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プロローグ

「おい、地面の上で寝るな。起きろよ」

 憲兵のリオは、ベンチ前で寝ている礼装の軍人に声をかけた。彼はベンチから落ちたのだ。ちょっと屈むと酒の匂いがするから、できれば声かけだけで起きてほしい。

 光が木立の葉陰から差し込んでくる気持ちのいい朝、近所の人が和んで過ごすのに丁度いいベンチにこんな軍人がいたら通報されるのも当たり前だ。

 地面をベッドにしている軍人に、リオ・ブラックは困りきっていた。憲兵隊への通報を受けてここまで来てみたら、大柄な軍人が酔って寝ている。

 死体の方が後処理が楽なことがある、なんて思ってはいけない。こういうのを首尾よくあるべきところへ戻すのが憲兵の仕事の一つだった。

「おーい。起きましょうって」

「うう」

 呻くだけで寝そべっている男相手に、リオはつい元の惑星の言葉でぼやいた。『酔っ払いのヴェント人が』と。

 その効果は絶大だった。男は跳ね起き、鋭い動きでリオを掴んで引きずり倒した。

「あうっ!」

 背中で地面に落ちた。と思ったら、素早く胸の上に乗り上げる軍人の膝がある。固くて重い、軍人は腰から抜いたナイフをそのままリオの首筋に当て引き切ろうとして、止まった。

「この制服は友軍、だ」

「あ……あ……」

 胸に軍人の全体重がかかっていて、息が吸えない。首筋にナイフの感触がひんやりしている。リオは混乱して喘ぎ、その様子を見て軍人は慎重に膝を退けた。ナイフは最後だった。

 軍人は立ち上がってじっとリオを見下ろしている。

 横たわったままリオは喘いで震えていた。

「どうした?」

 案外、礼儀正しい口調で軍人から聞かれ、リオはわめいた。

「こっ、公園で寝んな!」

「え?」

「それと、俺を死体にしようとすんな!冗談じゃない!」

 軍人はきょとんとリオを見下ろした。そして周囲をぐるりと見まわしてから、にこりと笑った。

「ああ。それは済まない」

「何が済まないだ。ほんといい加減にしてくれ」

 リオの声はほとんど泣き声だった。軍人はリオの手を掴んで起こした。よろけたリオを軍人は笑い、背を叩いた。

「しっかり」

 今まで酔っ払って寝ころんでいたようには思えない理性的な態度だったが、今さっきリオを殺そうとした男だ、警戒心は最大限。リオは飛びのいた。

「公園で寝るのは夜明けまでだろ。ぐっすり寝るな!」

「ああ、すまない、つい」

「ついじゃない。ほんと、死ぬかと思った」

「いや、本当にすまない。どこかの異星語が聞こえたので、つい」

 リオの頬は引きつった。軍人は、実際に異星に行って戦ってきたのだと言っているのだ。さっきみたいな形で殺してきたナイフなのかもしれない、ぞっとする。

 ヴェント星以外の言葉を使うのはやめようと心に誓った。生唾を飲む。終戦直後の軍人くらい恐いものはない。

 軍人はのんきそうな表情でリオに尋ねた。

「その制服は仮装?」

「小官は普通の憲兵上等兵だよ。認識票を見たいなら、いいけど」

「いやいや、そこまでじゃない。それより名前は」

「リオ・ブラック憲兵上等兵です」

 正直に名乗ったのに、彼はあまり本気にしていないようだった。じろじろとリオを見て感心したように嘆息していた。

 腕をとられて、反射的に手を払った。すると、彼は嬉しそうな表情になった。

「へえ。ブラックさんは前職がある?一般人の体つきだ。本物の憲兵はもっと重い」

「ええと」

 何と答えたものか、リオは迷った。軍人の階級証を見たけれど、見分けがつかない。困っているリオを見て、軍人は微笑んだ。

「階級章も読めない?」

「あまり偉い軍人さんと会う機会なんてないから」

 この失礼な答えの何が良かったのか、彼は微笑んだ。

「俺はハイド・ヴァレンタイン。セレガの軍人だ」

 階級について一言も言わないのは、情けない所をリオに見られたからだろう。その辺りは見逃しておいた方が後腐れがないという判断なら、分かる。

 さっき勘違いしてリオに襲い掛かった以外は暴れる気もなさそうだし、理性が勝っている態度だ。話に乗ることにした。

「軍人さんか。なら、三星同盟との戦争が終わって、ほっとしたでしょう」

「ああ。前線を経験したけど、君はどこに?」

「俺は戦争に行ってないかな」

「だと思った。異星の人なんだろう?」

「まあ、そう。故郷の星で色々あって。それでヴェント星まで来たんだ」

「どこも甘くはないということだ」

「本当に」

 会話は成立する。それでも、リオはヴァレンタインから距離をとっていた。いきなり殴りつけられても対応できなくなる。緊急通報用の笛がどこにあるかを気にしていた。特殊な笛で、それを拭けば半径七キロにいる憲兵の端末に信号が届き、事件を知らせる。最も、仲間が到着したときにはリオは死んでいるかもしれない。

 ヴァレンタインはのんきにあくびをして、公園の水飲み場で水をごくごくと飲み、口元を袖で拭う。格式のある礼装でしていいのかとさっきから違和感ばかり感じる。礼装の軍人が羽目を外していること自体、ヴェントではおかしいはずだ。

 ばれたら懲罰ものじゃないかと思いつつ、彼が公園の中を眺めている所に声をかけた。

「ヴァレンタインさん」

「ああ」

「できれば、家に帰ってほしいな。帰り方はわかる?」

「ああ、分かってる。向こうに家があるんだ」

 この公園を高級住宅が立っている方に指さした。彼は体についた砂や草を手で払ってから、リオに向き直った。

「手間をかけた」

「いや、別に」

「俺に殺されかけて、恐かっただろう」

「あの、いいですか?」

 リオは改まって聞いた。

「ナイフより電子銃にしなかったの、なんで」

「あれ、引き金が軽いんだ」

 リオが近づいて来ないのをヴァレンタインも察していた。

「殺されかけたんだ、カウンセリングを受けたほうがいい」

「でも、何て言えば?」

「これを使って」

 そう言って、ヴァレンタインが差し出したものがある。端末は最新型の官製だ。機密の塊を目の当たりにしたのに驚きつつ、型落ちの官製端末を取り出した。やり取りされたのはヴァレンタインの名刺だ。ハイド・ヴァレンタイン。宇宙軍所属の軍人だ。

 リオの端末では姓名と帝国の軍人であること以外の情報はコンシールされている。

「何かの役に立つかもしれないから、持っているといい」

「はあ」

 それが、リオとヴァレンタインの出会いだった。

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