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26.半分のホットサンド

「それじゃ、行ってきます」

 口々に言い合って朝に出勤する。リオは徒歩で、ヴァレンタインは迎えの車に乗り込む。彼氏の家に住むようになってから、朝は大抵ヒル少年が作ってくれる。スタンドで買わなくて済むのはラッキーだった。

 ヴァレンタインの邸宅に住めばリオ狙いのテロの大半は防げる。それに勤務先はヴェント憲兵隊で、危険があるのは通勤帰宅時くらいだ。ヴァレンタインはそこを警戒するべきだと言ったけれど、リオは憲兵だから困っている市民がいたら彼らの為に働くつもりで、そこの意見は合わなかった。

 昼に余裕があれば連絡を交わし、問題がなければ大体定時で上がる。リオは三交代制だから、そのまま翌日分の勤務になることもあった。三十六時間ぶりに帰宅するときは食事もとらずにシャワーにだけ入って十時間ほど寝る。

 この邸宅に来てから、起きた時に誰かがいるのはいいなと感じるようになった。ウルスラで俳優業をしていた頃はあまり感じなかった孤独を、難民をしている間にずっと感じていたせいだろうか。誰かがいるから孤独ではない、ということではないけれど。

 二日連続勤務明けで熟睡してからシャワーを使い、身支度を整えてからリオは居間の方に顔を出した。

 従卒のヒルが会釈してくれる。

「おはようヒル君。何か食べるものあるかな」

「はい、ホットサンドを用意しますね」

「よろしく。閣下は?」

「あちらですよ」

 ヒル少年が指した先にヴァレンタインがいて、今日も仕事と向き合っているようだった。リオは邪魔にならないように脇に座り、タブレットで雑誌を開いて読むことにした。

 暫くしてから、軽い昼食になるホットサンドが運ばれてくる。

 リオが半分ほど食べていると、ヴァレンタインがぼそりと言った。

「いい匂いだ」

「おいしいよ。半分こする?」

 声をかけると、彼は顔をこちらに向けた。

「半分こか。それはいいな、半分くれるか?」

「はい、どうぞ」

 リオからホットサンドを受け取り、ヴァレンタインは気持ち嬉しそうに目を輝かせた。

 関係を持ってからも特に浮かれた様子は見せず、落ち着いた声でリオを呼ぶ。細かいことでリオを尊重していることを伝えるのがうまく、よくできた恋人だった。

 こちらとしても彼を名前で呼ばなくてはならないと思うのに、照れ臭い気持ちが邪魔をして中々名前で呼べずにいた。

「よく寝ていた」

「ストレッチも済ませたよ。勤務きついな、憲兵は」

「憲兵はまだいい方だ。前線の将官はなかなか寝る隙がないのがきつい」

「最高で何徹した?」

「二徹まで、という陛下の命令がある」

「へえ、知らなかったな」

 リオの持っていたウルスラの機密がヴァレンタイン経由で皇帝の元に届いているはずだが、帝国の政治は皇帝と枢密院で討議される。セレガ=ヴェント帝国がどう反応するか何も分からなかった。

 いいこともあった。ロッテに言われて通っているスタジオではボイストレーニングからレコーディングに切り替わった。目標はアルバムを作ることだ。

 アルバムに先行してシングルが発売された。それはウェブ上で瞬く間に広まって、ホロコンチャートを上位五指まで上り詰めた。

「やったじゃない!」

 ロッテは自分のことのように喜んでパーティーを開き、リオがそこに上等兵の制服で現れるという演出があった。そこで記者たちからインタビューを受けるのも久しぶりだった。

「なぜ憲兵の制服で?」

 当然聞かれる。リオも正直に答えた。

「今の俺はヴェントの憲兵なんですよ」

「えっ、試験を通ったんですか。一般の憲兵試験を?」

「はい」

「へえ、でもなぜヴェントに来たんです。本拠地はウルスラですよね?」

「あ、その事情については済みませんけれどオフレコで」

 リオは笑って唇の前に指を一本立てた。冗談に紛れさせた方がいいと思ったからだ。記者も笑い、この点については後で様々な憶測が飛び交うだろう。けれど、リオはそれについて何を言う気もなかった。

「ヴェントに来てよかったです。センタービル、凄いですね」

「あそこはリヴェ都民の誇りですよ」

「でしょうね」

「今回出したシングルは、どういうイメージで?」

「戦争が終わったのもあるんですが、明日のことを思う美しい時間を全星系に、と考えたんです。何より戦争が終わった今だからこそ、皆が楽しめるようなものが必要なんじゃないかと思っています」

「それでシングルのタイトルがトゥモローライトなんですか?」

「はい。分かりやすい方がいいって、ゴルドウィン夫人が言うので」

「それは逆らえませんね」

「そうなんです」

 パーティーでのインタビューは意味深な憶測付きですぐウェブ上の誌面に流れた。それからすぐロッテの仲介する事務所にリオ当てのファンレターや品物が届き始めた。使い切り型の暗証番号、フラワーショップや有名パティスリーのギフト券など、枚挙に暇がない。

 ファンレターの中にはリオの制服の階級章を読み取って上等兵であることを知り、経済的に苦しいんじゃないかと心配するものが多かった。だから、ロッテの事務所に星系間ファンディングと寄付の申し出が沢山来ているという。

 シングルの売り上げが好調になるに連れ、リオは分署での扱いがちょっと変わった。滅多に買われないデータ型のシングルを持ち込んで、リオにサインを書いて欲しがる署員が現れたのだ。

 一人二人から、四人八人と増えていく。署内から外にと人は集まり、その様子を見ている同僚がたまに列整理をしてくれた。

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