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12.解かれる日

 ハンスを保護した後の捜査でわかったが、部屋で死んでいたのは母親ではなかったことが一時期の現場を混乱させた。それが誰なのかハンスも誰も知らなかったのだ。指紋も虹彩もDNAの該当がないなら、恐らく医療機関を避けてきた難民だろうということになった。死亡した女性のデータを一通りとった後は行旅死亡人(こうりょしぼうにん)として火葬された。

 リオは彼女の死を発見した者として葬儀に出た。ぽつんとした、寂しい葬儀だった。火葬専用の高温プラズマ炉に、形だけは丁寧にくべられていく。

 彼女の情報は発見された都市名の後にミッシングの頭文字Mをつけ、日付と番号で管理されることがこの星系では決まっていた。

 合祀墓にはぽつぽつと人がいた。難民が葬られるのは大抵がここになる。リオも今死ねばここに来ることになるだろう。

 自分はどれだけ生きていられるだろうか。それとも、ウルスラ星の腐敗を暴くことがあるだろうか。

 はるか百八十光年先のウルスラを思い、ため息をついて合祀墓の前を出ようとした。ふと、歩いている喪服姿の中に軍服を見つけ、それはヴァレンタインだった。誰かの葬儀に参列したのだろうか。

 彼は興味深そうな視線でリオを見ながら挨拶をした。

「やあ、君か」

 軍服には確かに元帥の飾緒(しょくちょ)をつけている。あの朝は見慣れない礼服だったから見過ごしたのか。

 リオは端末でヴァレンタインの名前を検索したところ、ヒットした。

「まさか……」

 セレガ=ヴェント帝国軍筆頭元帥、ハイド・ヴァレンタイン。

 生きた治外法権だ。

 リオはあわてて端末を仕舞い、彼に最敬礼した。ヴァレンタインが答礼する。

 セレガ帝国が三星連合とずっといがみ合っていたのは他星系でも有名だった。連合とセレガの間に戦端が開かれたのが五十年前になる。

 ヴァレンタインは和平交渉の土台になった戦いで勝ち星を挙げた功績で元帥に昇進した。セレガ五傑の一人と言われている。

 三星連合との勝敗を決すると言われたエレファンティネ宙域の戦いで、三星連合側は通信を妨害し、前線を混乱させてセレガ艦隊に消耗を強いた。

 ヴァレンタインは当時の筆頭元帥アルバースの艦隊を守備するため、浸透してきた三星連合を寄せ付けなかった。守備をヴァレンタインに任せたフィーレン艦隊が混乱の中を突き進んで三星連合の主翼に刺さり込み、通信は満足に回復していなかったがアルバースから突撃命令が出され、そこで勝敗は決した。

 元帥は他に四名いて、ヴァレンタインは若年だった。さぞかし女にもてるだろうに、難民のリオに食指を動かそうとしている。

「いや。俺が難民だから、気楽に手を出せるのか」

 セレガ=ヴェント帝国のトップにいる男が、これまでのリオの態度や言葉遣いを面白がっていたのだろうか。

「悪趣味だな、ヴァレンタイン」 

 口の中でぼやいて、リオは休めの姿勢になった。

 ヴァレンタインの単なる気まぐれ、摘まみ食いだ。手を出すならさっさと出してくれれば、こんなに気がかりにならずに済むのに。

「職務中?」

「いや、プライベートだ。君は?」

「プライベートだよ。礼服を制服以外に持っていないから」

「俺もだよ。まさか、生き残って僚友の墓参りをすると思っていなかった」

 笑顔は魅力的だったが、彼は戦い抜いた誇りある戦士でリオに狙いをつけている。まさかと思うが、見計らったように合祀墓に現れたタイミング。

 リオはそこで考えるのをやめた。同僚のグッドマンの言うように、指を少し切った時は暫く気になるだろう。でもその後で傷は治るし、日常に戻って行けるはず。ヴァレンタインは切れ味のいいナイフだった。

「オフならいいだろう。酒は」

「昼だよ」

「ウルスラ出身は固いな」

 リオがどうしようか困惑したのを見て、ヴァレンタインはまるで部下へするように手を振った。

「いや、いい。そろそろ健康に気を遣おうと思っていたんだ」

 ヴァレンタインは視線でリオを誘い、二人で歩いて行く先に黒塗りの高級車が停まっていた。副官はいない、確かにプライベートなのだろう。

 車に乗っても触れてくることはない。リオは制帽を取り、少し溜息をついた。

「アルフォンス君は」

「親の元に戻ったよ」

「フィーレン閣下は、スポーツ賭博を見せたくないから息子にグラビティ・ボールを見せないの?」

「え?」

「本人がそう言ってたけど」

 リオが聞くと、ヴァレンタインは怪訝そうな様子でいた。

「いや。それは初耳だ、あいつはそんなこと言ってなかった」

「元帥の家だから厳しいのかなと思ったけど、違った?」

「そんなことはない。フィーレンは俺と同じ叩き上げだよ、アルのことを大事にしてるけど、見るものがスプラッタでもあいつは許すよ」

「じゃあ、どうしてアルフォンス君はグラビティボールが見られないんだろう」

「なるほどな。子供とよく話すのか」

「好かれやすいかな」

「ふうん。憲兵の福祉課の方がいいんじゃないか」

「資格を持っていないから。。それに俺は市民権の為に働いてる」

「市民権をとった後は?」

「それはまだ考えてないけれど」

「考えなしに市民権が欲しいのか?」

「難民のままだと施設利用ができなくて不自由だから」

「それなら他の中立惑星に行っても良かった。ウルスラならストレイ星が一番いいんじゃないか?あの星はヴェントより難民の扱いがゆるい。なぜヴェントなんだ」

「……人と約束したから」

「それは妬けるな。どんな女性と?」

 リオは少し戸惑ってヴァレンタインを見た。彼もリオを見て、気にしている様子だった。

「恋人じゃない」

「というと?」

「もう、やめない?こういう話」

「どうして」

「あなたは小官の見た目が気に入った。俳優のリオ・ブラックのように見えるから。それだけでしょう?」

「つまらないことを言う。それとも、本物だとでもいう気か?」

「本物だとしたら、どうしたい?」

 リオが踏み込んだことを聞くと、ヴァレンタインは面白そうなものを見る目で見返してきた。

「俺を弄ぶ気か?」

「どう思う」

「本物だとしても同じだ。”なぜヴェントに?”と聞く。お前の理由は?」

「話せない」

「なぜ?」

 リオは言葉につかえた。

「命がけだから」

「ギャング?」

「違う」

「じゃあ、何」

「ウルスラ政府が……」

「テロ?」

 まるで歌うようにヴァレンタインは言い、楽しそうに笑った。

「そいつは面白い。君はテロが目当てで憲兵になったのか?」

 彼はリオの手を取ると不意に思い切り引っ張った。リオはシートに倒れ、はっとすると袖をまくりあげられていた。腕の注射痕がないか見ている。それだけじゃない、強い力で手を握っているのは訓練を受けたことがあるか試している。

 ヴァレンタインは何らかの確信を持った表情になっていた。

「薬物中毒でもない。まっとうに憲兵をしている、顔を変えてまで。なぜ?」

 子供のように興味を浮かべ、自分の膝の上に横たわっているリオの呼吸を聞いている。腕で脈を診ているのがわかる。

 急な接触に甘さなどなかった。

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