「分からない。でも、嫌いじゃない……と思う」
「俺のことが?」
「まだそこまでじゃない」
「そうなりたいものだな」
距離感は少し近い友達、だろうか。リオの意思を受け取ったヴァレンタインの指が微かに腕に触れた。付き合うことをまだ本気で受け取れずにいるから、触れられるのは困る。
そのままでいたのは、ここでセンタービルから放り出されると最低な気分になるからだ。触れられるくらい大したことではない、と言って積極的に触れられたいとも思わない。
リオは、男が男にどういう気持ちになるのか分からなかった。
「綺麗だな……」
そう呟いて、ハチドリの一種が花の蜜を吸っているのを眺めた。
こういう景色を見せてくれるヴァレンタインに、リオは少し感謝していた。ヴェントに来て初めて、誰かと一緒に美しいものを見た気がしていた。久しぶりの心の潤いで、来てよかったという気持ちになる。
ヴァレンタインに対する気持ちは一様ではない。拒絶感と共にいたい気持ち両方があり、警戒心を捨てきれなかった。
「ウルスラの芸能ニュースで、俳優が逃げ出した話なんてない。本当に?」
「……」
静かだと思っていたら、彼は端末でネットを見ていたようだ。リオは笑った。
「本当だよ」
「……名前を教えろ」
ヴァレンタインは上級軍人だ、とリオは感じた。そうでもないと出せない威圧感を感じる。彼が聞きたいことが何なのか、うまく理解できずにいた。