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02.いきなり通話

「〇七二〇時、公園は解決しました」

『ご苦労様。エッグストリートの三番で女性の通報があった、行ってみてくれ』

「了解」

 いつもこうして外回りで時間がつぶれていく。昼食をどこかのスタンドで食べられたらラッキーで、いつも朝と晩の二食だけになる。最近痩せてきていて、本署の方に行けばトレーニング施設もあるけれど、分署務めのしかも難民だから本署に行きにくい。

 ウルスラの軍事機密を握ったまま勤めていていいのかな、という気持ちがある。もしここでリオが殺されたら、ウルスラと帝国の問題になるのだろうか。

 誰かに安全を担保して貰えたらいいけれど、その為に支払う金など持っていなかった。密航のために俳優として稼いだ金はほとんど消えている。

「姉さん、無事かな……」

 星々の向こう、エストの無事を何者かに祈った。欲しいものは、姉と自分の安全だ。

 姉のエストが生きているかどうかも分からない。密航中は追手に見つかって生きたまま核融合炉に投げ込まれる悪夢を何度も見たものだ。それも、ヴェント星に到着して忙しくアルバイトなどをしているうちに悪夢のことも忘れてしまった。

「こんにちは、通報を受けてきた憲兵隊の者です。小官はリオ・ブラックと言いますが……」

「来るのが遅いわよ、怪しい車はもう行っちゃいました」

「行っちゃいましたか。ナンバーは?」

「送ったのに見てないの?」

「あ、分担が違うからですね、それは。失礼しました……」

 日々、市民に見守り寄り添いながら、姉の生還を祈っている。生き延びて中立星系にたどり着いていて欲しい。

 姉に会えるとしても当分先だろうと分かっていた。

「〇八一五、エッグストリート終了です」

『車に戻ってくれ、次の地区が忙しそうだ』

「了解」

 適度に忙しい憲兵業務は歓迎だった。暇になると姉のことが気になって仕方ない。友人知人でもいれば気がまぎれるけれど、リオのような難民は大抵一人だ。

 友人はこれから作ることになるし、憲兵業務はきつく、簡単に友人も作れそうにない。

 その休日、貰った名刺を調べていた。ホログラフィの顔写真は、少し古風ないい男の顔立ちである。ハイド・ヴァレンタイン、軍人と書いてあるけれど何者なのか。

 階級まで隠すことないだろと思いつつ弄っていたら、通話が繋がった。

「えっ」

 コール音の後に、留守電に切り替わった。

 それで、リオはほっとして自分の要件を話した。

「ごめん、連絡入れちゃった。お前の名刺弄ってたら通話に切り替わっただけで、特に用はないんだ。それじゃ……」

『それだと困る』

「わっ」

 あの日聞いた声が間近に、端末がいきなりホログラムを出した。

 向こう側に透けてヴァレンタインの上半身が映る。当たり前だが礼装ではなかった。リオと同じような軍装で、階級章とデザインが異なっている。

 リオを見て、にやりと笑う。その笑顔に悪魔の存在を予感した。 

『ブラックさん。難民ということだけど、出身は?』

「な、なんだよ急に……」

『言いたくない?』

「故郷は捨てたから」

『言わないんだな』

 責められるのか?それとも黙っている代償になにかよこせと言うのか。リオにあるのは、もうこの体一つだけしかない。

 待っていると、ヴァレンタインはふっとため息をついて自己紹介を始めた。

『俺の地元は地方惑星のエレトーで、セレガの士官学校に越境入学した。そこでテストを受けてセレガの市民権と少尉の階級を得たんだよ。そのまま戦場まで直送されて、戻ってきたときは大尉だった』

「へえ、そう。大尉ね」

『それは昔の話だけどな。さあ、次はお前の番だ。出身星は?』

 自分の情報を開示して、交換条件のようにリオのことを知りたがる。まるで、そういうゲームを遊んでいるかのようだ。

 迷惑だと言う顔をしないように気をつけた。

「……俺は、辺境惑星の出だよ。ウルスラって知ってる?」

『あそこ?本当に遠いな。何光年先だった?』

「百八十光年。ここに来るまで大変だった、ワープのたびにガタガタいう艦だったから、生きた心地しなかった」

『ウルスラでは何を?』

「芸能界にいたよ」

 嘘は言わない。顔と名前で検索すれば、まだリオの情報はある。

 けれどヴァレンタインはあまり本気にしていない様子だった。

『偽名は?』

「使ってない。どこでもリオ・ブラック」

 正直に話すと、ヴァレンタインはじっとリオの顔を見つめた。

『それは度胸がいいな。大半の難民はどこかで偽名を使うことになるし、そこから偽名を使うことでしか生きていけなくなるものだと聞いている』

「実の名前でできないことはしない」

『それで、俺に言えることはそれだけか?』

「特にない。俺は貨物船に乗って来た密航者で、ヴェント星の奉仕に憲兵隊で三年勤めたら市民権が貰える。そのくらい」

 ヴァレンタインはホログラム越しにリオをじっと見て、なにを思っているのか。

 興味深そうな視線を隠そうともしていなかった。

『今はそれでいい』

「そう?」

『会話をしてくれるだけで、気晴らしになるからな』

 緊張するやり取りはこれで終わりだろうか。リオが少しリラックスすると、ヴァレンタインはその様子をじっと見ていた。それから手元にある紙の書類を少し弄った音がする。

 紙の書類でする仕事なんて機密に決まっている。こんな所で出していいのか。

『それで、今週末にやっているスポーツの試合で何かあるか?』

「週末の試合なら、サッカーとグラビティボールが。一日ずらしたらバレーボールもある」

 リオの提案を一通り聞いた彼は、どこか挑戦するような楽しさで話していた。

『帝国協賛ならチケットを押さえられるんだ。行きたいところはないか?』

「えーと、じゃあ、グラビティ。子供の頃にちょっとやってた」

『俺もだ。気が合うな』

「そう?」

『会場の駅はシームスだったな。東口で一二〇〇時に』

 言い方が業務だ。気が塞ぐなと思ったら、ヴァレンタインもそれに気が付いたようだ。

『いや、これは俺が悪かった。12時に集合でどうだ?』

「いいよ。行こう」

 ヴァレンタインは目で合図をしてから通話を切った。

 それで、なぜ彼とグラビティの試合を見に行かなくちゃならないのかと、リオは少し失敗したような気がした。通話を入れてしまったリオの間違いを、ヴァレンタインがうまく逆手に取った。してやられた。

 けれどリオはここヴェント星に知り合いの一人もいない。それこそグラビティを見に行くような友達は全員ウルスラ星に置いてきたし、新しい友達などいなかった。

 気分は楽しかった。誰かと待ち合わせして出かけるのが嬉しい。これは心の緩みだろうか?ほんの数時間でいいから、誰かと一緒にいたいと思ってしまうのは。

 百八十光年も遠くまで来てしまったことに思いをはせる。孤独になってまで守らなければならないSDカードだろうかとも思う。でも、ウルスラの民として見過ごしてはならなかった。

 ウルスラの軍関係者はヴェント星まで来るだろうかと思うと、ヴェント憲兵隊に入っていることが少しは心強かった。

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