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10.幼き証人

 リオは子供二人に買って来たサンドイッチとドリンクをあげた。

 アルフォンスは「ありがとう」と言ったけれど、ハンスは「おう」と嬉し気にドリンクを受け取り、サンドイッチを食べはじめた。

 食べながらハンスは心から嬉しそうに言った。

「あの店のおやじは嫌いだけど、サンドイッチに罪はねぇもんな」

「おいしいよ。ねえハンス」

「おう。うまいな」

 久々に同じ年頃の子供と話しているからか、ハンスの機嫌は良い。

 子供たちはそれでいい。リオは、この迷子を憲兵隊に通報すべきかどうかまだ迷っていた。

 ヴァレンタインに知らせたけれど、このことを署長が知れば何と言うだろう。リオは軍政について知らない。署長のジンジャー少佐は中立だという、この事件は彼の立場に影響するだろうか。

 アルフォンスを操ったライヤーのことを思えば、憲兵本部に連絡を入れない方がいい。リオにできる手は、ヴァレンタインに知らせることだけだろう。

 分かっているけれど他に何か手があったんじゃないかと考えてしまう。

「ブラックさんって、パパの部下?」

 アルフォンスのあどけない質問を受けて、リオは何と答えればいいか分からなかった。

「広い意味ではそうかも知れない。だけど、俺はジンジャー少佐の部下かな、今のところは」

「ジンジャー少佐って何だよ?」

「ストック分署の憲兵署長のことだよ」

「クソ野郎って噂の奴か?」

「さあね。でも、俺の採用を許可してくれた恩がある。その分は忠誠を誓ってるかな」

「許可で忠誠を誓うの?」

 アルフォンスが、どこか驚いたように聞いた。

「おかしいかな。でも、許可がないと何もできないことがある」

「悪いやつを捕まえる許可を下さい!って?それを判断するのは検事だろ」

「署長の判断がものをいう時だってあるよ」

「へっ、何だよそりゃ」

「今回、俺の判断で二人にサンドイッチを買ってきてよかったよ」

「経費か?」

「いや私費」

「おごりかよ。気前いいな、ブラック」

「お近づきの印だよ」

 ハンスは口さがない。こういうところは付き合ってきた大人の口ぶりを真似している。アルフォンスはびっくりしたように彼を見て、特に何も言わなかった。

 この子たちの共通の話題は何か考えて、リオはこの前のグラビティ・ボールの試合を思い出していた。あの後、ナイツで八百長が問題になり、数名が移籍していた。

「この前グラビティボールを見に行ったんだよ。二人とも、グラビティは見る?」

「ちょっとだけ」

 アルフォンスが答え、ハンスが反応した。

「俺は十五万リオン儲けたことがある。キングス様々だよ。幾ら勝った?」

「残念だけど負けてね。プレートセットを奢らされた」

「へえ、いいな……」

「それ、僕は大人になったら食べていいって言われた。パパはグラビティが嫌いなんだ」

「そうなの?」

「夢中で見てたら、ミナさんが消すんだ。旦那様の許可を取ってください、だって。俺は見たいのに。パパがいじわるする」

 スポーツ賭博を見せたくないのだろうと思えたが、子供にはそんな事は分からない。ハンスがアルフォンスを慰めていた。

「落ち込むなよ。俺の宝物をやるから元気出せ。キングスのメダルだ」

「キングスの?」

「ほら」

 ハンスがポケットから小さなメダルを取り出し、アルフォンスに渡した。

 子供の手で小さく光っているメダルに、希少な鉱物が混ぜ込まれているのがわかる。かなり高価だ。そんなものをハンスが持っていたことに驚いた。

「それ、レアじゃないのか」

 リオが聞くと、ハンスは頷いた。

「俺の宝物だよ」

「だったらいいよ。ハンスが持ってなよ」

 アルフォンスが言うと、却って彼に押し付けた。

「そんなこと言うなよ。俺はお前にグラビティを諦めてほしくねぇんだよ」

「諦めないよ。メダルがなくても」

「そう?」

「本当だよ。僕は、グラビティをやりたいんだ。今年こそ、パパにうんと言わせたい。ハンスはそういうことはない?」

「俺は……人を勇気づけてみたいよ」

「勇気ついたよ」

 アルフォンスの言葉でハンスは無邪気に笑った。

 短時間に打ち解けあえるのは、アルフォンスに対して嫉妬を持たないフィーリングをハンスが持っていたからだろう。どうにかしてこの環境から助けたい。

 そこそこ満腹になった子供たちがグラビティの話で盛り上がっているのを見て、リオはそっと家の中に足を運んだ。ゴミだらけの家だから何かの匂いがするのは当たり前だが、普通じゃない臭いがする。

 家の奥に行くと、ベッドの上に女が死んでいた。周りの物品からするとオーバードーズで間違いがない。

 室内は確かに汚いが乾燥していて室温が低く、腐臭がそれほど漂ってこない。だから今まで発見されなかったようだ。

 リオが部屋の奥から玄関先に戻ると、ハンスが気にした目で見上げてきた。

「あいつ、寝てるだろ?」

「ああ、よく寝てるね」

 リオから返事を聞いてハンスはほっとしている。

「いつから寝てるかわかる?」

「ええと。一週間以上前、だな」

 自信ありそうに言っているが、ハンスは五つ以上数えられない。五日以上は前だ。そして、死んでいるのも分かっていない。その間の食事をどうしてきたのか。

 ハンスは自分のことで誰にも助けを求めなかったのに、アルフォンスの為なら憲兵に声をかけることができた。

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