21.悲運の報せ
「それはウルスラの都合ではありません。あなたの都合では?」
リオがつっぱねると、ゴルドウィンは宥めるように返した。
「宇宙では孤立することはできない。常識だ」
「孤立ではなく、独立です。あなたはウルスラの独立を脅かす」
「そんなことはしない」
「信用できません」
リオははっきりと答えた。仕事中に連れ去ったことからも、リオと姉をまともに扱う気がないのは分かっていた。こんな相手と交渉などしたくない。
何より、ヴァレンタインがこんな男にリオの情報を売り渡したことが情けなかった。
ゴルドウィンが、にやりとした。
「だとしても、君はここで私と交渉するしかない。私だけと」
ぎくっとしてリオはゴルドウィンを見返した。彼は優雅な表情のまま、リオの様子をじっと見ている。そういえば、この邸宅は人気があまりない。
「その冗談は笑えないですよ」
「君も知らない訳じゃあるまい、セレガ貴族がどんな風に一般人と関わっているのか、という話を」
セレガ貴族について、嫌な話ならある。難民の中でも路上生活者が時々、誰かに殺されていることがある。そういう事件でも憲兵隊は捜査するし、犯人が分かれば逮捕する。けれど証拠からセレガ貴族が関わっていると分かると捜査はそこで打ちきりになる、というぼやきを捜査員から聞いている。
殺人事件だけではない。横領などの犯罪に関する噂などについてもそうだ。その件数が一つや二つではない。
セレガ貴族はまるで治外法権であるかのようにヴェントで振る舞っている。そして、ゴルドウィンはその中の一人なのだ。
リオは強気に出ることにした。
「帰してください」
「さあ。それは君次第だよ」
「情報は渡しません」
「いいや。君は、私にその情報をくれる」
「渡しません」
「そんな事を言っていいのか?このまま、この邸宅に軟禁することも私はできるのだ」
ゴルドウィンは自信ありげに言う。事実、リオはここから出られないのだと見せつけるかのように、執事が踵を鳴らした。格闘して勝てる相手じゃなかった。
咄嗟に、逃げようかと考えた。逃げればまた流浪の難民となり、こんどは非合法の仕事しかなくなる。
どうすればいいか考える時間はまだある。あせる気持ちが、胸の中でくすぶった。
「お待ちください!そちらに行ってはなりません!旦那様、旦那様!」
廊下から人の声が叫ぶように聞こえてきた。旦那様、と叫んでいるならゴルドウィンに何か用があるようだった。
「何事だ、騒がしいぞ」
執事がすぐ廊下の方に出向き、何か言い合いをしていたがすぐ戻って来たかのような大股の靴音がして、ゴルドウィンは靴音を振り向いた。
入って来たのはヴァレンタインだった。
彼は軍服で元帥の飾緒を身につけている。この応接間の中にリオを見つけると、ふっとため息をついた。ゴルドウィンが低い声を上げた。
「ここは私の邸宅だ!」
「ブラックの情報は私が目をつけていた。そのことを、奥様から聞きませんでしたか?」
それを聞いたゴルドウィンは、おどけた表情をした。
「なんだ。随分、ばれるのが早い」
「私のものを横から持って行こうとするとは、セレガ貴族も行儀が悪いですな」
「ふん。早い者勝ち、ということを知っているか?」
「それなら私の方が早かった。あなたもそれは分かっていたし、やっていることは横取りだ」
「そんなことはない。それに、私の方がこの情報を上手く扱える」
「問題はそこではないように見受けられますが」
そこでヴァレンタインはリオに向き直った。
「リオ。無事で何よりだ」
「もしかして、探してくれたんですか?」
「急に位置情報が消失したから」
彼の様子と言葉で、ゴルドウィンがヴァレンタインと繋がっていると言ったのは嘘だと分かった。彼がゴルドウィンと通じていたら、リオを探すわけがない。
「君の姉がどうしているか知りたいか?」
「はい、閣下。知りたいです」
ヴァレンタインはじろりとゴルドウィンを見てから、リオに伝えた。
「エスト・カーマインは一年半前、ウルスラの宇宙港で事故死した。当局の調べではそうなっている」
「そんな……本当ですか?」
「ウルスラ当局の発表では本人だとしている」
「姉さん」
リオはテーブルの上に祈る形で手を置いた。そして目を閉じた。逃亡中の波乱が頭の中にめくるめいて、リオの閉じた瞼から涙が零れ落ちていた。
ヴァレンタインはゴルドウィンをじっと見て話を続けた。
「君の姉の死を真っ先に知る立場にあったのは、帝国一等書記官のゴルドウィン氏だ。彼はそのことで君をここに呼んだ、というわけじゃなさそうだが」
「誤解だ。私は妻の友人と会っていただけだ、姉君のことは帰り際にでも教えようと思っていたんだ」
苦し紛れにゴルドウィンは言い、涙を流すリオとその傍に佇むヴァレンタインを忌々しそうに見ていたが、そこに部下らしき男が数名現れたのを引き合いにして応接間を出て行った。
靴音が遠ざかって行くのを聞いて、ヴァレンタインはため息をついた。
「お姉さんのこと、済まなかった。こんな場所で言うべきことじゃないのは分かっていたんだ……」
ヴァレンタインは、ゴルドウィンに口先で利用されたことを知らない。リオもいちいちそのことを彼に言う気もなかった。
彼はずっと誠実にリオのことを想っていた。
「いいんだ。俺もずっと姉さんのことは気がかりだったから」
「今はウルスラに戻らない方がいい」
「ああ」
「お姉さんのこと、お悔やみを」
「ありがとう」
リオは涙に濡れた顔を上げ、彼を見た。
助けに来てくれて、姉の報せを伝えてくれたことに感謝していた。
「でも、どうしてここが分かったんだ?」
「君の端末が繋がらなくなった地点を調べたら、ゴルドウィン氏が持っている邸宅の一つだった。ロッテ夫人が夫に話したんだろうとすぐ分かったんだ」
顔を両手で覆い、姉の為に流した涙をどうにか拭った。
頬は濡れていても、リオは仕事の顔になった。
「閣下。おかげで助かりました」
「敬語はいらないよ」
「いえ、職務中なので」
「ウルスラ出身は固いな」
リオはほんの少しだけ微笑んだ。それを見て、ヴァレンタインは慎重そうな眼差しで彼の様子を見て、頷いた。
「職務中に貴族の事情聞き取りは大変だっただろう、分署の近くまで送ろう」
「ありがとうございます」




