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11.一匙の救い

 室内の奥に女性遺体がある。子供たちは何も知らずにサンドイッチを食べて、この家の饐えた空気を呼吸している。そのことがどうにも嫌で、どうやって子供たちを外に誘導しようか考えていた時だった。

 慌ただしい足音が階段を上って来た。

「ブラック?」

「ここです」

 知らない声が問いかけるのに答える。すぐドアが開けられ、特殊部隊が中に突入していった。子供たちがきょとんとしているのをドアの外に連れ出し、集合住宅の階段から外に出た。

 いつのまにか、部隊の車両が複数停まっている。その中からヴァレンタインが笑顔で現れた。

「やあ、アル」

「ヴァレンタインさん!」

 アルフォンスがヴァレンタインの所に走って行く。ハンスはリオの側にいて、彼を見送る方針でいるようだった。ハンスと一緒にヴァレンタインの元に行く。

「何があったか聞き取りは?」

 彼が軍人として聞いてきたのが、リオにも分かった。

「先ほど伝えたことが全てです。書面にしろというなら作成します」

「いや、そこまでじゃない。ライヤーについてどこまで知っている?」

 リオは首を傾げた。

「ここにいるハンスと同じくらいしか知りません。ですが、身近な大人が家出を推奨するのは明らかにおかしいので」

「なるほど。それだけか?」

「はい」

「その子は」

「この子がアルフォンス君を保護したハンス・フィッシャーです。この子のことで相談があります」

 リオが言うと、ヴァレンタインはハンスをざっと上から下まで見た。

「福祉か?」

「はい。できれば上等な福祉が」

「親は」

 リオは首を横に振った。目顔で異常があったことを伝えると、ヴァレンタインは副官らしい男を呼び寄せた。

「以降は副官のベルトランと話してくれ。俺はフィーレンに話をする必要がある」

 ベルトランに敬礼し、リオは車の後部座席にハンスを乗せてドアを閉めた。

「何がありましたか?」

「部屋で、ハンスの母親らしい人物が亡くなっているんです」

「あの子がした?」

「いいえ、まさか。オーバードーズに見えました」

「子供は中毒していないのか」

「分かりませんが、これまでの接触でそういう様子はありませんでした」

「なるほど。それで福祉が?」

「できればいい所に繋げたいのですが……」

「上等な福祉か。それに値するか?」

「子供の可能性は未知数です。優しい子です。アルフォンス君を庇って、サンドイッチを分けてあげられるような所がある」

「サンドイッチ?」

「出会ったのは喫茶店で、小官の食べ残しを二つあげたんです。そしたら一個だけ食べて、残りの一つはナプキンで包んだ。家で待っているアルフォンス君の為に持ち帰ったんです」

「……」

「もちろん、小官もサンドイッチとドリンクを買って与えました」

「相手がフィーレン・アルフォンスだから?」

「いいえ。どんな子が相手でもそうしたでしょう」

 ベルトランは冷静にリオを観察していた結果をここで口にした。

「貴官はいささか危なっかしいな。このことをチームにもコンビにも言ってないんだろう?連絡は入れないのか」

「これから入れるつもりですが……その。小官の身の上は安泰でしょうか?」

 リオが言外に高級軍人たちの派閥と職権を侵していないか聞くと、ベルトランは鷹揚に頷いた。

「ああ、ジンジャー少佐はどこの派閥に与しないことで有名だ。フィーレン元帥の子が自分の受け持ち地域で見つかったのが表向きに分かると、彼は困ったことになる。今回、ヴァレンタイン閣下からジンジャー少佐に内密に話をするだろう」

 閣下、というならヴァレンタインは将官なのかとリオは内心で舌を巻いた。

 やっと彼の正体らしいものが触れられた。けれど、ベルトランに彼の正体を聞くのはまずい気がした。

「そうですか。どうなりますか?」

「そこから先は閣下たちが考えることだ。ひとまず貴官はこの家の後始末を仲間に頼み、子供を福祉課に預けにいく。それが上等なやり方だろう」

 リオが複雑そうな表情をしたのを見て、彼は端末を取り出した。

「この子には私の名刺をつけよう。私は少佐だ。これなら文句あるまい」

「ありがとうございます」

「君が礼を言うのか?」

「これは上等兵にはできないですから。それに、ハンスの行く先が気がかりなので」

 ベルトランは珍しいものを見る目でリオを見ていた。

「孤児の一人一人に真面目に対応するのは心が折れる。ほどほどにすることだな」

「はい。でも、それが職務ですから」

 話は決まった。リオは車からハンスを降ろすと、グッドマンにテキストで連絡を入れた。ハンスの母親がどうやらオーバードーズで死亡していて、ハンスには保護が必要なこと。福祉施設にはハンスを連れてリオが行くから、後始末を頼む。

 その間に特殊部隊は撤収し、ヴァレンタインもベルトランもアルフォンスを守るように車に乗せると、さっさと去って行った。

 後に残されたのは、リオとハンスの二人だけだ。

「なあ、派手な出迎えだったな」

 ハンスがリオを見上げて生意気に言った。

「ああ。でも、今日のことは誰にも言うなよ」

「なんで?」

「秘密任務なんだ。下手にばれたら、お前の命がない」

「どういうことだよ?」

「アルフォンスは、本当に元帥の息子なんだよ。元帥のフィーレンがどういう人かは知らない。でも周りに危ないやつがいて君に目をつけたらどうなる?」

「あっという間だよ」

「そういうこと。今日のことを聞かれたら、ブラックと一緒にサンドイッチを食べたと言うんだ」

「分かったよ」

「じゃあ、行こう」

「どこに?」

「とりあえず、ここじゃないもっといい所に。君には安全と教育とベッド。それと歯医者が必要だ」

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