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17.スタジオにて

 リオはスタジオでボイストレーニングを終わらせ、喉にいいという水を飲んでいた。その他にも、喉にいいことが何なのかよく話を聞くし、体幹や腹筋を鍛えることを推奨されている。

 今日はいいレッスンだったなと思っていると、そこに古参スタッフがどこか馴れ馴れしく聞いてきた。

「ブラックさん、その制服って撮影に使えませんか」

「えっ?」

 リオは自分の姿を見下ろした。着古した憲兵服だ。こんなので撮影に?

 スタッフを見ると、彼はにこにことした笑顔で提案した。

「ほら、憲兵隊のイメージアップキャンペーンになるかも知れないし」

 口調からスタッフの冗談だと分かり、リオも笑った。

「それはどうだろう。憲兵総監のザイフェルト大将がなんていうかな?彼の娘は今、アイドルのシーモルグに夢中だっていうし、芸能界が苦手かも知れない」

「関係筋から言って貰う方がいいのかな」

「それより本当ですか?」

 スタジオの新顔スタッフが古参に聞いた。

「ヴァレンタイン元帥がスポンサーの一人って」

「お前知らないの?」

「いえ、僕が聞いたのは噂だけですけれど……本当ですか?」

「本当だ」

「え!」

 新顔スタッフが心底驚いたのを見て、古参はにやにやしていた。

「閣下はブラックのファンなんだ」

「そうなんだ。閣下ってブラックさんが好きなんですね!」

「それと、ゴルドウィン夫人は元女優のロッテ・ベサニーだよ。そっちの伝手もあるんだ」

「へえ、そうか……社交界から」

 若いスタッフはそう言ったものの、自分の言ったことのおかしさに気付いていないようだ。リオはまだ難民で、社交界に足を踏み入れたこともない。

 あの日、リオがパトロールに出なければ、ヴァレンタインはリオのことなど知らなかっただろう。新顔スタッフの言葉に、苦笑にもならずやり過ごした。

 ヴァレンタインといることでロッテと再会できたのはいいが、ホログラムコンテンツを出すことになるとは考えていなかった。彼女を庇ったのは、結婚の一年少し前のことだった。あの時、ロッテは知り合いに過ぎなかったけれど、彼女につけこもうと言う中年のいやらしさが無性にむかついたから、強引に関わった。あれをそんなに恩に感じていたとは知らなかった。

 憲兵の通常業務の後のボイストレーニングはきつかった。

 たまにスタジオで仮眠することもあり、リオ用の抱き枕が置かれたり、熟睡してる所を撮られたりしたが、そのイメージを何に使う気なのか何も知らない。

 そこに新たに女性スタッフが現れて、声をかけてくる。

「ブラックさん、前の事務所と連絡つきました。コンセプトは今の方向性でいいそうです」

「え、キボウの社長はなんて」

 リオが緊張した声を上げたのを聞いて、そのスタッフは笑顔になり、両手でOの字を作った。

「生きてたらそれで全部いいそうです」

「なんだよそれ」

「今回のホロコンはキボウも噛みたいそうですが、プロデューサーの意向聞いておきますね」

 スタジオから寮に戻る。今日は着替える暇がなくて制服のままだった。「本当に憲兵なんですね」と驚かれた時の可笑しさ。俳優だと演出の一環で制服を着ることもあるからだろう。

 リオの正体と居場所を知る人がどんどん増えていく。いつどこで殺されてもおかしくない。リオは隠し持っているウルスラの軍情報について思った、どこにあるか誰にも教えていない。

 ヴァレンタインが情報についてしつこく聞かないことが不思議だった。リオを追い詰めないように気を遣っているのか。好きだから?

 彼がリオを恋人と言ったのは、リオが本物の俳優のリオ・ブラックだと思っていなかったからだというのを知っている。偽物のリオの裏に何があるのかつついて遊ぼうとしていた。本物だと教えたら驚いて、でも恋人という名乗りは変えなかった。

「現金だよな、ヴァレンタインって」

 男の熱烈なファンがいる話は知っていた。実際、男性ファンから熱烈な言葉を聞いたことが何度もある。だけど恋人になりたいというのは初めてだった。

 緊張が高まるキス寸前だった時もある。あの時の感情の高まりの中に、ときめきがなかったと言えば嘘になる。

 筆頭元帥は、リオが本物かどうか試していた。ようはファンだったからだ。

 そう分かってみると、あの大きな逞しい体も可愛げがある。リオの為に骨を折ってくれる所もある。だが忘れてはならない、彼は理由があれば殺人さえ罪に問わない特権を持つ男だということを。

 彼を格好いいと思うのは、軍人として振る舞っている時だ。プライベートな場だと気の抜けた顔で冷えたビールにチキンを齧りながら「今のはファウルだろ。審判がおかしい」と文句を言う。

 リオが知ったのは、普通の男の顔をしている方のヴァレンタインだ。彼がまさか、殺人許可証を常に持っている元帥だとはあまり考えていなかった。

 会うと、いつも大好きだと表情が語る。その気持ちに応えていいのか、リオはまだ少し迷っていた。ヴァレンタインも聡く、リオの迷いを知っていて手を出してこない。その気遣いは助かった。

 帰りにドラッグストアに寄ってから寮に戻る所だった。

「よう難民」

 たまたま同じ時間帯に帰って来たらしいグッドマンと廊下ではちあわせた。

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