24.戻らない家主
迎えの車でヴァレンタインの家まで向かう。
到着したのは邸宅と言うべき構えの住宅だった。ゴルドウィンがリオを連れ込んだ装飾の多い別邸とは違い、シンプルなイメージの近代建築だった。
玄関先に降ろされて戸惑っていると、中からドアを開けてきた軍属らしい少年があらわれた。
「こんばんは。ブラック上等兵殿ですね」
「はい」
「閣下から話は聞いています。こちらです」
ヴェントでは軍属の少年兵が従卒として採用されている。もちろん彼らは後方勤務で、元帥の身の回りについて世話をするのも仕事の一つであるらしい。
ヴェントでは学園中等部を出た子の受験先の一つとして、うまくいけば士官学校卒よりもキャリアを築けるという就職先だった。中には、成人までに技能と複数の資格、実務経験を得てから軍を降り、一般に就職するという手を使う者もいる。
この登用制度はヴェント星独自だったが、セレガの制度下でも無事に受け継がれているようだった。
まさか彼が、リオが恋人であることをヴァレンタインから聞いているわけではないだろう。
「君は何歳?」
「十六になります」
「じゃあ、一年目か。がんばってるね」
「はい。僕も憧れの元帥の元で働けて嬉しいです。それに今度は本物の俳優と会えるなんて。ツイてます」
少年はつい口が軽くなって、跳ねるように嬉しそうに言った。
「俺はリオ・ブラック。名前は?」
「ハインツ。ハインツ・ヒルと言います」
そう言って彼は自分の手帳を取り出し、ペンと共にリオに渡した。
「本物のリオ・ブラックに会えるなんて感激してます」
「こちらこそ。ヒル君、よろしくね」
サインを書いて彼に返し、案内されて室内を眺めながら部屋に向かった。
「映画とか見るの」
「『ワンセクション』見ました。すごい良かった」
「あの演出は凄いよね。俺もできるまでどうなってるのか分からなかったから、楽しみだったんだ」
「ブラックさんは映画、もう出ないんですか」
「どうだろう、できれば前向きでいたいな。今日は閣下はどちらに?」
「本日は戻れないそうです」
それを聞いて、リオはどこか安心していた。そして、何か残念なような気持も感じていた。けれど、一体何が残念なのか。
部屋に案内される。そこは上等なホテルの一室のようだった。リオを案内してきたヒルが会釈した。
「お食事、温めてきますね」
「ありがとう」
答えて、リオはため息をついて室内をぐるりと見て回った。広い客間だった。チェストを見ると、フリーサイズの肌着が入っている。ワードローブにもフリーサイズのシャツとスラックス、そして新品の室内履きが大小あった。
「高級ホテルみたい」
呟いて、リオはさっそくシャワーを浴びて気分を一新した。シャンプー類も高級な香りと洗い心地がした。
何もかも一新した気持ちになりながらバスルームから出ると、温めたという食事が届いていた。ワゴンを確認すると、ワインまでついている。
「帰れるのかな、俺」
今までの貧しい暮らしから待遇が一変して、元のような寮に戻れるのか今から少し不安になった。
少し休んでから、人肌ほどの温度の食事をとった。おそらく半分はレトルトだろうが、一級の味がした。
爆発したB寮のことを思う。あの古い格安寮、しかも分署近くにある物件に心当たりがなかった。焼け出されたリオ達が出寮することになったら、その分の家賃補助が憲兵隊から出るだろうか?そこが心配なのと、寮が爆発しなければここには来なかったこと。
ヴァレンタインが仕事中で戻らないことに少し安心できたけれど、その時はいずれ来るだろう。リオも成人男性で、彼がファンで恋人であることは意識している。
ワインを飲むと気分が解れてきて、歯磨きをしてからベッドに横たわる時、姉のための薔薇もどこかに散ってしまったのが悲しかった。
翌朝にびっくりしたのは、ヒル少年がリオの制服を洗ってプレスしてくれたことだった。
「すごい!」
リオが手ばなしで褒めると、少年は得意そうな表情をした。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ヒル少年に送り出されて分署に向かう。リオがどこに泊まったかを気にしている曹長が、リオが顔を出したのを見て尋ねた。
「どこに泊まった?」
「その、恋人の家に」
「恋人の家?」
「ええその……珍しいことに、俺を好きだって言う子がいて」
「じゃあ市民権の為に頑張らなきゃならないな」
「そうなんです」
リオは照れながら答えた。そこにグッドマンも現れた。昨日の爆発に巻き込まれた割に軽傷だったからなのか、額に絆創膏を貼って元気そうだった。
「ようリオ」
「やあ、クライド」
手の平をぽんと触れ合わせて挨拶をする。グッドマンはコーヒーを飲みながら真面目に聞いてきた。
「元帥はどうだった?」
「帰ってこなかった」
「嘘言え」
「本当だって。何かあったら言ってる」
グッドマンは視線で「ちゃんと言えよ」と語るから、顔芸がうまい。
「そうか。俺はしばらく実家から通う。気が向いたら遊びに来てくれ」
「ああ」
ぽんと肩を叩いて、その日のお互いのチームに戻って行く。
こういう友達がいてくれることをリオは誰かに感謝したい気持ちになった。グッドマン本人に言うのは照れくさい。でも、今度何かの記念のふりをしてコーヒーを奢る気でいた。




