27.君を見ていた
その休日、ストック分署に俳優がいるという噂がウェブに出ている、とグッドマンからメッセージが入った。リオはアプリを開き、その書き込みが広まっていくのを眺めていた。様々な予測が語られているけれど、リオの核心に迫るような言及は一個もない。
人々の好き勝手な空想論を眺めながらベッドの上で転々としているうちに、眠っていたらしい。
リオが目が覚めたとき、体にタオルケットが掛けられていたのはヴァレンタインか、ヒル少年か。部屋に置いてある水を飲んだ。
そういえば今日はヴァレンタインも休みだったはずだった。彼は休日も忙しそうにしているから、恋人同士と言っても特別な甘さが特にないのが奇妙だ。触れるときには飛び切り優しくしてくれるのが、特別と言えばそうなのかも知れないが。
今日はヴァレンタインは何をしているのか気になって、彼の顔を見に行こうと部屋を出た。
廊下に出ると、家の中に低く響く笑い声がする。客が来ているのか、とリオは居間に行ってみたがいない。応接間の方で話しているようだった。
応接間を使うような相手なら遠慮した方がいいだろうか。顔を出していいのか気になって、そちらに行ってみた。部屋のドアは開け放たれていた。
「しかし、偽物だと思うのが普通じゃないのか?よく本物だとわかったな」
大きな話し声がする。この声はリンウッド・フィーレンだ。
「ブラックと、最初はどうやって接触したんだ?」
あの日に出会った話をするのだ、とリオは分かった。
ヴァレンタインの声が穏やかに聞こえてくる。
「陛下の誕生日パーティーで、俺が罰杯ばかり食らった日があっただろう」
「ああ、あったな」
「あの後、俺はどうにか家の近くまで帰ったんだが、手近な公園のベンチで寝てしまった」
「おいおい、礼装だろう?」
「そうだ。あまり人に言うなよ、その俺がつぶれた朝に公園に来たのがリオなんだ。びっくりしたよ、リオ・ブラックそっくりな憲兵が、まるで映画のように現れたんだから」
ヴァレンタインの声音がどこか感動しているのがリオにも分かる。フィーレンは鼻先で同意して流したようだ、グラスと氷が触れあう音がした。
そんなに感動するような出会いだっただろうか?殺されかけたのは忘れられないけれど。
「本物かどうか試さなかったのか」
「したよ。したけれど、本当に愚かなことをしたと思っている、本当に」
「なぜだ?本物だと分からなかったんだから、仕方ないだろう」
「彼の言葉を聞いて元の事務所に問い合わせる。簡単なことだ。なのに俺はその手間を惜しんだ。偽物でもいい、彼と一時の快楽に溺れられればいいと考えて」
「そんなの普通だろ……」
「俺も悪いんだ。戦場でファンレターを書けたら良かったのに。そうすれば俺の気持ちだって一応の決着がつく」
「何を言っとるんだ。お前は三星連合との前線にいただろうが」
「ああ、そうだ!通信のことごとくが秘密になる最前線で一体何をできるっていうんだ?」
「もしかして、書いているのか。ファンレター」
「ああ!」
リオはうっと口元を押さえた。いつも感情を抑え気味で、どちらかといえば紳士風に振る舞うヴァレンタインが、リオにファンレターを書いている。
毎日顔を合わせて話してるのに、ファンレターを書く必要があるのだろうか。交流が足りなかったのかなとリオは少し反省した。
フィーレンが心底疑問そうにヴァレンタインに尋ねている。
「どんなことを書いてるんだ?」
「ありふれた言葉になってしまうんだ。でも、書かないと伝わらない」
「面と向かって渡すのか?口で言えばいいだろう」
「そんなの冗談じゃない。ファンレターだぞ?事務所に匿名手続きをして投函する」
そんなヴァレンタインの反応を聞いたフィーレンが戸惑っているのが伝わってくる。ヴァレンタインの本気を聞いて、リオは驚いていた。
「彼がウルスラ星の機密を抱えてヴェント星まで来て、俺と会ったこと。俺がどうにか彼の信頼を得たことは、彼の為に本当に良かったと思っているんだ」
「彼の為?帝国の為じゃないのか?」
「私情だよ。分かっているだろう」
「お前と彼の関係は聞いた。でも、ウルスラ星の機密は帝国が切るカードだろう?」
「ああ、リオは秘密から自由になれた。今後の芸能活動がしやすくなる」
ヴァレンタインが完全に自分の感情だけで話をしたので、フィーレンは声を低めた。
「おい、筆頭元帥」
「分かってる。こんなことを言えるのは、お前しかいない」
フィーレンも、子供のことでヴァレンタインやリオの手を借りたことを忘れているわけではない。それ以上は何も言わなかった。
リオはヴァレンタインに何か言葉をかけたかった。けれど、何と言っていいか分からない。応援してくれてありがとう?そんなばかな、今のリオは単なる憲兵上等兵に過ぎない。
「自分の想い人を手中にした心地はどうだ?」
そう聞かれたヴァレンタインは、ため息をついた。
「俺は彼を手中にしてるのかな?」
「してるんじゃないのか。しているだろう」
「そうだろうか。彼の安らげる場所でありたいと思っていて、縛りたいとは考えてないんだ。お前は誤解しているよ」
そこまで聞いて、リオは自室に取って返した。
廊下で偶然ヴァレンタインの気持ちを聞いたことは彼に対して悪かったかもしれない。でも、彼がそんな風にリオを想っているのが分かったのは嬉しかった。肉親を全て亡くしたリオにとって、彼のような気持ちで接してくれる人がいることが慰めにもなるし、励みにもなる。
そしてその事実が、リオの心をある一定の方角に向けて歩ませる勇気の元になった。




