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15.その計画は何

 リオがついていけない、という表情でいるのに、ロッテとヴァレンタインは意気投合し、拳を出してこつんと突き合わせた。

「いいですね。私も歌うリオを見たい」

「いいよね、やりたい。ホロコンアルバムを作るのはどう?」

「それは楽しそうだ。出資します」

「帝国の筆頭元帥が?陛下に様子を聞いてからにしてはどう」

「私費ですよ。陛下は関係ない」

 筆頭元帥と貴族の妻の会話が、リオには不穏な様子に聞こえた。かける予算がどの程度なのかまだ分からないが、そこを二人で張り合ってどちらかが破産したらリオの責任になるのだろうか。

「あ、あの。ロッテ、君まさか惑星開発費に手を出すんじゃないだろうな」

「そのくらいの資産なら持ってる」

「おや。私はどうかな、セレガ貴族の令夫人ほど手元に余裕はないかも知れない」

「元帥ったら。リオ、信じないで。この人は三星連合との勝利でとんでもない額の報奨金を貰ったんだから」

「いや、そういうことじゃなく」

「いいだろう。俺も歌う君を見たい。ホロコンで君を端末でいつでも見られるようになったら、仕事の休憩中に疲れが癒やされるだろうな」

「ね。そうしよう。リオ、端末のアドレスちょうだい」

「あ、うん」

 リオも端末を準備した。自分が憲兵であることは、ロッテもヴァレンタインもよく分かっているはずだ。なのにどうして、ホロコンを作れると思い込んでいるのだろう。

 ロッテとアドレスを交換して、リオは呟くように言った。

「歌うかどうか、わからないよ」

「そう、ボイストレーニングのレッスンこっちで入れておくから、通ってね。あ、スケジュール教えて」

「それは私の方で都合がつく」

「じゃあ閣下にお願いしようかな」

「あ、え。ちょっと」

「リオ」

 急にロッテが一歩近づいてきたので、リオは半歩下がった。

 間近な貴族の令夫人から良い香りが漂ってくる。まるで精霊の化身のように手入れをされた彼女が、訴える表情で目の前にいた。

「さっきはごめんなさい。変なことを言って」

「あ?ああ、あれか」

 リオが憲兵に扮して一晩の恋をしている、とロッテが言ったことだ。

「閣下があなたのことをどう考えているか知りたくてあんなことを言ったの。あなたを辱める気はなかった。本当に、ごめんね」

「いいんだ。君の言いたいことは分かってたよ。いち俳優、それも辺境のウルスラ出身の俺が、筆頭元帥と会っていたらおかしいもんな」

「閣下の趣味かと思ったのも本当だけど。リオ、憲兵なの?」

「そうだよ。おかしい?」

 少し制服を気にすると、ロッテは笑顔で頷いた。

「ううん、よく似合ってる。ウルスラ出身なのは言ってないの?」

「難民枠で採用されたんだ」

 ロッテは眉をひそめた。難民の扱いが貴族間でもあまり良くないことをリオは察していた。それは、ヴァレンタインも分かっていることのようだった。

 ヴァレンタインがなぜ、リオにああいう扱いをしたのか。社会的に難民は底辺として扱われていたが、ヴェントの経済は難民を前提に社会が成り立っているのをリオはよく知っていた。

