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13.ファンと軍人

 ヴァレンタインの膝の上で、リオは喘ぐように答えた。

「政治難民なんだ。でも、理由は言えない」

「言わないと骨を折る」

 言葉の冷酷な響きに、リオは怯え、びくりとした。その感触をヴァレンタインが肌で楽しんでいる。けれど、命を奪うと言われたわけではない。

 ヴァレンタインは腕から手の平を撫でて、小指に触れた。

「ここから一本ずつ折っていこう」

「あ、あんたがそうする理由がわからないだろ。どうして?」

「君の審査を俺は通った。今度は、俺が君を審査している。それで?」

「じゃあ、俺の事務所を知ってる?」

「知っている。ウルスラの、キボウという妙な名前の中級事務所だ」

「じゃあ、秘密を一個教えるから、問い合わせてみて」

「どんな秘密?」

 ヴァレンタインが顔を伏せてくる。彼の耳に、リオは囁いた。

「あれは『空賊ゾロ』の撮影中だった、主演女優がエリカ・キャンベルからマリエル・ディヴィスに変わった理由」

「あれは監督の気が変わったんだ。エリカを妊娠させて。エリカが被害者だろ」

「違うんだ。本当はエリカが俺の子を妊娠したと嘘をついたから」

 そこでヴァレンタインの表情は糊をつけたように固まった。

「手を出した?」

「まさか。そういう気になったとしても、仕事が終わった後じゃないとできない」

「じゃあ、エリカの嘘?」

「妊娠は本当だった」

「それは知っているけれど……子供の父親は監督だと」

「違うんだよ。それについて監督とエリカの間で話し合いがあったけど、決裂してて。撮影は進んでいたから、俺は仕事に集中した。だから本当のことは知らない。でも彼女が主演を下りたのは事実。これが俺の知っていることで、俺の事務所も知っている。問い合わせてみて」

「エリカから君に何もなかったの」

「誘いは何度かあったよ。でも、その時俺には恋人がいたから」

「わかった。確かめよう」

 ヴァレンタインは、ふっとため息をついてテキストで事務所に問い合わせているようだった。リオが身じろぐと、手を握る。その力が恐くて動けずにいた。

 端末を握る手に力が入っているのが分かる。彼はつぶやいた。

「どうしよう」

「何が?」

 ヴァレンタインは思い迷うように、独り言のように言った。

「君が本当にリオ・ブラックだったらどうしよう」

 ここまでしておきながら何を言うのか。

 ヴァレンタインの顔を見ると、彼は真剣に思い悩んでいるようで、その様子がちょっと滑稽だ。

「ありきたりな勘違いで良くない?」

「何も良くない」

「そう?でも何が」

「本物のリオ・ブラックに俺は何をした?」

 ヴァレンタインは眉間にしわを寄せ、祈るように端末を額につけた。ヴァレンタインのファン心理が自分自身を責めているようだった。

 リオは少し可笑しくなって、笑いをこらえながら答えた。

「俺は嘘は言っていない」

「それも、この連絡ではっきりする」

 ヴァレンタインはリオを離すような身動きして、リオもやっと元の座席に座りなおし、彼の様子を見た。彼もこちらの様子を窺っていた。

「まさか本物なのか?」

 ヴァレンタインは独り言ちて手元の端末を見て考え込んだ。それから重々しく尋ねた。

「指紋認証、恐いか?」

「虹彩でもいいよ」

 答えを聞いて、ヴァレンタインの瞳が揺れた。

 彼は本当にリオのことが好きなのだ。だから本物だと分かるとこんなに揺れる。

「いや、どちらも生体コピーができる」

 迷うように言うヴァレンタインに、リオは常識的なことを伝えた。

「どちらもコピーして一年すればコピー情報が消えて、オリジナルに戻る」

「そうだ。君はもうオリジナルをコピーできる金はない」

「指紋も虹彩も、もう俺のオリジナルの情報だよ。見ないのか?」

 誘うと、顎を引くようにしてヴァレンタインは首を横に振った。

「誘惑するな。いや、しないでくれ」

「ほら、指紋も虹彩も、どっちでも」

「待て。待って」

 ヴァレンタインは喘ぐように呼吸を整えた。

 それから、信じられないものを見るようにリオを見つめていた。

「本当に?」

 リオが嘘を言っていないことが、やっと彼に伝わったのだ。ヴァレンタインは片手で顔を覆って暫く動かなかった。やがて、手をどけてリオを見つめた。

「誰と会いにここに?」

「姉のエストと待ち合わせを」

「その情報は来ていない。航路情報を当たろうか?」

「日時も分からないし量も膨大だろ」

「ウルスラ公式の警備情報から割り出せる。情報を軍用AIにかけて調べよう」

「それは公私混同だろ」

「いいんだ」

「だめだろ。やめろよ、俺まで悪者になる」

「俺は元帥だ」

「だからだよ、軍の専横になる」

「君を助けたい」

「それなら一つお願いがあるよ」

「何でも言って」

「俺の話を聞いても、帝国はウルスラ星に侵攻はしないと約束してくれるか?」

 リオはウルスラ市民で、故郷を守りたい気持ちから出た言葉だった。

 ヴァレンタインは驚いた表情で黙り込み、まじまじとリオを見てから、にやりと微笑んだ。

「さあ。それは君の持っている情報次第だ」

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