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33.俳優に戻る日

 セレガ=ヴェント皇帝コルネリアス・デュ・クラーケンベルクが、ウルスラ星における談合を指摘し、ウルスラ星の数万隻の艦隊データが他星系に流れている可能性について指摘した。

 その報せが朝のニュースで流れているのを見て、リオはちらりと正面でマフィンを千切っているヴァレンタインを見た。

「仕事してるんだな」

 彼は薄く微笑んで、初めて彼が知っている皇帝について話した。

「陛下は帝国の安定のためなら何でもすると前から言っている」

「凄いね」

「それに、百八十光年向こうの星系がこちらをどう思っているのか調べられる。いい機会だ」

「どういうこと?」

「今回のことで、軍では長征の計画を立案している」

 リオはぎょっとした。ウルスラの独立を賭けた戦いになるのか。では、リオがここまで苦労して情報を運んできた意味がなくなってしまう。

 そのことに気付いているだろうヴァレンタインはコーヒーカップを手にしている。

「すまない。これは軍部の機構がそうなっているんだ、皇帝陛下が口にした星系をもし攻略するならどういうルートがあるのか、参謀本部で試案を出すのが慣例なんだ。実現性は薄い」

「なんだ、びっくりさせないでよ」

 リオはため息をついて、無意識に握っていたフォークを手放した。

「でもそうか。宇宙はまだ平和ではないんだな」

「驚かせてすまない」

「いや、いいよ。今日は来るんだろ?」

「何が何でも時間を空けるよ」

 出勤時間だった。ヴァレンタインは席を立って食堂を出て行った。

 リオは休みを取っていた。先週発表したアルバムがホロコンチャートの三位になったお祝いで、今日は朝からあちこちに顔を出す。

 迎えのチャイムが鳴り、あとのことをヒル少年に任せてリオは邸宅を出た。楽曲をソリヴィジョンのCMに使いたいというスポンサーが数社あり、今日はそこを中心に回る予定だった。

 リオはヴェントの企業について詳しくないから、ほぼ全てロッテに任せていた。元々リオを売り出そうとしたのはロッテだから、彼女の都合で決めて構わなかった。

 移動中の車の中でリオは尋ねた。

「ねえ、またファンディングの話来るかな」

「もう来てる。あなた本当にこのお金を全部寄付に回すの?」

「考えてるところだよ」

「どんなこと?」

「スペースデブリの清掃と、孤児への福祉かな」

「まるでセレガ貴族みたいなこと言ってる」

「俺が憲兵のままだと、また生活費が足りないだろうって思われるのかな?」

「それは違うかな。世の中にはお金を出すことでしか自分の気持ちを表現できない人が結構いて、リオはその人たち方面の窓口を置いてないでしょう?」

「あ、そういうこと?」

「それもある。他の理由を持つ人もいるけれど、窓口が欲しいよね」

「慈善はだめかな。貴族っぽい?」

「ごめんね、それは意地悪言ってみただけ」

 ロッテは笑い、タブレット用のペンシルを指先でくるくると回した。

「慈善も悪くないと思う。アルバムの売り上げを全額寄付するとか、慈善事業にあてる。今は戦後だし、いい話に聞こえるものね。イメージアップになる」

 ロッテはその先は言葉にはしなかった。

 そうだ、今回のシングルとアルバムはロッテに言われて、その場の勢いで出したと言った方がいい。それで星系間ファンディングの話が出たから、リオはそれと売り上げを利用して慈善事業を展開する。

 なぜなら、リオは憲兵上等兵でしかないからだ。何もおかしなことはない。

 それから二、三ヶ所を挨拶回りして、空が暗くなったころにパーティー会場に入った。リオ達は少し遅れて搭乗したらしく、会場は司会が取り仕切り、既に酒が入っていた。

 主役の登場ということで壇上に押し上げられ、ロッテと共に挨拶をした。

「こんばんは、リオ・ブラックです。本日はアルバムがすごい順位になったということで開かれたパーティーですが、皆さんよく来て下さいました。とても嬉しいです。ホロコン上位に入ったこと、俺もちょっと驚きました。初めてだし五十位以内ならと思ってたんですが、予想外に評価が高かったですね……」

 リオの挨拶を聞いて、拍手と歓声が聞こえる。どこから聞いて来たのか知らないが、熱心なファンが会場に入り込んだらしく外縁で何やら騒ぎが聞こえた。

 それとは別に会場に入ってきた人がいる。ヴァレンタインだ、私服でいる。

「……ということで、皆さんで乾杯しましょう!」

 全員が席を立ち、酒盃を手にしている。リオはグラスを掲げた。

「乾杯!」

 リオは自分の役割を終え、あちこちのテーブルへ挨拶に向かった。この時の為にウルスラの中級事務所キボウから社長が駆けつけていた。握手をするときの仕草がやたら過剰で、リオを苦笑いさせた。

 そこに私服のヴァレンタインがやってきた。最初、社長は彼が誰か分からなかったようだったが、すぐ声を上げた。

「元帥閣下!」

「いや、今は私人なので。ヴァレンタインでいいですよ、社長」

「そんなこと。あなたが航路を確保してくれたから、宇宙海賊にも遭わずに最速で来られたんです」

「何もなくて良かった」

「本当に!ストレイ宇宙峡を安全に通れたのは、あなたのお陰です」

「あそこは元々制宙権を取っておきたかった。あなたのことはついでなんです」

「軍がいると出ないもんですね、海賊が。驚きました」

「まあ、今のところは」

 リオと目が合い、ヴァレンタインは嬉しそうな顔をする。こうしていると着やせして見えて、本当に一般男性にしか見えない。

「それでリオ、これからどうするんだ?」

「これから?」

「芸能活動のこれからだよ」

 そうだ。リオは、これからのことを決めなくてはならない。憲兵隊の上等兵で、最近ホロコンを出した俳優で。それから?

 もう既にやるべきことは終えていた。グッドマンの少年のような笑顔を思い出す。

「市民権を取ったら、俺は芸能活動を再開します」

 リオは言い切り、社長は感激してリオに抱き着いた。ひとしきり抱き合ってから離れ、彼は拍手した。次にリオの前に来たのがヴァレンタインだった。

「リオ!」

 思い切り抱き着かれて、リオは勢いに押された。

「ちょっと、ハイド」

「待ってたんだ。ずっと、その言葉を」

「ごめん、待たせた」

「いいんだ。戻ってくると分かったら、その時が来るまで待てるから」

 抱擁を強くしてから離れて、ヴァレンタインは照れくさそうな様子でいた。一国の元帥がまるで少年のような表情を浮かべている。

 リオは、ヴァレンタインを感激させたかった。彼のお陰でウルスラ星の秘密は全宇宙の知る所となった。ウルスラ星の秘密から解放された時、リオは俳優としての活動など頭の中になかった。ただ姉と義兄を失った悲しみと、見知らぬヴェント星にいる自分のことを思っていた。

 そこでヴァレンタインの気持ちを聞いて、俳優としてもう一度やってみようという気持ちになれた。リオはもうウルスラ市民には戻れないだろう。義兄と姉の死の真相もどこまで解明できるかわからない。ヴェント星に来るまでに、多くのものを失っていた。

 だからこそ幸せになりたいし、そうなる義務がある。リオは隣で肩を抱く恋人を見上げ、彼の側に居場所ができたことに安心し、ほっと肩の力を抜いていた。

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