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04.なんで告白?

 ヴァレンタインは自然な仕草でリオを誘導して、スタジアムの中を移動していた。

「あっちのフードスタンドに行こう。今日見てた試合のことなんだが、実は俺は一つ情報を掴んでいるんだよ」

 自分が小さな賭けに勝利したからだろう、ヴァレンタインは嬉しそうに種明かしをした。

「ナイツの選手が、金で試合結果を左右している可能性がある、という噂を知ってたか?だから今日はナイツが負けると思ってたんだ」

「なんだそれ、ずるいな」

「やっぱり知らなかったか。俺は勝利の為ならなんだってする軍人だ。常道だろ?」

「軍人の常道なんて知らないよ」

「おいおい、拗ねるなよ。それに、君のいる憲兵隊は軍の一組織だろ」

 やはりヴァレンタインは軍人なのだ。ゲームをする前にカードを伏せておく。今回の賭けは、彼が提案したときからそうする計画でいたことがわかる。

 リオには何の予感もなかった。試合で賭け事なんてしたことがない、純粋なグラビティ・ボールのファンだった。

「この情報はその気があれば調べられた。調査不足の君が悪い」

 そう言いながら、ヴァレンタインはスタンドの食券機でAプレートを指さした。リオも支給されたカードで支払い、同じAプレートの食券を取った。

 リオは疑念半分で、ヴァレンタインに再確認した。

「本当にスタンドで奢るだけでいいの」

「希望を言っても?」

「いいよ、聞くだけだったら」

 やはりだ。難民相手になにか問題をなすりつけたいのだ。でも、聞くだけならいいだろう。ヴァレンタインは何か決心したかのように深呼吸をしてから言った。

「じゃあ言おう。ブラック、俺と付き合う気はないか?」

「え?」

 聞き間違いだろうか。付き合う?

 ヴァレンタインはリオの手を取るような強引なことはせず、ただじっと興味を持っている瞳が明るくリオを見ている。

 いいことを提案している口調だった。

「交際だよ。俺としてみないか」

「それって、男同士で?」

「他に何がある?」

 男同士で恋人になるのは、リオの選択肢にないことだった。とんでもない選択だと思うのに、なぜ胸が高鳴るのかリオ自身にも分からなかった。

 ヴァレンタインと付き合うのが、自分の中でありなのだと分かる。そのことに新鮮な驚きがあった。

「格好いい憲兵さんと付き合いたい。おかしいかな」

 控えめな笑顔を浮かべているが、ヴァレンタインは軍人なのだから、肉食系だ。

 もし、ここで断ったらどうなるだろう。リオは生唾を飲んだ。

 ヴェント星の市民権が欲しい。それにはあと二年半を穏やかに過ごさなくてはならない。危険なことが起きた時に、ヴァレンタインの名刺は役に立つだろうか?リオにはそういう下心がある。

「じゃあ、友達からお願いします」

「うん、よろしく」

 ヴァレンタインは微笑み、これまでと違う強さでリオの肩を抱いた。その力に早速リオは後悔していた、なぜすぐ拒絶しなかったのか。

 自分が秘密を隠している後ろめたさから、ヴァレンタインに強く出ることができない。そうした甘さにつけこまれる形で関係は成立している。

 男同士で恋愛をどうするのか、何の予感もない。なぜ、友達からお願いしますなんて言ったのか。それはこの先彼を利用する時が来るかもしれないから。本当にそうだろうか。リオは自分の気持ちがどこを向いているのか少し疑った。

 嬉しそうに見える演技をしてみせると、彼も笑う。

 演技で自分を偽りながら、これからどうなるのだろうか。恋人ができたのは予定外だ。

「きょうはこれで帰ろうか」

「え、いいの」

「恋人になれたことで胸がいっぱいだ……今夜寝れるだろうか」

「おいおい。まだこれから色々あるんじゃないのか?」

「それは期待してる」

 手を握るでもなく、キスもなしに帰して貰えたのは良かった。ヴァレンタインと別れたことで、少しほっとして雑踏の中を歩き、ぼんやり呟いた。

「男か……」

 リオも男で、これまで同性を相手にしてきたことはなかった。

 普段なら断るけれど、ヴァレンタインは断らない方がいいような気がする。何か予感がリオの中に警鐘を鳴らすのだ。

 断れないなら男同士でどうするのかを調べておいた方がいい。それで、リオは初めて男同士でどうなのかを知った。

 軍隊では同僚を相手に情を共にすることがあるというが、それが強制だと後で問題になることもある。その点、ヴァレンタインはまともだ。軍の外、たとえばリオに相手を求めたのは彼の心が健全な証拠でもある。

 キスもしなかった。リオも初めてのデートでキスを迫りはしないから、その辺りは信用できる。

「そういえば、ウルスラでもいたな、そういう人」

 ウルスラ星の芸能界にいた頃に、そういう手合いが多かった。リオが所属していたのは中規模の事務所だったけれど、スポンサーに大きな企業がついていたから誘いを強気で断れていた。

 今はただの難民出身の憲兵上等兵に過ぎなかった。ほんの数年前まで普通の俳優をしていたのに、人生は流転するものだ。

 翌朝出勤して暫くしてから端末が鳴るので、仕事かと思ってアプリを見た。ヴァレンタインからだ。

……つれないな。朝の挨拶もないのか

 大柄な軍人が甘えてきた。

──そういうの好き?

……期待してたんだ

──ごめん。でも、三交代だから不規則だよ

……俺も、朝も夜もない務めだよ

──忙しいよな

……本当に

 毎日のルーチンワークに、ヴァレンタインと連絡を取ることが加わった。潤いを見出せたらいいけれど、相手はかわいい女の子じゃない。大型の犬が懐いていると思えば少しはかわいいが。

 大きくて懐く犬。どんな返事をするだろう?と思って十日ほど様子見をする。何の変哲もない、恋人っぽい雰囲気のあるやり取りだった。

……何か好きなものは?

 ごく一般的な探りの一手だと分かっているのに、リオはそれに答えられるものを全て失っていた。

──全部ウルスラに置いてきたんだ。紹介して欲しいくらいだよ

 正直なことを書くと、少し間を置いてから返信があった。

……そういうことを簡単に言わない方がいい。誤解される

──どうして?

……俺の色に染まりたいのかと

 誤解された。リオは勤務の合間に見たヴェント星の様子についてあれこれ考えた。けれど見ているのは昼間の住宅街か夜間の繁華街の外れくらいだ。犬を連れた女性や子供と、酔っ払いの反吐ばかり。この星のことを何も知らなかった。

 そこでリオはヴァレンタインに提案した。

──なあ、デートしないか

……いいよ

──できれば街中がいいな

……了解。エスコートは任せてくれ

 男に導かれるデートコースになることに、この難民生活が少し疲れてくる。リオもあちこちヴェントのあちこちにバイトで顔を出しているのに、どこも印象に残っていなかった。

「けっこう見てたつもりなのにな」

 生きることに必死過ぎて、見逃してきたことがある。共に生きる友人も家族もいないから、誰かと何かをしたいとも思わない。

 ウルスラ星にいた頃は一人で楽しむのは得意だったけれど、今は一人でいることが当たり前で、人と一緒にいる機会がほとんどなかった。

 難民になってから、リオはずっと孤独だった。

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