 ヴァレンタインはロッテに聞いた。

「夫人が市民権をリオに?」

 ロッテが頷いたのを見て、リオは止める形で手を前に出した。

「待って。どうしてロッテが?」

「難民ではないでしょう。あなたはリオ・ブラックなんだから……」

「困るよ。俺だと分かるとまずいんだ」

「どうして?」

「それは私も知りたい。なぜだ?」

 リオは生唾を飲んだ。この場で言えば、ゴルドウィン氏も知るだろう。

「ところで、ロッテの旦那さんのしてる仕事って何?」

「ああ、話してなかった?あの人は帝国の枢密院(すうみついん)で一等書記官をしているの。職場がヴェントに替わったから、私もこちらに来たのよ」

 帝国の一等書記官に、ウルスラの軍事機密を漏らすわけにはいかない。リオはため息を押し殺すようにして押し黙った。

 ロッテに知られるわけにはいかなかった。

「リオ、市民権を手に入れて」

 ロッテは強い調子で、まるで命じるようにリオに言う。彼女の気の強そうなところは、前から魅力的だと思っていた。

「もう持ってる」

「ウルスラのでしょう?欲しいのはヴェントのもの」

「いや、いいよ。憲兵隊で勤め上げれば自動で貰える」

 リオの消極的ともいえる態度に、ロッテは自分の胸を押さえた。

「ここにゴルドウィン夫人がいるのに、それはないじゃない。難民出身の憲兵なんて、汚い所を拭く雑巾みたいにぼろぼろにされるって聞いてる」

「その方がいい」

「どうしてそれがいいの?」

「俺が隠れている方が、姉も無事かもしれないから」

「お姉さんって、エストさんだったよね。じゃあ、彼女も探して一緒に……」

「俺達の為にセレガ貴族が動いたことがわかる、そのものが危ないんだ」

 ロッテは困惑してヴァレンタインを見た。彼も納得した表情でいる。

「そうですね。彼の握っている秘密に、それだけの価値があるなら確かにそうです。でも、その価値を知っているのは彼だけです」

「話して、リオ。何があったのか」

「話せない」

「じゃあ私は夫のデヴィッドに話して、あなたに市民権を押し付けて難民ではなくすることができるけど?」

「やめてくれ、姉が死んだらどうするんだ!」

 リオが激発し、取り乱したように怒るのでロッテは困惑した。リオがそこまで追い詰められているとは、あまり想像していなかったのだ。

 強く言ってしまったことに気が付いて、リオは静かに深呼吸をした。

「ごめん、大声を出してすまない、ロッテ……でも、本当に。姉の身が心配なんだ。だから市民権はいらない」

「でも、そんな事を言ったって。あなたが市民権をとったらデータベースに載ることに変わりはないでしょう。あなたは今だって仮登録をしている状態。そこを見つかる恐れはないの」

「仮登録は偽名でもいい」

「あなたは本物でしょう」

「ばれるのが拙いんだよ」

「どの道、三年後にはばれる」

 ヴァレンタインがはっきり言った。リオはその言葉に打たれた。分かっているのだ、答えを先延ばしにしていることは。

 ヴェント市民権を手に入れたらデータベースに載る。ウルスラ市民であり、ヴェント市民である者を照合すれば、そこにリオの存在が浮き上がってくることをそして、リオはそうなった時に打てる手段が何も思いつかなかった。

 ヴァレンタインが厳しい声でリオに告げた。

「三年後までじりじりと待つのがいいか、それとも今ここで手を打つのがいいか、どちらかだ。ゴルドウィン氏の力を借りて探すこともできる」

「でも、それ自体が姉の命を短くしたらどうするんだ」

「だからこそ、ここは攻勢に出るべきだ。お姉さんを救出するのが先か、敵に奪われるのが先か、それは分からない」

「だけどそんなこと、できるわけない」

「筆頭元帥の俺がいるのに、君はただ座ってろと言うのか」

 ヴァレンタインが強く前に一歩踏み出してくる。歴戦の軍人の威圧を受けたけれど、リオはかたくなに首を横に振った。

「だって、姉さんが……」

「このホテルは口が堅くて信用できる。ここなら君も秘密を話せる。予定外のことはあった、でも漏れる先がゴルドウィン氏ならコントロールできる」

 必死に口説いてくるヴァレンタインを見て、ウルスラの独立と自治権の事を思った。そのことが心の重荷になったのは最近の話だ。それまでは俳優をして、難民より気楽だった。

 ヴァレンタインは自分の利益の為にそう言っている側面もあるだろう。だけど、リオもこれ以上後がない状態だ。何より、俳優であった過去を知られている。

 もう、逃げも隠れもできなかった。

「リオ、俺を信じてくれ」

「……ウルスラの軍事機密を握っているんだ」

 リオは、ついに秘密について話してしまった。

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