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25.果ての揺籃

 ヴァレンタインはリオを呼び寄せておきながら、それからしばらく戻らなかったが、ある日リオが邸宅に戻ると玄関先で出迎えてくれた。

「ようこそ、リオ」

 彼は私服姿でリラックスしてリオを待っていた。彼から感じる圧力が薄まり、着やせして見えた。リオより五歳ほど年上の一般男性に見える。今日の表情は柔和で、リオも制帽を取った。

「どうも。いつも、お世話になって」

「俺は何もしてないよ、君の面倒を見てるのはヒル君だ。彼にとって、俺は世話のし甲斐がないだろうな」

「そんなことないと思うよ。尊敬する閣下の側で嬉しいって言ってたし」

「だけど、彼には明日まで休みを取って貰ったんだ。それに、今日は特別な日にしようと思ってシェフを連れてきた」

「すごいな。シェフ?」

「この家に来たことを後悔させないつもりだ」

 特別な日というなら、ヴァレンタインは今日、胸に企図していることがある。それをリオに伝えて来た。その意味は、リオも子供ではないからわかっているつもりだった。

 男同士で恋人になることを断る方がいいだろうか。嫌ならグッドマンの家に行けばいい。リオは自分の胸に、彼を好きかどうか聞いてみた。

 ヴァレンタインは質問する様子でいる。やがて、リオは頷いた。

「俺も楽しみだよ」

「それが君の答え?」

「ああ」

 ヴァレンタインは破顔した。心から嬉しそうだった。

 二人で家に入っていき、ヴァレンタインは居間に向かうようだった。リオは居間があることは知っていたけれど、普段は遠慮して使っていなかった。

 シャワーを浴びて着替えてから居間に向かった。そこでヴァレンタインはニュースを聞きながら持ち帰りの仕事をしているようだった。

「忙しいのか」

「ああ、終戦の後片付けが。誰が軍をやめるべきかの話し合いがなかなか終わらない」

 軍縮について口にしながら、ヴァレンタインはリオに視線を転じ、居間の出入り口を少し気にした。ヒル少年はいないし、今日の為に雇った使用人の姿もない。

 それから慎重そうに話を切り出した。

「早速なんだが、君の秘密を任せてもいいだろう、という相手に心当たりがある」

「それは誰?」

「コルネリアス・デュ・クラーケンベルク」

 その名前は聞き覚えがあるのに、現実感に薄かった。それが誰か思い出そうとして、やがてリオの中の情報と結びついた。彼は、セレガ=ヴェント帝国皇帝コルネリアスのフルネームだ。

「皇帝……陛下?」

「星系単位の政治に関して、陛下と枢密院で方針を定めるのが筋だろう」

「議会で話し合わないの?」

「枢密院で決定したことが議会に伝えられ、そこで議員たちの判断がある。どの道、ゴルドウィンのような男の玩具にはさせたくない」

 ヴァレンタインはリオの情報を軍の道具にしようと考えていないようだった。それが分かり、肩から力が抜けた。軽いめまいを感じ、そこにあるソファーの背もたれに少し手をついた。

 ウルスラを逃亡してから三年間のことが、胸の中に去来する。

「リオ」

「ごめん、少し待って」

 帝国皇帝にこの情報が渡るならウルスラ政府もさすがに無視できない。百八十光年を隔てているとはいえ、帝国はヴェントと三星連合を従えたばかりの獰猛さがある。

 リオはソファーの背を掴む手に力を入れた。

「皇帝陛下なんだな」

「陛下なら、お姉さんの死亡についてウルスラ政府に説明を求めることもできる。もちろん、君が望めばの話だ」

「真相を知りたいよ」

「いいけれど、時間が掛かるだろうな」

「構わない」

「それじゃあ、リオ、君の持っているという情報を出して見せてくれるか?」

「ああ」

 リオは、使い古された憲兵隊支給の古い端末を取り上げて、脇のカードスロットを開いた。すると、そこからするりと出てきたのは一枚のSDカードだった。

 それを見てヴァレンタインは唸り声をあげた。

「俺の知ってる型と違う」

「当たり前じゃん。これはウルスラの規格なんだから」

「三星連合のは知ってるけれど、外星系の型ってわからないな。このスロットに互換性あるかな」

 ヴァレンタインの側に行き、カードを渡す。彼はそれをスロットに差し込んで、情報にアクセスしようとした。実行ファイルが起動し、パスワードを聞かれる。

 ヴァレンタインが視線で合図するのに、リオは答えた。

「コリーベル」

「なんて意味なんだ?」

「ウルスラ北部の方言で、揺りかごっていう意味」

 ヴァレンタインが入力すると、ウルスラに導入された艦隊の全容が明らかになった。少し弄って勝手がわかったらしいヴァレンタインは、実行ファイルの中で自分の持っている情報と照合し始めた。主幹部の旗艦から量産型まで、あらゆる分野に及んでいる。

「悪夢の玉手箱だな」

 ヴァレンタインがうなるように呟いた。

「君はウルスラの市民権を剥奪されるかもしれないが、ヴェントの名誉市民になれるようにする」

「名誉は別にいいよ」

 リオは苦笑した。ヴァレンタインは情報をクラウドに投げ、ノート型の端末を閉じた。

「それで、恋人として過ごせると思っていいのかな?」

「でも俺、役に立つかな」

 ヴァレンタインは余裕ありげに微笑んでいた。

「この家に来たことを後悔させないつもりだ」

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