03.憲兵隊の同僚
ヴァレンタインとの通話を終わらせてしばらく後で、乱暴にドアがノックされた。
「ブラック!開けろ!」
聞きなれた大声に心当たりがある。
「わかったよ」
大声を上げながら玄関に行って、チェーンをしたままドアを開けた。ガン、と思い切りドアを開こうとするヴェント出身のクライド・グッドマンが舌打ちをした。
「難民は奉仕の時間だろ。玄関前の掃除、お前の当番だ」
「今週俺の当番だった?」
「昨日一人帰ったんだ」
「ああ、それでか」
「お前も故郷に帰りたいんじゃないか?」
彼はじろじろとリオのウルスラによくいる日焼けしたように浅黒い肌を舐めるように見まわした。軽い不愉快さがある。グッドマンは威圧的に出る以外に交流ができない男だった。
「お前、リーシュン市だったよな」
「それがどうした?」
「俺は昨日、階段の担当だったんだ。それで見たけど、踊り場にあるゴミ捨てにリーシュン市からのダイレクトメール入ってた」
「はあ?昨日?」
「底の方だった。ゴミ回収は明日だろ」
「チッ、誰だ一体」
「さあな。郵便が届くのが羨ましいんじゃないか」
「てめえか」
「俺は階段担当で、玄関の郵便受けには触ってない。コルネリアス陛下に誓って」
「難民が陛下の名前を言うな。覚えてろよ、ブラック!」
思い切り外壁を拳で打ち、荒い足取りでグッドマンは廊下を階段の方に降りて行った。彼があと二年半を共に過ごす最もよく口を利く同僚だった。
改めて部屋に戻って、端末を見る。ヴァレンタインから何かが送られてきていて、開くとチケットだ。自分で買うつもりだったのに先手を打たれた。
「あいつ、何がしたいんだ」
ぼやいて、寝転がる。
ウルスラからヴェントの首都リヴェで働けているのは予想外のラッキーで、ここがリオの当初想定していたゴールだった。予想以上にうまく行っていて、この先のことが何も分からない。
半年前のヴェント政府はリオを受け入れて憲兵にしたけれど、今の帝国政府がリオのような末端の憲兵をどう扱うか全く予想がつかなかった。
けれど、ゴールはゴールだ。一時的に憲兵隊にいたことは難民にとって重要な前歴になる。非合法な手段で稼ぐことはできればしたくなかった。
グッドマンのように市民権を持っている者の中で、リオのような難民と分かって付き合う相手は大抵非合法の何かに誘う目的がある。ヴァレンタインもその口だとリオは思っていて、どうやってやり過ごそうか考えていた。
試合当日、駅で待っていたヴァレンタインと合流する。彼は目立たないように気を使って来たらしいが、ばりっとした格好いい服装と軍人の体格でよく目立っていた。
「あの、変装してるつもり?」
「見えないか?」
「失敗してると思うけど」
「そうかな。俺はうまく行ってると思ったんだが」
「まあいいけど」
そこで彼はリオをじっと見た。
「オーバーサイズのパーカーって流行なのか?」
「これは難民の間での流行。俺も気に入ってる。それに市民権を得られるまではそうしてないと、憲兵隊の寮でうるさいんで」
「ああ、そういうことか」
「お前はそういうことはない?」
「俺か。今日はお忍びだし、グラビティだからカジュアルを意識した」
「決まってるよ」
お世辞でも言うと相手は気を良くする。ヴァレンタインもそれで、二人で機嫌よく会場の中に入ることができた。試合は盛況とは言えなかったけれど、そこそこ席は埋まっていた。
目の前のチームのどちらがアウェイなのかもわからない。ただ、ゲームの雰囲気と熱いファンの存在、それと日常を確認する為に来たようなものだ。
たとえば自分がヴェント星まで来ていることをうっすらと忘れられるようなものに触れたかったから、それが試合観戦であることはリオにとって嬉しいことだった。
ヴァレンタインもどちらのチームを応援するということはなく、相手選手の技量を見て感心している所があった。
「あの選手は軍属だったな。軍の試合でも見た、ずば抜けていた。元難民で市民権欲しさに兵役を過ごしたんだ」
「よく知ってる」
「俺は彼に賭けたんだ。今も俺は彼に賭ける。どうだ?」
「やめておこうかな、分が悪い」
「じゃあ試合の行方を賭けないか?俺も普段グラビティは見ない。これなら五分五分の勝負だろう」
賭けで何をさせたいのだろう。警戒する気もあったし、こんなことに乗りたいと思わない。けれど、ヴァレンタインの表情はこのことを楽しんでいた。
「じゃあ、ナイツを」
「ナイツでいいのか?」
「前情報も何も知らないからね。あと、あの選手の動きがいい」
「確かにな。マジックは負けてしまうかも知れない」
からかうような口調で言う。本当はヴァレンタインは知っている?でも賭けに乗った以上、もう降りることはできない。彼は何をリオに要求する気だろうか。
そんなことを気にかけながら見ている試合はあまり楽しくなかった。試合はマジックの勝利で、ナイツは負けた。
「それで?」
「スタンドでホットスナックを奢ってくれ」
「他には?」
「また遊びに行こう」
リオは、それだけ?という拍子抜けをした表情をした。それを、ヴァレンタインは可笑しそうに見ていた。
「また遊んでくれ、と言ったんだ」
ヴァレンタインはどこか照れながら言った。でも、なぜだろう。リオも、そう言ってくれる相手がいるのは嬉しかった。こんな誘いはいつ以来だっただろう。
彼ははにかんで自分のことを少し話した。
「急に昇進すると、話せる相手がいなくなるんだよ。君はどうだ?」
「どうって」
「俺のはいいか?」
「え。いいけど」
「良かった」
彼は満足そうに、ぽんとリオの肩を叩いた。